14、遭遇
「おじさん、わるいひと、なの?」
「それはどうだか。ある一部の人間から見れば、俺は悪人で、そのまた一方から見たら俺は善人かもしれない。俺は自分の信じる“正義”を働いたまでさ」
河川敷で小さな子供と男は土手に座って話していた。
暗い。この辺一体に人は住まない。今では閉鎖空間となっている。そのためか、差し込む光は夜だと言うのに一つもない。あるのは、遠くの町並の明かりぐらいだった。
男は隣に座る少年の顔をふと、みた。
彼の顔は覚えている。だが、どんな感じの子かは覚えていない。太っていた、痩せていた、そこまでは見ていない。特徴だけだ。
服装。
それが肝心であり、見分ける方法だった。
彼らは同じ服装を上下に身につけている、囚人服のような縞柄に縦線を足したような感じのものだ。
現在は夜だ。そしてこの一帯は明かりの一つもない。特徴となる服装も分からない。
今では、暗闇の中ではそんなことは関係ない。声だけで、場所が分かる。
この地区は習性的にか、彼らが集まってくるらしい。あくまでも噂の話だ。それが本当だと知ったのは、数日前の正午頃に来たときだ。そこで初めて彼らと出会い、多少の言葉を交えた。警戒させないようにと武器とあのジャケットは持っては来なかった。しかしそれは元より関係のないことだった。
彼らは例え武器を持っていようが警戒をしない。まるで友達、まあそれほどではないがフレンドリーに当たり前のように接してくる。
彼らにとって警戒とは、もう無くしたことなのかもしれない。そのため、あのような事件が起こる。
『無差別殺人』
それも何の警戒もしない彼らを狙ってのことだ。相手からしてみれば、動かない鴨がいるのと同然だ。そして、殺すのもたわいない。
何をされたのかはしれないが、可哀想なことだと痛感した。
それと同時に守らなければと、心が判断していた。
この一帯に危ない人間はいない、安全だ。だが、殺人が起きることもある。
自分はその時には現場にいなかったため、到底守ることは不可能だった。
今度は守ってみせる、男のその手には武器が握られていた。
リトラクト・アーム――『Earthese』の隊員にしか使用が許されないものだ。
しかし男はそのマークが入ったジャケットは着ていなかった。
「だけど、これって……」
子供が男の手に持つものに触れた。
彼が触れても何も起きない。アームはそういうものだ。
「君たちを悪い人から守るための武器さ。そのためにこれは必要なんだ」
「まもるため? わるいひと? それっておじさんのことじゃないの」
「ああそうとも。俺は悪い人だ。だけど、悪いと言っても良い意味で、だ」
「いいいみ?」
「そう、良い意味だ。何かを守るためにそれを振るう。何の理由もなしに、ふざけた理由で振るう悪い奴とは違う」
「ふーん、……僕には分からないや」
ふと、少年は空を見上げた。男も顔をあげた。
空一面に星が無数に見えた。名前が付いているはずだが、そんなのはどうでもよかった。
「……きれい」
「……ああ、きれいだな」
二人は空を見上げていた。
見ている間は何も感じない、不幸とか幸福だとか一切の感情を無にしていられた。
目線を戻すと、ありのままの現実に戻された。
「おじさん、どうしてこんな場所にいるの?」
無垢な彼は訊いた。
何も知らない、だがその方が彼らにとってはいいことだ。
未知の脅威、そのことも知らずに生きていられる。
「気がつくとここにいた、それだけじゃダメか?」
男は嘘を言った。
「僕はいいけどね」
少年は足を上下に振り始める。
さながらブランコに座っているように。
「たぶん、彼が……」
「彼?」
少年のいう彼と言っても誰だかは分からない。同じ子供、それとも大人かもしれない。
「あ、ちょうどいた!」
目配せさせた先に偶然いたのか、土手の上まで上がって行く。
見えない中でよく分かったな、と思いながらも男も土手を上がった。
「おーい! おーい!」
と手を振る先には暗闇に、少し黒いシルエットが増して見えてきた。
成人男性のような大きさだ。やはり大人、か。
「彼がそうなのか」
「うん!」
と勢い良く頷いた。ここでは、その彼が好かれているらしい。
近づいてくる。徐々に、ぼんやりと姿が見えてきた。
「おやおや、来訪者とは。研究者か?」
その人物はそう答えた。背が高く、ガタイが思ったよりも良かった。茶髪で、青い眼鏡を掛けていた。目は日本人ではないのか、黄色い瞳をしていた。
「どうも」
暗闇の中ではあるが、お辞儀をした。
「私はただの一般人です」
「その割に、よくこの場所にきたな。用があってきたのだろう?」
「ええ、そうです。ですが、自分の役割はこの子供たちを守ることですので」
「守ること、か。珍しい人間もいたものだ。ここの人間は殺すことだけだと思っていたよ」
近寄ってきた子供の頭に手を載せると、大きな手で彼の頭を撫でた。
子供は素直に嬉しがった。
「確にここ一ヶ月、件数は増えてきましたからね」
「彼らが異星人を呼ぶからという理由で殺す。それは嘘かもしれない、なのにそんな理由で無防備な彼らを殺すのだ」
声に熱が入る。
「ええ、全くです。だから自分は彼らを守るンです」
「普通の人間もいるものなのだな」
彼と呼ばれた男はその言葉で冷静になった。
まるでここの人間を、することしか(子供たちを殺すこと)脳がなかったように言った。
「――私はここに来てから、およそ数十年になる。幾人の人間に会い、住む世界が違うとはこんなにも違うことかと実感した。実感して思ったのは、彼らは何も知らないということ」
男は彼が外国人であることを確信した。
「それはリトラクターについて、ですか?」
彼は首をうなずけた。
「私は詳しい、彼らの習性も理解している。だから言えるのだ、この子達には何の力もない、と」
「自分にはその根拠は説明できません」
どこからその情報を知ったのか、やはり日本は遅れているのかもしれない。
「だろうな」
とポケットに手を無造作に突っ込んだ。
「私もそれはできん」
「なぜです? あなたが言えば救えるかもしれない。この状況を反転させ、言っている奴らに罰を与えることも可能かもしれない!」
思い付きでそういった。
彼の言うことにれっきとした理由があり、証明できるのなら彼らは今よりも自由に暮らせ、死の恐怖からは遠ざかるはずだ。
それが自分の望みであり、達成しなければいけない目的だ。
「私にはそれをいう資格がない。無力だ、人間は殺せても世論は殺せないものだ」
「いう資格なら自分にあります!」
束の間、会話が止まった。
生暖かい風が肌に触れる。
「……君は誤解をしている。人間が到達しては行けないもの、それに彼らは足を踏み入れている」
察しがいい男にとって、彼が言おうとしていることがだんだんと分かってきた。
子供たちがその段階の始めだと言いたいのか……この人は。
それならなおさら不可思議な点がある。研究をした子供たちが、なぜこんな場所に野放しになる、理由があってに違いない。
先程、彼は“無防備で何の能力もない〟と言っていた、そしてその理由を知っている様子だった。言うことを信じると、野放しにしたことに何か理由が……?
「止められるが、私はしない。生み出すのは悪魔……それが破壊者かも分からずに。私は傍観者だ、行く末を見守る、この世の終わりまで。生み出したものの責任というものは存在する。そうは思わないか、正義(、、)を働く人間よ」
そのセリフは最初にここでいった言葉だ。それとも言葉からか。
それを知っている、覚えているとなると彼は初めからいたことになる。
場所、気配、共に誰もいないと感じていた。勿論、それは前者だ。後者ではない。
言葉からなら、大体は予想がついて冗談のように言ったのだろう。
「確に同感するね」
何か分かったのか、男は口調を変えた。
「物分りがいいのだな、わからないとでも言うと予想していた」
「ああ、確に訳がわからない。だがお前が言いたいことはわかった。落とし前はつけろ、そう言いたい」
彼は眼鏡をクイッと上げると、鼻で笑った。
「やはり物分りがいい、私が会ったなかでは一番だな。それだから、私は口出しをしない。これは人間の問題だ。子供たちには悪いと思っている、だからこうやって限られた数だが保護をしている」
辺りをみると、続々と子供が集まってくるのが分かった。来たとき・夕暮れの時には、話していた少年しかいなかったが、怯えて隠れていたのか。
数は約二十九。学校のひとクラス分ぐらいだろう。男女何人かは、ここからでは判断できなかった、暗闇ということもある。
「俺はあんたのことを詮索しようとしない」
男は腰の武器に触れた。だが使おうとはしなかった。
「言いたいこともわかっている。自分でどうにかしろ、訊いてもそれぐらいしか言わねぇだろ」
「…………」
「だから俺は……俺自身でどうにかする、他人の手はかりない。そしてこいつらを救ってやる……!」
彼と呼ばれた男が近づいてくる。近づくとその背の高さが、よくよく理解でき、威圧感も感じた。
数十年前、とは言っていたが、それが嘘のように顔にはシワが見受けられなかった。
「言葉から察すると、やはり君は正義を貫きたいやつらしいな。だがそんな人間も面白い」
片手を男の前で広げた。そこにはちり紙が折りたたんであった。
こいつのことだ、何かしらのヒントに違いない。
「これは? 他人の手はかりないと言ったはずだが」
「私は貸したとは思ってはいない、君からしたらそう感じたのかもしれないが、少なからず私は違う。だから、これは貸しではない。そうだな……強いて言うのならばプレゼントと言うべきだったな」
彼は真面目な口調でそういった。
贈り物ね、そんな内容になればいいが。
男は彼の手からそれを受け取る。
「それじゃあな」
「何かあればまた来るといい。助言ぐらいは教えてやる」
上から目線だな、と心の中で笑う。
暗闇の中だったが、子供たちが小さく手を振っているように思えた。