19、始まりか、終わりか―4
「なぜ……貴様が……貴様が喋れるッ――リトラクタアァァアア!」
喋れるはずのないリトラクターが腕を組み真凪たちを見下すように立っている。
その構図はさながら強者と弱者を彷彿させていた。
そんなことはお構いなしに真凪は再び蓮火を手に取り、突撃していく。
「喋れて当然、必然のこと。なにを言おうとも我々も人間なのだからな。共通の言語が喋れなくてどうする? どう会話すればいい、私は動物のような習性は持ち合わせてはいない。それは君も同じのはずだ。手話なら話せるかもしれない、だがそれは決まったことのみ。発展はしないのだよ」
「なんだと?」と真凪は動きを止める。
仮のことだとしても真凪は動揺した。言葉の悠長さ、知識。そして当然のような口ぶり。
それを疑おうか迷う。だがアイツは初めにこちらのことを地球人と名指しした。地球人と呼ぶからに奴は敵だ、リトラクターで間違いない。
相手の容姿。灰色の防具を全身にまとっている。あれは見たことがない。しかしどこか禍々しく感じる。右肩の刺のような部分か。
武器もだ。いつもの似たように作った武器ではない。完全に新しく、教科書で見たことがある銃剣のようにみえる。
「君が疑おうとと私は人間。どうあがいても神がつくりだしたことは変わらない、変わることは許されない。フッ、言葉の通りさ」
ちらと辺りを確認する。
監視カメラが左右にうごいている。起動しているな。
――ここならいいだろう。目に留まる。あいつらのことは関係ない。
自らを人間と名乗るリトラクターはヘルムを脱ぐと手に持つ。
頭を左右に揺らす。
そこには自分と似た独特の骨格の人間がいた。顔つきは外国人。
顔から下は別のもので出来ているかもしれないが、もしかしたら顔だけ似せたのかもしれない。
なぜ見せたのか、と見たあとで疑問に思った。リトラクターという事実に変わりはない。リトラクターは倒すべき相手として変わらない。人間だと見せつけ俺が揺さぶられると思ったのか。
何が目的だ。俺たちを殺すんじゃないのか。
「これで分かったことだ。我々も同じ人間だと……」
「ではッなぜお前たちが俺たちの地球にやってくる! 同じ人間じゃないか! 意味のないことだ、同種で争うなんてッ」
顔だけ人間を模したようなリトラクターは鼻で笑うと、滑稽だと高笑いしだした。
「何がおかしいッ! オマエは……」
「何もおかしくはない。君の意見は道理に通っている」
「だがね……」再び笑い出す。今度は顔を両手で覆った。指の隙間から真凪たちをみる。
鋭い目線がささる。
「君らは所詮人間。どう足掻こうと地球生まれの地球人、それ以上の進化もなくそれ以下の退化もしない。未熟と成熟の間を彷徨う胎児同然だよ。人間という言葉は君たちには相応しくはない。喋れて感情があれば人間? 知識を備えていれば人間?」
「ふざけるなッ」
とリトラクターはその場で強く右足で踏んだ。地面が悲鳴を挙げ、衝撃で生まれた風がこちらに伝わる。
「それでは猿と変わらない。互いに生きていくことが人間にはできないんだ、不可能なんだ!」
「いや違う。人間には互いに共存することができる。だから俺たちは生きているッ!」
「それは戯言のように聞こえるぞ、地球人。私は過去から現在をありのままみてきた。それは地球人がいかに愚かで共存できないと表すに十分すぎるものだった。だから私は人間と地球人に区切りをつける。共存できないものと、共存できるものを。個別か複数か」
「私は独り立ちできる能力、力を持っている」
リトラクターは片手を胸の前に出すと握った。
「できるものが人間。できないものは人間ではない――下等な地球人だ。私はいま、その選別をしているのだ」
「さっきから聞いていりゃあ……共存できない奴が人間ではない……互いに生きていくことが人間ではない……だとッ! 戯言も大概にしろッ、リトラクター! オマエたちがなんと言おうと俺たちは人間であり、地球人だ! ……揺るがない、俺たちはこの舞台を降りる気もない! 下等でも上等でもない普通の地球で生まれた人間だッ!」
フッとリトラクターは笑う。
「そこまで言うのなら舞台で踊れるのだろうな。踊れない劇団員など不要だぞ、しかし踊れなくとも強引に踊ってもらうがね」
リトラクターは真凪と同じ高さまで降りてくる。
そっと地面に着く。数メートルはあった、そこから飛び降りても地面に傷は付いていない。
これもあいつらの能力とやらか。
「ああいいとも。人間様と一緒の舞台に立てるなんて光栄だ」
真凪は蓮攻を構え直す。
その前にすることがあった。戦うよりも前にしておかなければ……
「実里。お前は重いとは思うが喜納さんを担いで支部まで戻れ! 奴は俺が引き付ける」
真凪は相手を睨んだまま、後ろの実里に声をかける。
真凪はそのために受けたに近かった。彼女を守るため、それもあった。
だが彼を動かしたのは言葉だった。リトラクターから言われた侮辱のような言葉が彼を動かしている。
「で、でもッ!」
実里は食い下がろうとする。
その答えを真凪は許さなかった。
「――お前がいても邪魔になるだけだッ!」
真凪の怒声を聞き実里は一度固まった。言い返そうと口をパクパクとさせる。
実里は冷静になるとこの状況を理解した。そして自分がいても真凪の戦闘に足をつっこむだけだと先の戦いから判断をくだす。
「……分かった。でも……帰って来てね」
了解だ、と実里に向けて右手の親指を立てた。
実里は重そうにしながらも喜納を担ぎ、遠くへ消えていく。
それを真凪は見ていなかったが音からわかると、無事に帰れるように祈った。
「感情に浸っている最中ですまない。いい加減、開演といかないかね?」
「待たせたな。さあやろうじゃないか、一度きりのショーをッ! 地球人が人間であることを思い知らせてやる……!」
真凪は足の位置を飛び込みやすいよう少しずらす。
リトラクターはヘルムをかぶると、背中の武器を手に持った。銃剣のように小型の刃が付いていて、形状は似ている。だが同じとは限らない。銃口から何がでるか。
リトラクターが構える。
飛び込む瞬間は同時だった。
真凪とリトラクターの武器が交わる。衝撃で地面のコンクリートがめくれあがっていく。
互角。どちらも力負けしていない。
「想像よりも強いじゃないかッ! 驚いたよ! 以前とは違うのだなッ」
笑いながらリトラクターは言った。口ぶりからして余裕を感じさせる。
余裕なのは真凪も同様だった。
ここからどっちが先に力を入れるか、それが勝負だと感じさせる。
「そうだとも。前とは違うッ、進化している! これが地球の人間だ」
「――だがッ!」
突如、リトラクターが後ろに飛んだ。
距離を開けたか。……勢いをつけて突っ込んでくるな。
しかしリトラクターは真凪の思わぬことをしてきた。
――発砲音!?
真凪の耳に確かに聞こえた。それは前方、リトラクターで間違いない。
あの武器か? 銃剣だとは思った、ならやはり銃弾か。
しかし銃に特徴としてあるマズルフラッシュはしていない。この目が証拠だ。あいつを一度として見逃してはいない。
音がしただけだ。だがあれは紛れもなく発砲音、何かを発射したに違いない。
そうすると着弾は――今か!
「――クッ!」
右肩に来た弾丸のようなものを蓮火で受け取める。
――重い。何なんだこれはッ!
どうにかして右に受け流す。すると、ボンと近くの地面に丸い穴があく。
隙があったはず、なのに奴はこなかった。
みるとリトラクターは動きを止め、こちらをみていた。
「やるじゃないか。あの一撃を受け流すとは」
賞賛しているつもりか。
あいつは俺をなめている、今だってそうだ。隙があったにも関わらず奴は攻めてこず、逆に待っていた。先の攻撃で俺が鈍ると思っていたはず。
それを逆手にとれば……
「――!」
真凪が考えている途中でリトラクターは構えだす。
そして発射音が聞こえる。しかしその方向に真凪はいない。
思ったとおり弾丸はみえない。また煙を排出していない、光もだ。
左右の空中に撃っている。仕草ではないことは分かっていた。
二発。それを確に覚える。
「これはどうかな!」
見えない弾丸は真っ直ぐと行くはずと真凪は予想していた。そこに俺はいない曲がりでもするのか。だが弾丸はその先に現れた小型のワームホールに吸い込まれた。
「ワームホールッ?!」
思わず声がでる。使うとは思っていなかった。
そう考えるとさっきの弾丸も頷ける。
ワームホールによる攻撃。弾丸が通過してダメージを与える。間接的だが、あいつがワームホールを見せなければ分からずに終わっていた。対処のしようもなかったこと。なのにアイツはわざと見せるような真似をした。
戦いを楽しんでやがる。
「使えるのは移動だけだとはッ、思っては困るな~。なあ、地球人」
――くそッ! 何処から来るか分からない。二発は確かにワームホールに吸い込まれた。消えたのではない。指定された場所で出るはずだ。奴のことだ、今頃俺の方に向かってきているはず。
真凪は攻撃の原理を理解しても、対処のしようがなかった。見えない弾丸、そしてワームホール。二つが合わさり、襲ってくる。最悪のコンビネーション。
だがそんな中でも賭けに近い対処法があった。
読み通り真凪の斜め前方に小型のワームホールが開く。
弾速は早い。それでもリトラクトスーツを着ていれば普通のように感じられた。
野球のボールを思い出せ。投手が投げた。そのボールがバッターにくる瞬間は――
――今だッ!
「はあああああぁぁあ!」
弾丸を真ん中で真っ二つに切るようにスライディングをしながら蓮火を縦に振る。このとき真凪は受け流さぬよう両手で蓮火を持っていた。片手を柄に、もう片手で刃を押す。
手応えはあった。
弾丸は真凪に二つに切られると速度を徐々に落としながら落下していく。音がそう知らせた。
これが対処法。行き当たりばったりな方法だが、これしかないと真凪は信じ実行したまで。
「手元がガラ空きだぞ! 地球人ッ!」
リトラクターが直後、真っ直ぐ突進してくる。
受け止めた。すると一歩引き交じるのをやめると、真凪の蓮火に向け発砲する。
――やはり銃剣か!
弾丸と共にリトラクターが再び突進。まもなく真凪の体制が崩れる。
それを待っていたように真凪の右脚に何処からともなく現れた弾丸がめり込んだ。
左脚だけで全体重を支えられるはずもなく真凪は後ろに、防いだ体制のまま倒れる。
「まだ続けるか、地球人?」
「……続ける……ともッ!」
何を考えたかリトラクターは真凪の動きを止めるために交わるのをやめ、鋭利な剣先で左脚を刺そうとした。
真凪はそれを見越して動けない右足を無理をいわせて挙げる。防ぐため、足の鎧で受け止める。長くは持たないことは分かっている。数秒でも稼げれば満足だ。
「『疑の太刀』ッ!」
瞬間、蓮攻が光を放ち出す。蓮火の刃からだった。
「なにッ!」
リトラクターは思わず目を押さえる。
「ガラ空きだぞッ! リトラクタアアァアア!」
真凪はどうにか動く左脚で居合い切りのようにリトラクターの横腹を切り裂く。
硬いはずの装甲を簡単に貫通し、内部の体をえぐった。傷は深く、血が絶え間なく溢れでる。
「クッ……俺に傷を負わせたのはクソな奴ら以来だ……ッ!」
リトラクターは武器を振るう。真凪の無防備な背中に襲いかかった。
――まだ動けるのか……!
真凪の体は無理やり地面と対面させられる。地面は粗かった。
痛みは不思議と感じさせない。それでも背中が気持ち悪く感じる。
背中をやられたか……出血が多いようだ。意識が遠のいていく……
「貴様のような地球人は初めてだ。楽しませた礼、そして傷を負わせた礼に先の問いに答えよう」
真凪の目が届く範囲でリトラクターはおもむろに語りだす。
「なぜ、この地球に来たのか。そして……なぜ私が人間の顔をしているのか――」
真凪は出された答えに眉をひそめなかった。本来なら眉をひそめたであろう、しかしその気力はもはやない。真凪は疲れ果てていた。
「……そんな……り……ゆう……で……俺たちを……襲うの……かッ!」
力を振り絞りか細い声をだす。
もはや会話することは不可能のように思えた。背中の傷が効いている。
「君たちも同じのはずだ。国々で王を決め統治する。すなわち、その国の絶対的な王に君臨する。何がおかしい? 王には力があり、権力もある。死してなおも揺るがないことだ」
「……お前たちの……いう……こと……は……本当なのか……?」
「本当だとも。私は敬意を払ったものに嘘はつかない。地球という惑星は、我が母性と似たような惑星であるだけさ」
「だから……」
「…………」
真凪はリトラクターの異変に気づく。自分の方ではなく、別の方向に首を向けていた。
数秒後、向いた方角から十五才ほどの男の子(青年)が迷い込む。
なぜ来たんだ、それも一人で。
警報は発令しているはず、そして避難誘導もされているはず。なのになぜ……。
真凪はリトラクターがしようとすることを悟った。
――まさか?!
「わきまえず会話に割り込んでくるとは――邪魔者がッ!」
「や……めろ……ッ!」
真凪の弱々しい声は奴にはとどかない。いや、とどいていたとしても今の奴なら無視をした。
リトラクターは青年の前まで迫っている。距離はあった、だがそれもすぐにつめられた。青年は逃げなかった。戦おうとしたわけではない、リトラクターに怯え頭を抱え丸まっている。
このままではあの時と同じだと、数十年前の記憶が呼び起こされる。あの時は室義さんがいてくれた、守ってくれた。だがこの場に室義さんはいない。しかし隊員はいる。俺だ、俺しかいない。守れるのは俺だけ。他にはいない。
――誰が助けるんだ、俺だろッ! 彼を唯一救える人間だ!
自分にそう言い聞かせると悲鳴をあげる体に承知で鞭を打った。
「とどけよッ! 『零の太刀 擊』ッ!」
体を起こし震える二つの足で立つと、勢い良く蓮火をリトラクターに目掛けて飛ばした。
真っ直ぐと蓮火はリトラクターに向かっていく。
蓮火は青年に手をかけようとしていたリトラクターの右胸を貫く。
何が起きたのだとリトラクターは壁に刺さる真凪の武器をまず見た。
そしてじっと自身の左胸をみる。
「ハッハッハッ! まだ隠していたかッ」
倒れている真凪の方を向く。貫かれたことなど無かったようにリトラクターはズカズカと再び真凪に向かってくる。
「逃げろ小僧ッ!」
青年はまだ丸まっている。聞こえているはずだ。だが動こうとしない。
怖がっている。俺もあの人がいなければそうなっていた。
「逃げろって言ってるんだ! 立てッ! 今のオマエは強い、生き延びた! オマエなら立てる、一人で立てる。自分を信じろッ、そして走れええええぇぇ!」
リトラクターが真凪に掴み掛かり力ずくで立たせる。恐るべき力で両肩の骨を簡単にへし折った。悲鳴が出そうになる。今度は痛みが鈍った脳にも伝わった。
真凪は痛みに耐えながらも僅かに開くことのできる目で青年の方をみた。
まだいた。それでも望み通りに立っている。
こちらを目に焼き付けるように見ている。
――これじゃあ……あの時と変わらないな……。すみません、室義さん……まだあなたの元に蓮火を返せそうにありません。
虚しく壁に突き刺さる唯一の武器である蓮火を、真凪は刻々とみつめた。
「……フリーダム……実……行ッ!」
力が入らない右手をどうにか蓮火に向ける。
〈 フリーダム承認 〉と真凪の武器である蓮火から女性の機械音声が聞こえる。聞こえたと思うとそれは黒く濁った虚空へと飛んでいき、粉状の粒になり消えていく。
――君が無事であることを……。
力なく腕が落ちる。
青年は遠くへと走っていく。来た道とは逆方向。
リトラクターは真凪を掴みながら追うかと考えた。
が、その思考を途中で破棄する。
――そこまでして貴様はなぜ助けた……戦士よ。なぜ助けた、なぜ弱者を救った。独り立ちできるようになぜ手を差し伸べた。
リトラクターは己の手のうちにぶら下がる人間をみて考えていた。
強かった。同等か、それ以上の力を秘めていたのは間違いない。だがそれを蓄えて、ここぞという時に使った。不意打ちでなくともできたはず、私にとって初めから効果はあったはず。それを使わなかった理由はなんだ。私が侮っていたからか? 突然に守るものができたためか? 孤立できない相手を守って何の価値がある、複合体となる人間に何の意味がある? 私にはそれがわからない。答えを求めようとしても付加価値の答えしか生まれない。
君なら知っているのか……?
リトラクターはじっと手に持つ人間をみつめた。