16、始まりか、終わりか
さあ一部もラストに近づいてきましたよ~
今日やるべきことは決まっていた。
真凪は腕の端末を操作しながら歩いている。
これからまず総司令による演説がある。一時間半。
その後は自由だ。命令が入ればそれをする。入らなければ篠部隊長が責任者の案件を片付ける。あれは今日中にやるしかない、今日以外だと鉄拳が飛んでくる可能性が。
それが終わると……。
端末内のメモ帳をスクロールする。既にそれ以上したにはいけない。
なにもない。これが終われば今日はおしまい。明日から頑張りましょうだ。
「とはいっても……」
昨日のことが気がかりだった。そのせいで夜更かしを――
ふぁ~……、思わずあくびが出る。しょうがない。情報は集めた。彼らのことも意志の軍隊もこれから調べに行くこのことも。
情報が多かったのは意志の軍隊だ。仲間を掲示板で募っていた。果たしてそれが本物なのか。
彼らのことは概ねしったような情報しかなかった。出処などは掴めていない。
そして、あの案件。あれについては不思議なことが多すぎる。
神隠しに似ていた。突然と姿が消えるらしい。なんのメッセージもなしに消える。残されたものは何一つないらしい。
一体どうなっているんだ。情報を見る限り、これはあいつらの仕業がする。
リトラクター。
ワームホールが自由に使えるのはやつらしかいない。そんな根拠だ。
ここで不思議なのはワームホールが現れれば感知できること。
なのに反応はしていない。
特別なワームホールとかあるのか、それとも人間の仕業なのか。
確かめるには自分が行くしかない。
「さて行きますか」
「奴らが我が地球の土を踏んでから、約二十年と半月が過ぎようとしているッ!」
『Earthese』の東京支部総司令である幾仁壮一は今日も兵の士気を高めるため基地内部の広場の壇上で演説をしている。
声たからに老体に鞭を打っている。中々にご苦労なことだ。
彼がここまで声を張り上げるのはここにいる兵士の士気を上げるだけではない。
通信中継。他の支部の兵士の士気を上げるのも彼の役目だった。
そのため、終わったあとは疲れた表情をいつもしている。
幾仁はあれでもう五十は超えている。他に代わりはいる。
しかしこれだけは譲れないらしく開設当初からしているらしい。もし自分ならとっくのとうに譲っていることだ。体が最優先だからな。
これを百回以上聞く真凪透には話が左から右に通り過ぎていくだけだった。
目線をあたりに向けた。
この場にはベテランの兵しかいない。人数は三十弱。男子が多いかと思うだろうが、比率はあまり変わらない。人類の為となれば、男子が、女子が、とかは関係ない。
徴兵制とかいうシステムもない。自主的になるわけだ。
少しいうとこの数年で男性兵士が減っている。
そのためか、比率があちらの方が少し勝っている。
これは入った男子なら嬉しい知らせだ。だが俺からしてみれば恐怖だ。愛達のような魔物がいるかもしれない。そうなってはリトラクター以上にヤバイ。朝起きたら墓地の中で起き上がるかもしれない。
「近日、我々は新人隊員を募っている。その話は知っていることだろう。――来るべき戦い、それが迫っているわけだ。残すところ、六日。これは覆らない、迎え撃たなければ人類に明日はない。新人隊員諸君を殺すわけではない、だがその勇気を……」
新人が少ないことは支部の話題だ。この数週間の入隊者はゼロ。誰もこない。
隊員というもの能力がなければならない。能力に目覚めなければ戦えない。
そのための学校も今ではあるぐらいだ。
とはいえ、そこで教えられるのは基礎訓練と知識、そして模擬戦闘。
入っても能力に目覚めるわけではない。そんなにこの世界は甘くはない。
自分はそうかと言うとそうではない。
あるきっかけがあったからここに立っている、それだけだ。それがなければ今頃はせっせとデスクワークをしていることだ。
「以上だ」
幾仁の長い演説が終わると仲間たちはストレッチをしながら散っていく。
自分もその一人だ。軽くストレッチをする。
これから計画を実行するつもりだ。誰の邪魔も入らなければスムーズに行くことだろう。愛達とかレンザンとかが来なければの話だが……。
「真凪くん! 真凪くん!」
人波に逆らいながら、こちらに手を振りながら向かってくる女性がいる。
ああ……嘘だろう。愛達よりはすごく良くて、レンザンよりも優しいのが来てしまった。彼女が来ることを忘れていた。前にあったのは数日前。何かわりなく無駄話をしては無駄話。それを時間の限りしている。
紅澪実里。
数少ない同期の仲間で自分と親しい仲だ。友人という仲だと俺は思っている。面倒くさくはないのだが、来る時々が何かをしようってときにやってくる。そこが少し問題だ。
「これから一緒にお昼食べよう! お腹へったし」
「まだ十時……って、またこのパターンか」
時計を見るともうお昼時。あの人の演説は長すぎる。魔法でも使えるのか。
終了時刻と違う、というより大幅に時間が経過するのが普通になっている。昨日は任務のために出席はしなかった。それが許される。
忘れていた……。
「またあそこか? ラングラーバか」
返事をせずに二度頷く。
ラングラーバとはこの頃出来たハンバーガーショップの名前だ。
味は不味くはないが種類が少ないので頼むのがいつも決まっている。定番の照り焼きチキンゴルゴンゾーラソースバーガーが美味しい。とはいえ手が汚れるのがあれだが。
「じゃあ行くとするか」
仕方なくそうする。食べたとしても午後ならできることだ。心配はいらない。
三つある出口のうちの正面出口から行くことにした。
そこが外と一番近いのと決まっている。
その出口へはここにいた隊員は誰も行かなかった。
トレーニングを欠かさないやつらが多いのか、サボリ屋さんが多いのか。
彼女は嬉しそうに会話もしてないのに微笑みながら隣にいる。
どこが嬉しいのか、自分といるといつもこうだ。
そしていつものように少し頬を赤らめている。漫画でよく見る光景だ。
これを上官に見られると、「お、真凪ご夫婦!」とよく言われる。何処からみれば夫婦なのだとツッコミたくなるが、そこは押さえ込んでいる。先に彼女が言ってくれるからだ。
だがなぜだろう照れくさそうに言っているのだ。
普通なら、苦笑い程度でいうものではないのか?!
「嬉しそうだな。何かあったか」
「いえ、何もー」
と言うが、依然としてポワンとしている。
夢でもみているようにのんびりした口調でいう。
「ふーん。まぁあいいが」
「ま、まぁあいいって! て、照れるなー……!」
急に実里は自分の髪の毛を丁寧に触りだす。何度も同じ場所を。
これが面白い。反応というか、いつ気づくのかー! と。
この仕草はやはり照れ隠し。だが一体なにに照れているんだ。
「それにしてもあれだよな」
「……あれ?」
実里は首を傾ける。
「ここもなんだかんだ安定してきたもんだ。あんときなんか……な」
「あ、そういうことか」
どこか彼女はホッとする。胸をなで下ろした。
「そういうことだ。俺たちも強くなっているということだ。何度となく戦闘を生き抜いてきた。ここにいる時点でそれは運じゃない」
「私は強くないけど」
「いやいや十分あるだろ」
率直に言われたのが響いたのか「えっ……」と独り言を呟く。
そうなのかと真凪は思った。実里は弱くはない。とはいえ愛達には劣る。
「わ、私は……!」
「――いや強いですって!」
と背後からそう言われる。
実里は真凪以外の声に敏感だった。
それゆえ今の声が誰かは直ぐにわかった。
「鋭士くん。それって冗談だよね……?」
宗恵鋭士。二つ年下の後輩だ。
接点はあまりないが、教育という名目で訓練を指導したことはある。
その彼はどうやら口をはさむタイミングが悪かったと真凪でも分かったぐらいだ。
それぐらいに今の彼女は怖い。それにやばいだろう。
雰囲気でわかる。
怒りがにじみ出ているように。一見、笑っているようだが……。
今の彼女なら自分もただではすまないだろう。
――これは昨日のと同じだ!
遠ざかるために気づかれず、そろりと後ろへ下がった。
「え? それってどういうことですか。自分は言葉の通り……」
歪んだ目元を元に戻すと目の前を真にみた。
どうやら鋭士も感じ取ったらしい。言葉を切る。
「ハッハッハ、冗談ですよ! ねえ透さん」
こいつ……俺も巻き込むのか。
実里の視線が若干だがこちらを向く。
こちらを向くとどこか恥ずかしいのかすぐにそらした。
「冗談だよ。気にするな」
「だと思ってました!」
どうにか先程の表情に戻った。ポワンとした感じが戻ってきた。
同時にカンッと軽い音がする。彼女の下だ。
みると、隊員だけが使えるものが転がっている。
まさか…な。
真凪は実里の腰をみた。想像したくはなかったがなかった。
あれは実里のだった。静かに拾うと何もないようにふるまう。
もしかしたらもしかしたらなのかもしれない。
「で、では自分はこれで……失礼しますッ!」
さっと一言いうと、走って逃げていった。
「あいつ、次あったら懲らしめてやる」
小声で呟いたがそれを彼女は聞こえたのか反応するように
「ええ、全くね」
と言った。それが例のものを使ってやるんじゃないかと思うと、あいつでも守らないとな。
一度空気を変えようと咳込む。
「だ、大丈夫!」
なぜか心配される。わざとしたんだが……。
「あいつのせいね、きっと!」
走っていった廊下をキリっとみた。
「いや、大丈夫だから。それに今のはわざとだから」
「わ、わざと?!」
「そうだ。場の空気というか、会話しようにもしにくかったからな」
「そ、そうなんだ……。ま、まあ知っていたけどね」
そっぽをむく。これも……照れ隠しか。
実里とのたわいない会話。これが日常だと感じさせる。リトラクターを屠るのも日常だ、あれは死と隣り合わせの危険なもの。慣れる慣れない、それは別だ。慣れていようと死ぬ日もある、慣れていないと死なない日もある。運のようなもの、サイコロで決めた目を出すようなもの。俺も任務があれば死ぬかもしれない。だから大事にしないとな。
「どうしたの? 真凪くん」
「……え? いやなにも。大丈夫だよ」
「そう。ならいいや」
笑ってそう返事をする。きっと俺は考えごとをして難しい表情をしていたのだ。
彼女を心配させる。
これでも俺は男だ。なにをしているのか。
「そうだ。実里、明日って空いてるか?」
「明日?! えっと……確か空いてたと思うけど……」
「なら出かけよう!」
真凪は彼女の手を取る。
突然のことで実里は驚く。
「――えっ、お出かけ?!」
「ああそうだ、気晴らしに出かけるんだ! どこでもいい。とにかく出かけるんだ! この街じゃない場所へ」
なんとも主人公らしいセリフ。このまま国外逃亡、それはない話だ。できればいいが、どこへ行こうとあいつとは戦わなければいけない。宇宙にいけばあいつはこないのかもしれないが。
「だけど大丈夫なの? 私たちが休暇なんて…………。その……もらえないんじゃない? 今も来るかもしれないんだよ」
真凪の目をみながら実里はいう。黙って真凪も目を見た。
彼女は照れることはなかった。
熱のこもった言葉。その言葉、自分がリトラクターと戦う人間であることを教える。
「わかった。だけど気晴らしは必要だろ?」
「うん。そりゃあ!」
にこやかに笑う。
「なら――」
言うのをやめた。
前から霧浪上官が歩いてくる。また言われるのかと真凪は内心覚悟していた。
しかし――
「フン、また夫婦ごっこか? そんなことをしているのなら五六エリアに行ってくれ」
吐き捨てるようにいう。霧浪上官の感じ。何かあったようだ。
五六エリアとは支部の管理下内の旧新宿、旧渋谷、旧中野、旧千代田区を指す。五六エリアには一度も彼らは初めの襲撃以来現れてはいない。
まさか……きたのか。
「どうする真凪」
緊張感が張り詰める。空気が重くなった。
廊下には警報音はなっていない。それほど重大ではないのか。
が、言うからにはなにかある。
「まずは司令塔に行く必要があるな」
「わかった」
司令塔までは遠くはなかった。この施設は繋がっているのだから。
第一司令室に入ると、オペレーターが既に三十人体制で配備されていた。
多すぎるんじゃないのか。いつもは五人程度だ。
見渡すと中央にいた。
中央にいる喜納忠は目の前に広がる中継モニターを見つめている。
「喜納さん、これは……」
真凪たちは駆け寄った。
真凪たちに気づくと被った帽子を深くかぶりなおす。
「君らか。五六エリアに突如四体のトラクターが現れた。……恐るべきことだ」
真凪は耳を疑った。通常なら二体多くて三体だ。それが四体。二組だ。
なにかあるのか?
襲撃は一週間後。しかしそれは決まったこと。覆ることはないはずだ。
予兆としても考えられる。現にこれは半年前のと似ている。
では――。
「四体で間違いなんですね」
「本当だ……現実だよ。俄かに信じがたいことだが――」
喜納が言った直後。右斜めのモニターに一体。正面に一体。その右のモニターにも一体、いや二体いた。独特の影が太陽に照らされてみえる。
「直ちに自分らに出動命令をッ! このままでは半年前と同じだ! 見殺しにはできないッ!」
「……まだ我々の出動命令は受けていない……ッ!」
歯を噛み締めながら喜納はいう。
『Earthese』は政府だ。だが隊員たちは上からの発令がなければ動けない。
例外と言えば大災害が予測されたときぐらい。それ以外では動けないのが、いまの隊員というものの現状だ。これだってその予兆だ。無能なやつらはそれに気づいていない。
「しかしこれでは……! 助けられる命をみすみす失ってしまう」
「……分かっている。分かっているからこそ、もう出動させた」
「――それでは司令が!」
「いいのだッ! それで救われる命があるのなら」
出動命令が出ていないのに『Earthese』の隊員が命令も出ていないのに向かうとなると反逆罪として罪に問われる。それは決して軽いものではない。
「あとは任せたぞ……瀬賀……川本――!」
呟くように言うと再びモニターをみつめた。