5、予兆―4
真凪透はどこにいるのか。もう指定の場所に着いたのか、そうではなかった。
彼はそう。いつものように……
――走っていた――
「す、すみません! 転送お願いします!」
息を切らせながら、どうにかその部屋のドアを開ける。
「この時間帯……。カラー小隊か?」
老技師は装置をいじりながら、そう尋ねた。カラー小隊も自分らと同じ殲滅小隊の一つだ。自分らのチームの次に転送が始まる予定だ。
目の前には、転送するための円形の装置があった。円形の周りは万が一のために防護システムがあり、入るためのドアは一つしかない。それに遠隔操作は出来ない。
「いえ、09小隊です」
「ハウンドか。それなら時間は――」
老技師の男は、真凪の顔をみた。
「とっくに過ぎていることは知っています! 自分の責任、それも分かっています。これ一回きりでいいので、どうかお願いします!」
別の人ならまず断っていたであろう。
アノ人のことを久々に思い出してしまった。
「はぁあ……仕方ない。特別だ。次はないからな」
「あ、ありがとうございます!」
と真凪は一礼する。
「入って待機していろ。一分後に転送だ」
転送装置のドアがスイッチによって開くと、中に入った。
中はいつも通り外とあまり変わらない。厳しいことを言うと、空気が薄いことぐらいだ。
それ以外は、さほど気にならない。
「他の人は……」
「もう行ったに決まっているだろ。お前さんの前に大男が行ったよ」
大男とは原二のことだろう。あの中で大男と言えば、彼しかいない。篠部は中背だし。
予想よりも遅く行ったのだな、と意外に思った。
「そうですか」
会話が止まると、機械の生活音だけになった。
男の他に、整備士はいない。自動化に頼りきっている。彼もその自動化に、ひっそりと片腕を任せていた。以前は男も、リトラクターと戦う隊員の一人だった。だが、あることを境にそれもなくなった――戦闘中の負傷。それによって、彼は半年間目覚めなかった。目覚めた頃には、潜在能力はなくなり、片腕が自分の知るものではなくなっていた。
「お前さん、確か真凪とか言う男だろう」
技師が先に口を開けた。
「ええ、そうですが」
自分の知名度はまぁまぁある方だと思っている。
これで、十四度目の戦闘だ。倒した数は二十を越した。影ではエース候補と言われていれ、名は挙げているほうだと思っている。
だから自分の名前を知っているのだろう。
「武器はちゃんと持っているか?」
「ここにあります」
背中にある武器に手をやった。既にリトラクト・アームは通常時から形態を変えている。全長一・二メートルはある。刃渡りは一メートル、柄は残りの部分にあり、そのリーチの長さから誰も刀だとは思わない。いつも大剣用の鞘に入れている。ぶかぶかなのがバレないように、そこは工夫を施している。この点は相手を騙すのに使える。
腰にも武器はある。通常時のアームほどの長さ、三十数センチしかない。護身用に身につけているだけで、未だに使ったことはない。
「大事に扱えよ。分かっているとは思うが、そのアームは世界でそれ一つしかないものだ」
当然ながらのことを技師は言った。
リトラクト・アーム自身、生産はされるものの、適合者がいない限りただのガラクタに等しい。振ろうが敵は倒せない。適合者がいて、その力を発揮できる。ゆえに、その適合者に武器も適合しようとする。だから、世界で、この世界で一つしかないのだ。
壊わしてしまって、よしまたやろう、と言ってもう一度適合してくれるとは限らない。
まず例がないのだ。
アームは丈夫だ。今までの隊員の中で折れた、壊れた、と言うことは一度もない。
適合をしてくれるかもしれないが、それは最初で最後の挑戦かもしれない。
「はい、分かっています」
「――転送十秒前」
秒読みを始める。
10、9、8、7、6、5、4、3、2――
「――1」
技師の手が動くと、真凪の体は天井から出た光に包まれた。この光に熱いといった温もりは感じない。
包まれると、眩い光が辺りを照らした。部屋の隅の監視カメラには、光の光量が強すぎるため、一度何も見えなくなる。
技師は正常に動作しているか、特殊なゴーグルを目に付けながら見ていた。
ゴーグルを上げる頃には、彼の姿はなくなっていた。
「何をしていた」
黒い大剣を体の前の地面に突き刺しながら、ドスの効いた声で篠部は尋ねた。
理由は一つしかない。彼は何に対してもやろうとする。些細なことさえ、急に任されたことでさえ彼は断らない。断ることをしない。
それが優しさと言うべきなのか、馬鹿と言うべきか。いつかはっきりさせるつもりだ。
「すみません……」
モールの入口付近で待機していた篠部らと、遅れながらも合流する。
「この間に、まだ動きがなかったから良かったもの。もし、民間人が避難せずにまだいたらどうした? いないのに助けるのか? 当然、助けられないな、貴様はいなかった。それとも、仲間の我々に任せたか。そしてお前がいなかったせいで、穴ができ、そこから狙われたらどうする? 我々はただの人間だ、お前の分を塞ぐように身が分れることはない」
嘲笑うように、篠部は言った。
「それは……」
真凪の口から出る言葉はなかった。
隊長の言うとおり、自分がいなれば仲間に任せていたのは事実だ。いないせいで、穴が出来るのも知っている。
「お前は馬鹿でひと思いだ。それだから後悔を人一倍する」
篠部は手をグッと強く握り締めた。
殴られる、そう真凪は覚悟した。
「私は部下を殴る資格を無くしている。それゆえ――」
手を元の形に戻すと、今度は人差し指で真凪を差した。
「俺に殴られる分、仲間を守り、敵を倒せッ! それが今日からお前が墓場まで背負う使命だ!」
無言で頷き、体が自然と動くと敬礼をした。
本来、敬礼はやらなくてもいい規則になっているが、この時はそれをすべきだと悟った。
「敵は三体。我々よりも少ない。だが劣勢と侮ったが最後死ぬ。侮るなかれ、それがあいつらだ。俺が一体を引き受ける。残りの二体は――」
「自分がやります」
真凪は手を挙げた。自分がやるべきだと思ったからに他ならなかった。
「いいだろう、これで一回分だ。傷を負ったら、一人で戦おうと思うな。冷静になり、周りをみろ。必ずヒントはある。死ぬことは許さんぞ」
「ええ、分かっていますって」
少しだけ、心が柔んだ気がした。
「大丈夫なの? 一人で」
愛達が心配そうにきいた。
「ああ、大丈夫さ。なんたって俺はエース候補だからな」
この頃の戦績から彼はそう言った。
「これで二回分だ、自惚れるな」
篠部は真凪の頭を軽く叩いた。
「愛達、原二は二人で一体をやれ。二人でやる分、一人よりかは楽だ。
だが――」
「侮るな、ですよね」
原二が言った。
彼にとってリトラクター一体でも楽勝だと分かっていた。二体でもあまり変わることはない。
「お前も一回分だ」
と少し微笑みながら言った。
「さぁあ、やろうとしよう!」
篠部の言葉を皮切りに、持ち場に向かった。
場所は分かっていた。敵はこちらと同じように密集して行動する。単独で行動するケースはあまりない。それはこちらを真似してか、それとも元からそうするのか。
出現場所は事前に分かっていた。そのため、どこから奇襲するのかも決まっている。
モール中央。天井はある部分だけがステンドグラスだった。昼間ということもあり日が差し込んでいる。
その下で彼らはすでに立ち尽くしていた。
何を考えているのか。会話はしない、会話するための口も喉仏もあるが喋ろうとしない。 何らかの言葉を発することが出来るはずだろうが、彼らは言わない。
篠部たちは外の天井付近で待機していた。
既に準備は出来ている。それぞれ武器を手に持ち、体には真新しい装甲が付いていた。
時間になった。
篠部は指でサインを出す。
3、2、1――
先陣は小隊長である篠部が務めた。ガラスを割ると共に、敵がこちらに気づく。
「はあああぁぁぁあ!」
篠部は己の武器のサメの牙のような大剣を押し付けるように振り下ろす。
敵も武器を持っていた。黒い大剣だが、篠部のような変化はしていない。だが、彼らの怪力と合わさればそれは破壊力を持つ。生身の人間など触れれば、生きていることはないだろう。
リトラクターは三位一体となって篠部を切りつけようとする。
三方向から、尖った剣先が向かう。
「先陣はこれだから危なっかしいンですよ!!」
声の発する方には、真凪がいた。彼は予想の反対に、篠部よりも先に地に足をつけていた。場所は、敵の中心だった。
敵はやられると思ったのか、後ろに飛ぶ。
次の瞬間、円を描くように刀のリトラクト・アームが鋭く回された。
――感覚はあった。
敵を見ると、胸の装備に新しい傷がそれぞれ出来ていた。
それに気づくと、リトラクターはなぞるように指で追った。まさか傷を負うとは思っていなかったゆえだった。
「俺一人でも、行けたものを、邪魔しやがって」
「無駄口はそれぐらいですよ、隊長。ここ、もう戦場です」
残りの二人が降りてくる。敵は着地を狙おうとしない。
手が出せない、今はにらみ合いなのだ。
「敵は三方位に別れました」
フッ、と篠部は鼻で笑うと正面の敵に向かった。
リトラクト・スーツで補強されているため、そのスピードは常人の数倍に到達する。
しかし、リトラクターにとっては変わらないこと。
左右のリトラクターが仲間をやらせないように、即座に近づいた。
「お前の相手は俺だ。分かっているとは思うがこの中で一番強いぞ」
真凪がいた。刀を構え、敵の隣に迫っていた。
右の敵の脇腹を突く。加減はしない、相手もそのはずだ。
もう一方も、間に合ったようで弾き飛ばした音が聞こえた。
先に吹き飛ばされた敵は、店のシャッターを破り中の衣服に揉まれていた。
その頭部には服が何枚も巻きついていた。
どけるように、強引に腕を振るう。足跡は聞こえている。
「運がなかったな、なあリトラクター」
敵は声に反応して、武器を無造作に振るう。そこには何もいない。
真凪はゆっくりと警戒しながら足を進める。今にも、こちらを襲って来るかもしれない。
「今日はこれでお前の顔を見なくてすみそうだ」
もう倒しますよ、というかのように言うと、彼は刀を斜めに振り下ろした。
切れ味は抜群だ。首をスッパリ切り落とす。
敵の死亡を近くで触って確認すると、己の頭部に手をやった。
「こちら真凪、エース候補。任務完了」
通信機能を使いそう言うと、音を聞き分け、仲間の元へ急行した。
駆けつける頃には、どれも敵は倒れていた。
流石というべきだな。
「どうやらみんな、生きているようだな」
それぞれ篠部の元へ集まっていた。
「当然です」「当然だろ」とそれぞれバラバラに言った。
「まぁあいい。何かあったか? 損傷報告は」
「私たちは大丈夫です」
愛達と原二のチームは何もなかった。また、ダメージも負ってはいない。
幸いなことに、原二のフォローが助かった。
今回ばかりは、彼がいて良かったと思っていた。いなければ、傷を負っていたかもしれない。
「お前はどうだ。エース候補」
篠部は真凪の方を向いた。
「自分も特に……いや。何かあったような……」と頭を指でコツコツと叩く。
「あ、ありました!」と思い出したかのように、手首にぶら下げたものを見せた。
「これはなんだ……。あいつらのものなのか?」
「どうやらそうらしいです。一瞬、こちらのものかと思いましたがどうやら該当するものはないらしい、と」
デバイスで再び確認する。答えは変わらなかった。
「どこに身につけていた?」
「丁度、人間がペンダントを首から下げるように持っていましたよ」
「なら何か意味はあるかもしれんな。これは私が預かっておこう」
素直に渡すと、篠部もやはり興味があったのか指で回しながら、見渡していた。
見たことのない黄土色の水晶、その周りに何かの文字と無造作か意味が有るのか、掘られた跡が見受けられる。文字は見たことのない。だが、この水晶はどこかで――
「任務完了だ、帰投するとしよう」
そう言うと、転送装置に向かって歩き始めた。