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リトラクト・エネミー  作者: ヘッド・S
軌道線上の戦士達
4/25

3、予兆―2

医務室はいつのようにガランとしていた。薬品の匂いは思ってのほかしない、医務室の名前をもう一度見るほどに、その匂いは薄れてくる。今日だけの話ではない、ずっとだ。入院する人もいるが、それは戦闘のさいでのかすり傷のようなもの、偶然にも助かったにすぎない。戦闘をすれば、医務室に行く前に命を落とすのがほとんどだ。軽傷を気付かれ、そこを突かれ死んだ仲間もいる。

 それにしても、誰もいない、留守なのか。

「ほぉ……これは珍しい客人だ」

「わッ!」

 思わず、突拍子のない声をあげる。驚いた、気配は感じなかった。

 南風豆美みなみふずみはカーテンの掛かった部屋の一つから予告もなしに現れた。

彼女の髪は長く腰の当たりまで伸びきっており、頭のてっぺんには独特なリスの笑った顔のアクセサリーが付いている。そして背は桐船ほどではないがまあまあ高く、また肌は白く、そのうっすらとした白い顔からは表情がどれも強く感じない。

「急に出くるとビックリしますよ! それで死んだらどうするんですか!」

「それはそれで面白い、かな? 大丈夫、君は頑丈……」

 南は自分よりも背の小さな真凪を上から見下ろしながら、彼の体の異常を感じ取った。覗き込むように彼の顔に己の顔を近づけた。目が合う。

「らしくないな、君なら避けることもできたろうに」

「事情があると、避けれないこともあるでしょ。例えばその相手に借りがあったりしたら、だからこれは仕方な――ってなにさわるんだ!」

 よりによって、負傷した部分ではなかった。

「触ってはいけない部分ではなかろう。これは君の目だ、わかるだろう? 目というものは相手を見るためにある、そしてその目は――」

「それぐらい、わかってる!」

 思わず、後ろに下がった。

目に触れるだけでなく、瞼の奥にまで指を入れられるのでは、と体が彼女を知っての拒否反応を示していた。それは以前に、その光景を見たからであって、自分にされたわけではなかったが、そんな予感がしたからだ。

「なんで目にさわるンだ! 触るのなら、頭部だ! 頭だ! ここは救護室だろ、まず怪我の具合を確認しろ!」

「目だって頭の一部だが、まぁあ今はいいだろう。ひとまず、座りたまえ。お茶ぐらいは君でも出そう」

 冷静に反論する。

 座れと言っても、この場に椅子やソファといったものは、彼女の部屋ではないのでない。あるのは、簡易式の組み立てベッドぐらいだ。それなら大人数こようが座れる規模は揃っている。

「ベッドに座っていいのか」

「当然だろ、ここは広くないンだ。君のための椅子を置こうとは思わんよ」

 奥からそう返事をした。それを聞くと、さっき南が出てきた場所のベッドに座った。彼女が出てきたからには、何かあるのだろうと、ベッドの上下、そのスペースの全てを探すが、思いのほか何も見当たらない。既に、し終わって持ち帰ったのか。

 雑音がしないため、ポッドからお湯を注ぐ音がよく聞こえた。どうやら、今日は誰も入院者はいないらしい、重症となればここではなくこの施設を出た別の施設に行くわけだが。

「――待たせたね」

 彼女は白いコップを一つずつ両手に持ちながら現れた。ポッドなのだからお湯だと予想していたが見たところ、冷たいお茶らしい。

 冷たいのは冷たいので、それはそれでいいか。

「どうも」

 片方を受け取ろうと、握ろうと手を伸ばした。

「あっつッ!」

 思わず口が動く。

指から離しそうになったが、まだ彼女が握っていたため落とすことは免れた。

 熱いのによく彼女は持っていられるな、と視線を見上げた。

「どうかしたかい?」

 疑問な表情を南はうかべる。どこか笑っているようにも見えなくはない。

 絶対に分かってやっているな……。

「…………熱くないのか」

「私は感じないンだ、元から熱さというものはね。――おっと、飲むのならあまり熱くのないふちを持つのだよ」

 と初めて熱いものを飲む子供に言うかのようにいった。

「わかっている」

 雑な返事をすると、今度は注意しながら、受け取った。

おそるおそる、中身を口に注ぎ込む。

「そうそう、これが冷却剤だ。当てておきたま――えッ!」

 見える位置に冷却剤を持ってくる。それを渡すのかと、真凪は口からコップを離すと片手を差し出した。

 それは間違いだった。冷却剤はいちようとして、真凪に渡るが、それは彼女が冷却剤を強引に右の側頭部に投げつけてからだった。

投げた本人も沈黙し、両者黙り込み、誰もいない病室のため静けさに別の何かかが交わり、どこか恐怖を感じた。

 冷却剤は当たると鈍い音を小さく発すると、浮き沈みのあるベッドに着地した。

「…………、」

 じっと南は真凪の顔を上から見下ろした。

「………‥何がしたかったンだ」

「君の動体視力を見ようと思ったンだが……どうやら期待はずれのようだ」

 呆れたように、南は肩をすくめた。

「本当はこれを堂々と避けてくれたら、褒めてあげようと思っていたが」

「それもそうだろ! ここは救護室だ。それでもお前は医師かッ!」

 と思わずツッコミを入れる。

「フッ、それを言われるとは思っていたが、想定よりも一手早く言われたものだ」

 彼女は頬を緩めた。

 あまり彼女の笑顔をみないせいか、こちらも和んだ。

「自分からして言えるくちか」

「まあ言えるものだろう、私はこう見えて元は軍医だ。冗談は知らず知らずのうちに言えるようになっていたよ」

「じゃあさっきのも冗談のつもりなのか」

「あれかね、あれは個人的な君のテストだよ。たしか君はこれから出掛けるのだろう? だからさ」

「よく知っているな、もう出回っているのか」

「私的に君らの隊長と仲が良いンでね、情報は自分から聞かなくても入り込んでくるようになっている」

「篠部隊長が?」

 真凪は聞き直した。

 篠部隊長については個人的にしっておきたいと思っている、同じ小隊である分に。

「気になるのかい、気になるのなら教えてあげなくもないが」

「まぁあ……あの人とはあまり喋りませんから」

「ふーん……あまり喋らない……のか」

 どこか考えるように南は腕を組む。

「まあ、あいつらしいな」

「それよりもいいのかい?」

 と続けていうと、腕のデバイスを指でつっつく。

 指摘され、思わず時間をみた。――残り五分しかなかった。

「冗談だろ!」

「さっきも言ったと思うが私は冗談をいうが、今のは……」

「――あなたに言っていませんよ! それではッ!」

 半分ほどになったコップを返すと、冷却剤の事をすっかり忘れ、部屋を後にした。

 

「はぁあ、まったく困ったやつだ。出されたものを全て飲まず、更には冷やしておいたものを置いてくとは、あれでは怪我も治らんに」

 と南は落ちている、まだ冷たい冷却剤を拾った。

「先生」

 一言、そう後ろから声をかけられる。

「桐船、だな」

 後ろを向かずに、声で判断した。彼女が間違ったことはこれまでに一度もない。

「今回来た理由は、調べてもらいたいものがあるので」

「お前が頼みごとか、珍しい」

 と振り向いた。

 そこには確に桐船レンザンが立っていた。

 すぐさま彼女は、その洞察力、記憶力の良さから服の赤いシミに気づいた。

「血、だな」

「わかっていますよ、それぐらい」

「ならなぜ来た? 君の戦った相手のじゃないのか」

「違いますよ」

「本当に……か? 君は強いだろう」

「喧嘩をしたと? 自分は強いかもしれませんが、それとこれとは多分違いますよ」

「…………、いいだろう、ちょっときたまえ」

 と南は奥の簡易的研究室に、桐船を招き入れる。

 中は比較的に、光が差し込み、先程の救護室よりも安心する雰囲気を出していた。

 長い棚が両サイドに一つずつならび、上部のショーケースの中にはわけのわからぬホルマリン漬けやら、白骨した模型があった。その下にはズラリと彼女らしくなく、引き出しごとに名前がふられていた。

 南は中央に置かれた椅子に座った。その机の上には、顕微鏡らしきデカデカとしたものが乗っている。

 見たところそれで調べるらしい、知識すらない自分は何も分からない。

「ほら、なに突っ立っている。こっちへこないか」

「は、はい」

 南のいる場所に近づく。

「で、自分はどうすれば」

「やることは君でもできる、その部分をこれで切り取りたまえ」

 ポン、と何でも出しそうなポケットから果物ナイフを取り出すと置いた。

 折りたたみ式のナイフといったところだ、刃渡りは五センチほどで確かに器用でない自分が使おうが、死ぬことはない。

 桐船は手に取ると、身長に切り出し始める。シャツを片手でつまみながら、もう片方で切るという危ない行為、それも胸元のため、一歩間違えば出血するのは間違いない。

「ン……」

 見ていた南が危なかっしいのを見ていられないのか、唸り始める。

 それを聞こうと、桐船の手はやめない。

少しずつ、少しずつ切っていく。それは中心に近づくように、ブレが大きくなってくる。

「あー……」

 と手をほんの少し差し出そうとする。

 サクサクと、桐船は進めていく。

「待て、それ以上はやめろ。いいな――手を止めるンだ……!」

 見ていられず思わず言ってしまう。危なっかしい行為、子供の初めての料理で隣で見ている、母親のような感じだ。

 桐船は「一体どうしたンだ」といった表情で伺っている。

「どこかおかしいですか、自分は真面目に」

「それはわかっている、だがやはりお前には早かった。任せた私が悪かった」

「いや、先生は悪くないですって、どうみたって自分が」

「まぁあどうでもいい、早くそれを渡したまえ」

 はい、と素直に渡す。渡すと、ものの数秒で手つきの器用な南は切り終わった。

 し終わると、自分で出来なかったこともあり、かしこまったように「どうも」と感謝の言葉をいった。

「君がこれを使って、さっきのようなことを出来るようにするには半世紀必要だろうな」

彼女はくるくると真ん中に穴の空いたナイフを危なかっしく指を入れて回転させながら、そういった。その手には、切り離したシャツの切れ端が乗っている。

「は、半世紀ですか、それは言い過ぎでは」

「いや言い過ぎではない、と思うがね。君の言動、身体能力、そこから判断すると今のままでは、半世紀」

「じゃあ変化があれば」

 と期待を持ったかのように、桐船はいった。

「変わるだろうが、君にその気があるのかね。まず君は隊員だ、手先が器用でなくても困ることはあるまい」

 それを聞くと、反論したいのか口をもごもごと、何か言いたげに、考え直しながら口を開いた。

「……自分は器用になりたいンです!」

「もう一度言おうかね、先の言葉を」

 南は口を開こうとする。それよりも先に桐船が言葉を続けた。

「それは承知です、隊員として、手先が器用とか、そんなものはあまり関係ないと自分自身感じる部分はあります。ですが、それ以前に自分は他人の男性と比べ加減が過ぎる点があると今日実感しました」

 それを聞くと南は大体予想ができた。桐船よりも先にやってきた、真凪。彼の怪我は、頭部の打撃による腫れ、暴動が起きたのなら情報が回っているはずだが、それはなかった。そして、この桐船の言葉「加減が過ぎると今日実感しました」だ。

 暴動といっても、内輪もめなら、納得の上だ、正規の情報として広がることはないが、その逆は大きい。今頃、噂がはびこっているだろう、すぐ廊下に出れば拾える情報の一つになっているかもしれない。結論として、何らかの事情を承知で真凪が桐船に殴られた、そしてその威力――加減が出来なかった。そして彼はここへやってきた。そのことを桐船も知ってのこと、そうやっていま反省しているのだ。

 まぁあ何というか、いいやつだ、まったく。

「だから……」

「君の気持ちは分かった、桐船。言っておくが、努力は積み重ねてこそのものだ、一気にやったとしてもそれは努力にはならない、努力を飾った偽物だ。だから、地道にやるのだよ、コツコツと何かを思い出すように」

 はぁ~、と言い終わると吐息を浅くはいた。

「こうやってアドバイスをするのは、嫌いなんだがね」

「…………、」

 桐船は南の行動に驚いていたのか、ぼおっとして聞いていた。

 聞いているのか、と目の前で手を振るとハッとなったように気づいた。

「す、すいません。まさか、先生が真面目に言ってくれるとは思わなくて」

「ふーん、私は君からだとそう見えていたのか」

「え、ええ……」

 そこは否定して欲しかったな、と心呟くと、自分に対して改める必要があるなと思い始めた。

 とは言っても他人の作り出す想像像だが、一人一人同じなら簡単な話だ。

「それで調べないンですか、その高そうなそれで」

「おっと、そうだった。話過ぎると、つい忘れてしまうよ。これは、鮮度とは関係ないからいいとしよう」

 思い出したかのように、切れ端を机の適当な場所に置くと、その上に研究室に置いてあった水を持ってくると適量たらした。終わると、それを装置に乗せ、ピントを合わせた。

 南は本業の柄、熱心な目線で取り組む。微調整を繰り返し、何か判断する。

「何か分かりましたか」

「一つ言っていいかい? 桐船」

「はい、どうぞ」

「君の周りに人間以外の生物はいなかったかい?」

「人間以外の、生物ですか。…………」

 あの場所を思い出そうとしても、自分が殴った印象が大きすぎて他のことを思い出そうとしてもそれは無理だった。まず周りを認識しようとしなかったかもしれない、曖昧に彼らが言っていた言葉だけが頭の中を回りだす。

”あ、あの先輩カッコイイ……” ”凄い腕力!” 

 どれも自分を褒めるかの言葉だけだった。それは自分が作り出した、幻聴なのかもしれない。

「自分には、すみませんが……わかりません……」

「そうか、ならこれはどう見える」

 南は装置を覗き込むように手を仰いで指示する。

 桐船は中を覗いた。

――幼い頃に習ったことはあった。人の細胞の形、だがこれはどこか……。

「植物に似ているとは思わないかね」

 まさにその通りだった。決定的にあってはならないものが、そこにはあった。

『葉緑体』――知っての通り光合成をするはずの細胞だ。これがなぜ、血となっていたのか、そこが謎だった。そしてどうやって付着したのか。

「確かにそうです、光合成をするための器官もありますし」

「考えられることが一つある。私ぐらいしか知らないことだ」

「なんです? まさか人間と植物を合わせちゃいましたー!、とか言わないでくださいよ」

「あ……それなんだが」

 と南は聞かれたくないことを言うかのように、桐船に耳打ちする。

 聞いた桐船は、案外落ち着いていた。

「対抗するための武器――ですか」

「そんなところだ、今月、いや今週からか、ここに配属になる予定になっている」

「なぜそれを知っていて、自分なんかに話すんです。自分は口が堅い男に見えますか」

 フッと、吹き出しそうになりながらも彼女は言葉を発した。

「案外君は口が堅い、だからこうやって言っているのだ。君にいうのだから、彼にも伝えたまえよ」

「は、はぁ……」

 渋々、頷くことしかなく頷いた。

「それよりも、配属になる前にここにいるっておかしくないですか」

「おかしいから、こうやって教えたンだ」

「え? つまりは……どういうことで」

「とぼけるな、君が付けられたのだから自分で解決したまえ。安心しろ、順序は踏めるようにしてやる」

 またしてもそれに頷くことしかなかった。断る理由もない。かといって、自分が踏み込んでいいのかと思ってしまう。戦い、人を守る使命をもった隊員である自分が、そういったことを詮索していいのだろうか、それによって己の身に何か起きないかと、雨水一滴分の不安は出てきていた。だが、これが彼に危険を及ぼすかもしれない。それに、これが果たして安全なのか、危険なのかも確かめなければ行けない。

 それならやることは決まっていた。

「わかったか、桐船」

 南は答えを訊いてくる。返事はもう固まった。

「了解です」

 そう答えると、彼女は書類を取り出しそれを彼に渡した。


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