4、予兆―3
「五分遅れだ、真凪」
「す、すみません!」
走って向かった場所は意外と遠かった。いつも、こうではなかった。
集合場所に指定された<指令・発案501会議室>に到着する。
遅れた覚えはなかったが、遅れたのか。
部屋の時計を確認すると、やはりまだ時間ではなかった。
「ってまだ、五分前じゃないですか!」
言われたことにケチを付けた。
「君は民間人ではないだろう。軍人であり、一国家の人間だ」
「だからって……」
「無駄話はこれでおしまいだ。席につけ」
いつものように、決まった席に座る。周りには、同じ小隊の三人が座っている。
『第09機動・殲滅小隊』別名・可愛い犬種。犬のような性格とは裏腹に、食らう獣となることから、仲間に呼ばれ、いつしか別名にまで上ってきた。それが彼らの小隊の名前であり、家族の名前だった。
自分の正面には原二栄と言う体格が良く、肌が白い男が座っている。
髪は短髪で黒い。目つきは一見すると悪いが内面は優しい男だ。結構頼りになる。とは言ってもいつも後方にいるが。
右斜め前に、愛達紗輝。
髪が長い。戦闘の際は、当然だが束ねている。あと、綺麗だ。モデルの方かな? と最初は思ったぐらいだ。
見た目からしてか弱い女性のような感じを出していたが、いざ任務に出掛けると、それは間違いに変わった。――たくましい。その一言で表せる女性だった。まず自分よりも、男性らしく、豪快にいく。そして意外と趣味は手芸と、可愛い。
最後の一人はさっき自分と話した篠部貫地。
上官であり、この小隊の隊長を任されている。任を与えられてから、約半年になるが彼とはあまり話さない、いや話せない。彼は話すのを嫌っている。その理由を訊こうとするのも、また馴れ馴れしいだろう。
なぜ嫌うのか? 噂にすら挙がることはない。一つ知っているのは、優しさを知らない強靭な軍人と言うことだけだ。
「予定時刻になった。これより約三十分後に開始される、殲滅作戦を説明する」
殲滅作戦。その名前の通り、これはリトラクターを倒す名目の作戦だ。作戦名は変わらない、第1、2とか言う数字も付かない。実行されて、もう二十年半。彼らは少なくなったのか? それは分からない。倒してはいる。だが奴らの数は正確に、いや何十人とすら測ることはできない。大きな理由は世界が違うことだ。あちらの世界の情報は砂浜で砂と同等で違うものを探せてと言われているようなものだ。
あるのは、亡命者の嘘か真かも分からない情報。その情報量があちらのどれくらいか、人類はそれすらも手に掴まなくてはいけない状況だ。
篠部は長机の延長線上にある点灯している液晶モニターに首を向けると説明を始めた。
「出現予想ポイントは北陸、モール内部。既に周囲は閉鎖をしてあるが、逃げ遅れた民間人もいるかもしれない。そこは君らの柔軟な対応に任せる」
今回は北陸か。前は西、今度は北。まだ、転送技術があることが救いだ。
もしないのなら、その地区の壊滅は免れない。これも例のもの(亡命者)、まったく。
「何体なのか、――まだ解析中だ。着く頃には終わっていることだろう」
篠部は事前に訊かれると思ったのか、口に出す。
「以上がこの任務の概要だ。詳しくはいつも通り、現場で話す。異議があるやつはいるか」
「…………」
ないことが分かると
「これにて解散とする。五分前には現場に急行されたし。任務に、遅れは許さんぞ、真凪」と真凪だけに最後に言うと、踵を返し部屋を出た。
「さぁあ準備しますか~!」
愛達は椅子を引くと、その場で伸びをする。
立ち上がると、他のメンバーをみた。
原二はいつものようにしている。偉いものだ。
することは単純だ。リトラクト・アーム、スーツを装備するだけだ。どちらも通常時は携帯が可能だ。アームは常に携帯することが義務付けられている。そのため、腰にぶら下げている。
スーツは……。
ずっとしていると、重くはないのに肩がこる。そのため、任務が言いわたされてからするようにしている。
自分以外はもうしているのだろうな、と最後の一人をみた。
真凪は……。
「ってあんた! アーム、携帯してないじゃない!」
驚いて愛達の声が裏返る。すぐさま咳を数回し、戻ったことを確認すると、口を閉じた。
彼の腰にはアームのようなものは見当たらない。襲ってきたらどうするというんだ。
「いやー何せ撮っていたものだから……」
「――と、撮っていた?!」
「な、何を……」
と耳が少し赤くなる。
勘違いしているな……。真面目なことだというのに。
「前に言っていた、『未来への遺産』とやらだろ?」
と、原二も会話に加わる。
「みらいのいさ……ん?」
「よく覚えていたな、原二」
「自分も気にかかっていてね」
「ちょっと! ちょっと! なに二人で盛り上がってんの!」
話にのれない愛達が騒ぎだす。
まぁあ、覚えていないのは無理もない。この話をしたのは、この小隊の設立当初だ。覚えている方がおかしい。それを言えば、該当者が……。
原二に目を向ける――と丁度目が合う。その目は微かに笑っていた。まるで「自分に何か用ですか?」と言わんばかりに。
「ちょっと聞いてんの!」
真凪の体を何度も、横に揺する。
反応するまでこのままだろうか。だが彼女のことだ。優しい彼女だ。すぐやめるだろう。
忘れていたが、彼女は並みの女性と比べると特別だった。苛立ってきたのか、速度を上げてきた。どこにそんな力があるのだと、いつも不思議に思う。
そして、そんな光景をみてもう一人の人物は音をあげずに笑っていた。
逆にそれが彼らしい笑い方であり、人を嘲笑う効率のいい方法の一つでもあった。
「キイテル! キイテルって!」
止まらない。まるで最後に全力を、と言わんばかりに力を込めて揺すっていく。
一度まばたきする頃には、開放された。その代わりに、感覚を失い地面に尻もちをつく。
遊園地にある回転するアレみたいだ、一回転する乗り物。人間でできるとは……な。
「……なんだってこんなことをするンだ?」
「あんたが言わないから……」
愛達は即答すると、尻もちをついている真凪の手を引っ張り立ち上がらせる。
グイっと瞬く間に、起き上がらせる。これが女性だ、まぁあ戦場に行くとこれよりもパワフルだ。
「ふ~」と軽く深呼吸する。
「……で、なんだっけ?」
すっとぼけたように彼は言った。彼自身、本当に抜けていた。
そう、全ては揺するからだ。揺すったせいで、さっきのことなんて抜け落ちているわ。
「あんた……! まだやられたいの!」
愛達は可愛らしく右手を握る。その顔は恐ろしく笑っていた。
普通の人が見たなら、可愛い! それだけだろうが仲がいいと分かることもある。
あれはヤバイ……。
助けは! この部屋には自分を含めて三人しかいない。まず、無理だろうなと冷静になった。
もう一人は目線を向けるまでもなく、笑っていることは分かっていた。助けてはくれない、それがこの小隊だ。可愛い顔をした、獣しかいない。
よって一人でどうにかするしかない。無慈悲なところだ。
「思い出しました! あれですよね、あれ!」
さっきので、やはりコリたのか真凪は口調を変えた。
できることがこれしかない、とは言っていない。しかし、実際のところはそうだ。
今は逆らってはいけないと身にしみていた。
「あれ……? さぁあなんのことでしょうね……!」
彼女は今にも、彼の肩を掴まんとしている。
ヒントはくれなかった。やはり獣しかいない。弱者は食われる、そのルールからしてここはサバンナだったのか……。
そして肩に掴まんとした手が触れる。と同時に、当てずっぽうに言った。
「み、『未来の遺産』のことだろう」
「そう、それよ」
ひとまず窮地は乗り切った、と真凪は胸を撫で下ろした。
そうか。『未来の遺産』の話だったのか。
「それがなんなのか、ってことよ」
「簡単に言えば――未来の、もうリトラクターがいないかもしれない未来の人へ伝えるもの。彼らはいつ来て、何をしたか。そして人類はどうしたか。それを詳しく記録していくことだ」
「随分と壮大ね……」
胸の前で彼女は腕を組む。
「この二十年間であいつらも、それに僕たちも大きく傾いた。それがあるから、今こうやって雑談も、食事や娯楽もゆっくりと出来る。初めは出来なかった」
「そうね、それを言われると」
彼女も思い当たる節があったのか、納得する。
当時は敵の襲撃がいつなのか怯えながら、眠る夜もあった。今は設備が増強したこともあり、安全性が増しそんなことはなくなったが、怯えることは依然として変わらない。
「話を戻すけど。そんな作業、どうして今日録画しようと思ったわけ。今までしてなかったんでしょ?」
それは自分自身にも分からなかった。ただの気持ちの問題かもしれない。そうさせた何かがあったかも知れなかったが、それが何かを思い出せない。そこまで重要ではなかったかもしれない。
「なんでだろうね。やったのは自分自身なのに、分からないや」
「はぁ~……呆れた」
そして愛達は「じゃあ私は先に行くね」と一言いうと部屋を出た。
「なんで今日なんだ?」
と同じ質問を原二から再びされる。
一度言ったことだろ! 覚えておけ! と言おうかと思ったが、そんな気分じゃなかった。隊長に言われたことが地味に効いている。
「さぁあそれは分からない」
「お前が言うからには、何かあるかもな」
原二の言葉には何か意味があるように感じだ。
「嫌な意味で言っているのか? たしか……フラグとかいう感じに」
そんな感じの単語があったような気がした。
「ある意味それは良い意味かもね」
ふと掛け時計を確認すると、もうすぐだった。
――ヤバッ!
真凪は準備をしていないのに、何をしているンだ! と自分に言い聞かせ、「じゃあ俺はこれで!」と入るとき同様に走って行った。
部屋はこれで彼一人になった。一人になった原二は、一人椅子に座る。
「まったく馬鹿なのか、頭がキレルやつなのか分からないよ、真凪」
腕のデバイスを付ける。ある画像を表示させた。
遠くから撮影したためか、画像はぼやけていた。
年齢は四、五十歳に見える男性だけの画像だった。髪はほとんどが白く染まっていた。
彼らと同じジャージを着、腰には同じくアームをぶら下げていた。
撮られるのが嫌いなのか、顔を逸している。
「お前は継承者なんだろう?」
と独り言を呟いた。何も考えていなかったのに、その言葉が自然と口を滑った。
「嫉妬、いや違うな。ただの憧れ……おっと嫉妬だ」
気づくと言葉を変え、デバイスを消した。
全く、一人になると何でも口走ってしまうな。
「時間か。あと、約三十分」
彼のすることは二つあった。
一つはずっとここに座って、ぼおっとしていること。
二つ目は、いつもの調査。面倒くさいが、この場合、外出をしなくてはいけない。
さぁあどおしたことか。まぁあ後、三十分前後。ここでゆっくりとしていよう。ここには、会議のためのお茶やお菓子があるしな。
お茶を入れ、適当にお菓子を選ぶと再び椅子に座った。そして、テレビを付けた。
「この場合、『Earthese』はどう対処するのでしょうか」と女性のアナウンサーが言った。
その横には、男性のコメンテイターが三人座っていた。どれもその道のプロというものだろう。
「いつものように、適当に済ますのでしょう。彼らは日本を現在のところ統治していますが、日本のことをそれほど考えていない。日本だからと言っても、全てを日本人に委ねるわけにはいかないと言う米国の考えることです」
一番左の男が言った。平均年齢は四十といったところだろう。
「だから、と言ってそれを決めつけるのはどうかと思うがね」
その隣が口を挟む。
「と言いますと」
ここから討論が始まる。そう見ている人は覚悟しているだろう。中には、それを待っていた人もいるだろうが。私はどちらでも、話が面白く転がればそれでいい。
「あなたはまず、『Earthese』を生で、見たことはありますかね?」
「ありますとも」と自信有りげに答えるが、すぐさま痛い目をみた。
「なら、あなたは『Earthese』の現在を知っているはずだ。どのようになっているかご説明をお願いしたいですな」
「米国政府が操作している、そうですよね」
「違います」
そう断言した。生憎、彼は『Earthese』に詳しくはなかった。触れてしまったのが、運の尽きだった。
「前言を撤回します。では、どうなっているのですか」
大人しく、話を進めるために男は言った。
「現在は米国政府からの手を離れ、自立しています。これは約半年前からです。お覚えでしょうか、我が日本も過去にはアメリカのGHQと言った組織に統治されました、アメリカにです。それからオフ・デーまでは、日本は国として均衡を保っていました。その日が来ると、我々は再び過去に戻りました。均衡が崩れた、あの日を皆さんもよく頭に染み付いているはずだ」
熱が入った彼を止められない。人間とはそういうものだ。
「――ですから、今ではアメリカの主導権はなくなり日本自身で動いているのです」
一通り言い終えると、机上に置いた水を飲み干した。
「そして現在はその後をどうするか、日に日に採決がされ決められています」
「その割に以前と、アメリカに主導権があったときと変わった様子が見えないが」
まだ口を開いていない男が口を開けた。
「採決は重要な上に、ことはリトラクターがいつ現れるか分からない」
「だから、遅れが生じると。最低で、採決が始まりそれが執行されるのは?」
「約二ヶ月から五ヶ月が目処です」
遅いな。採決などすることなく、最上位の人間が決めればいいことだ。その場合、彼の良し悪しが現実になるわけだが、あまり自分には関係がないためどうでもいいが。
「それでこの問題はどうなると、皆さんお考えで?」
初めに口走った男がいった。
「この問題に『Earthese』はあからさまに関与をすることはしないでしょう」
「私も同意ですね」
右の二人の意見が合う。
「私は否定するね」
「これは明らかに、どこからどう見ても人間の仕業です!」
「これだけで、そう言えるのですかね? 工場の炎上、これはリトラクターを倒すための武器を生産する工場だ。それにこの殺人、名も無い子供だ」
「知っていますか?」と右端の男が言った。
「その子供たちはリトラクターの奴隷ですよ」
「貴様! 公でそのような言葉を……!」
確に、巷ではそう言われつつある。ただの環境による変化だと、言う医者もいれば、これは地球の人間が出来ることを超えていると言う医者もいた。
どれが本当なのか。だが、不思議なのは奴隷と言われるところだ。彼らはいつの間にか、その場にいるらしい。そして、その場所をリトラクターが襲うことからそう言われている。人間の外見をしている子供がどこで生まれたのかは、DNAが適合しないことから不明とされ、捨て子とも言われ非難がされている。有志の保護施設もあるが、どれも危険、作るなとこれも言われている。
「さぁあ時間も頃合いだし」
と時間を確認するとテレビの電源を切り、原二もその部屋を出た。