1、レクチャーレポート
長い説明です
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「この地球という惑星に、地球外生命体が目撃されたのはいつのことだと思う? 十年前? 二十年前? いや、もっと早かった頃の出来事だ。では、地球外生命体、いや長いな、〟奴ら〟が我々地球人に攻撃という名の会話をしてきたのはいつのことだろうか?」
真凪透はビデオカメラに映る自分に向かって言葉が続く限り、語り続けていた。
現時は2039年。年号という概念はなくなり、その後の名称はただ〟何年〟というアイデンティティの欠片すらない呼び方が定着していた。――事実上の国家の壊滅、首都の半永久的麻痺、それが影響している。
事の経緯は、約三年前のことが作用している。
2036年6月6日、突如として現れた“奴ら”、それによって世界各地、地球全土が壊滅的被害を被った。この日のことは今でも忘れられない出来事として、いま生きている人間の身体に強く染み付いている。そしてこの日は人間が決定的敗戦を喫した日として、〈OFF―DAY〉と皆が呼んでいる。
三年前に国家は壊滅、それによって日本の統制は明後日の方向を向いたままだった。では、なぜ今も日本は統制を取れているのか。簡単だ、国家を担う新たな管理組織が生まれたからだ。
『Earthese』――〈地球人連合組織〉。オフ・デ―を気に結成された、地球と人類の管理統制を行う唯一にして世界的な組織である。
『Earthese』には二種類の管理体制がある。
政治管理――権力・政策・秩序・経済やその他諸々を、管理しまとめるシステムである。だが民間人の意見が通ることは声が上がっている。
防衛管理――いまだ侵攻を続けている“奴ら”から地球を防衛するシステム。ちなみに真凪はこちらに所属している。
話題は今の情勢から“奴らの”話題に移った。
「当時は“奴ら”がどうやって地球内に侵入したのかすら不明だったが、徐々に全体像が明らかになってきた」
と、彼はホワイトボードを横から持ってくると黒いマーカーで分かりやすいように簡単な絵と説明をかいていく。
「ワームホール。多次元世界と地球を結びつける穴だ。この穴で奴らはほぼどこでも行き来することができるらしい。もちろん当初は奴らがどこを襲撃するのかを予測するすべもなかったわけで、たとえば一度襲撃から逃げ延びた者が避難した場所、厳重に施錠された建物の中にワームホールが現れ追撃された、なんてこともある」
「敵の形状は人型だ、一見すると人間とほとんど変わらない」
再びホワイトボードに人間のような形をかいていく。今回は練習の成果か上手く描けた。
「敵の名前。私たち『Earthese』は、「リトラクター」と名称した」
先程の絵の上に、リトラクターとカタカナで書く。
「我々人類が破滅に追いやられた原因はワームホールだけではない。今から見せるのはリトラクターと『OFF・DAY』まで日本に存在していた自衛隊という防衛組織が戦闘を行っている場面の映像だ」
そう言うと真凪はカメラを斜め横に向ける。そこにはモニターがあって映像を映している。 その映像は固定のカメラ(監視カメラ)が撮影したものだった。一分二十秒ある動画。
そこには当時の自衛隊が確認できた。大きい車道で、戦車二両と迷彩柄の装備を付けた自衛隊員が発砲していた。今では、戦車や銃は珍しいものになっている。
発砲している先にはリトラクターがいた。その数は二。自衛隊はそれに対して一個小隊、数では勝っていた。しかし、リトラクターは銃弾を浴びても、怯むことはなかった。足を止めずに、こちらに、自衛隊員の方へと一歩、一歩とゆっくりだが迫ってくる。
何もできない人間に恐怖を与える、そのようにも感じる。
「うおおおおおおおおお」
隊員の一人が叫び声をあげる。それに次ぐように、砲弾が飛び、着弾した。
爆煙が上がる。煙はゆらゆらと揺れながら不気味に、人型のシルエットを浮かび上がらせる。
「だめだ、歯が立たない……」
その声はもはやなすすべがないと言うように力のない声だった。
リトラクターが動く。戦車を危険だと判断したのか、一瞬のうちに跳び上がり距離を縮めると腕を振り下ろした――戦車は炎上。エンジンに到達し爆発を誘発する。
辺りの隊員は抗うことを許されないまま、爆風に乗せられ強く地面に打ちつけられた。
もう一両は後ろに撤退しようとしたが、遅い。先の一両を仕留めたリトラクターが動いていた。側面に回り込むと、車体を持ち上げ、空に上げた。それを待っていたように、もう一体が空中で武器を持ち、飛んできた車体を貫いた。貫かれた戦車はそのまま地に落ちる間もなく爆散した。
カツンッ!
不意にリトラクターの頭部に何かが命中する。金属音――対戦車ライフル弾だった。
頭部に生暖かく傷は出来た。だが、仕留められるほどではない。視線がそちらを向くと、リトラクターは自分を狙撃した自衛隊員を追って画面から消えた。
映像が終わり、カメラをホワイトボードがある方へ向け直す。
「見てわかったと思う。奴らの力は僕らとは比にならない。戦車、戦闘機、銃、現代兵器のありとあらゆるもので彼らに対抗した。結果は――見て分かる通り、惨敗だ。人類はその力に苦戦を強いられた。いや、……今も、か。そして、そんな力を前にもはや終わりと思った人類だがある武器が開発された」
キュッキュッとマーカーを鳴らしながら、腕を上下に動かしていく。
「リトラクト・スーツ。対リトラクター殲滅兵器の一つだ」
着物のようなシルエットを真凪は描いた。それが正しいのかは分からない、言えることは着ることだけだ。その上にも、同じように名前を書く。
「開発したのは、A・Aという人物。何でもあっちの世界から亡命して来たらしい。」
大戦から一ヶ月が経過したかというときだった。
まだ一ヶ月だったから良かった、これが一年経過していたら取り返しはつかなかっただろう。
A・Aを中心に対リトラクター装備が開発された。レーダー・武器・防具などが代表的だ。だが、ひとえにそれを信じていいのだろうか。彼はあれでも、異星人の一人だ。見た目は我々、人間と変わらないものの何かあるかも知れない。秘密裏にだが、彼の調査もしているらしい。今のところ成果は何もないが。
「この装備のおかげで人類の完全敗北は免れることができた。しかし、一つ問題があった。これは誰でも着られるわけじゃない。才能のある選ばれた者しか着られない。才能とは、潜在能力。元からその潜在能力がない人間は着ることができない。だが才能がある人間に着させることにより、人間の力の約数百倍に等しい力が出せる優れものとなる。また、それぞれの潜在能力によって形状が変化、機能が増えたりもする。飛べたりはしないが、機動性を上げるオプションだったり、ある部位を更に補助してくれたり」
「今は着てはいないが、僕も戦闘時には世話になっている。」
真凪は自分の着ている服の肩上の部分を少し掴み上げた。
「そして、これと同時に併用するのがリトラクト・アームだ」
簡単な武器を描く。描かれたのは刀だ。
「僕の場合は刀・蓮火と言う武器を使っている。これもスーツ同様に、持ち主の特性によって形質・機能が変化する。これと、スーツを合わせることで初めて奴らと戦える。スーツだけで戦えるやつもいるにはいるんだが、とてつもないほどの潜在能力が必要なため、ごく少数しかいない」
「これによって、人間が同等の戦いが出来るようになった、同等になるかは個人の潜在能力に比例する。高ければそれ相応の力を、無ければ――想像で分かるとおり」
真凪の腕に付けている、近未来的な時計が目覚まし時計のようにピピピッ! と鳴り響く。
「おっと! 篠部さんから招集だ。説明はまた次回!」
机に置いたビデオカメラを閉じると、下の引き出しにしまう。
朝食を食うことを忘れずに、冷蔵庫に触れる。
冷蔵庫からエネルギー補給の簡易的飲料を口に含み飲み込むと、腰にぶら下がっている茶色のポーチに入れた。
椅子には彼の所属する『Earthese』のロゴが入った紺色のジャケットがあった。
それを身にまとうと、時間を見ないで小走りで出て行った。