11、正義の理由―2
「こんな時間に外出か、エース候補」
背後から声をかけられた。
この声は篠部隊長で間違いない。
「ハハハ、ただの買い物ですよ」
肩をすくめながら、真凪は言った。
「そんな物騒なものとスーツを着て、か?」
篠部にはお見通しだった。
流石は篠部隊長だ、ならこれからすることもお見通し……かな?
「物騒、ですかね? 携帯が義務付けられているから、しているのですが……」
「フッ、ここでそれをいうか。お前にとっては戯言だろう、それは前から知っている。まさかとは思うが――あいつを探しに行くわけではない、よな?」
篠部はかまをかけた。
彼自身同じ目的であったためだった、そして表の顔を守るためだった。
「さて? あいつとは誰のことですか? レンザンですか、愛達さんですか、原二ですか?」
シラを切った。バレるわけにはいかない、バレて迷惑をかけてはいけない。
これは自分の単独行動だ。
「……フン、まあいい。それよりも、もし探しに行くのなら気をつけることだ。敵はお前以外だ」
そう言い放つと、篠部は背を向けた。
やはり知られていたか。だが隊長からは、何かを意識したような感じはしなかった。
真凪は数少ない情報をネットで拾うと、外に出た。
〟敵は自分以外〟。
その篠部隊長の言葉は正しいかもしれない。
携帯端末により情報はすぐさま電子の海に流され広がる、『Earthese』の隊員としれば容赦なく襲ってくる人間もいる。それに、レンザンの言っていたことも気になる。
何らかが闇で動き、彼を狙っているのか?
黒冴知がしたことはプラントの破壊、そのプラントは決まっていた。
リトラクターを呼ぶと言われている子供達を毛嫌いする福味辛吉を社長とする「福味重工」、更には唐澤享の「KLC輸出会社」。この二つの代表的プラント及び彼らの貿易を潰した。
そのため今現在、他のプラント・工場を躍起になりどうにかしてでも守ろうと『Earthese』の隊員や傭兵団を呼びつけ警備に当たらせている。
そういえばあれは関係あるのかと、ネットで見かけた情報を思い出す。
これも彼の仕業だ、と拡散されていた。それは対リトラクター兵器を製造する工場だった。これも近頃炎上したらしく、書いた本人は理由もなしに結びつけている。
「これは間違っている」
と言いたかった。だがそれでは火に油を注ぐようなもの、自らでネタバラシをし、逆に世間に『Earthese』は――と言われてしまうことになる。それは避けたい。
これをやったのが黒冴知ではないとなると一体誰だ?
一般の人間による反政府組織か。彼らがやることはリトラクターに加担するようなもの、首を絞めている。そんなバカな真似をするのか……?
真凪はいつの間にか、大通りに出ていた。
ここではバレやすい、と路地に入ることにした。
誰もいないことを確認し、変身しようとした。
「ちょっと……! 何ですか、あなた方は――ッ!」
別の路地からそう聞こえた。女性の声だ。
――襲われている?
真凪はその場に急行した。
その場には、一人の女性を取り囲み三人の男が逃がさないようにしていた。
明らかな力の暴力だ。
「君とは何の接点もないよ、何の関係もない友達でもない」
リーダーのような人物がそういう。髭は手入れしていないのか荒く、髪は短髪だ。
「なら、そこをどいてくださいッ!」
「だけど君に魅力を感じた。だから、これから君を連れて行くね」
「どこへ、ですか……?」
恐れる感情を知りながらも、声をどうにか出した。
「そうだね、君の家とか?」
「私の?」
「おっとすまない! 君じゃない。君の後ろにいる友達の家さ」
そこには誰もいない。
幻覚作用? と彼女は思ったがそれは違った。
「そう、確かその家は死なないといけないらしいが。まあそこは、僕らだ。丁寧にしてあげるよ」
明らかにまずい雰囲気だ、見ている場合じゃなかった!
武器――カッターナイフをそれぞれ取り出した。
彼女はもう無理だ、としゃがみこみ頭を覆っている。
「おい! そこまでだッ!」
真凪はアームを手に持つと、変形させた。すぐさまそれは武器に変わった。
それでも彼らは身じろこうともしない。
「あぁッ! なんだオマエは? ここは俺たちの場所だ! わかれば早く立ち去れ、命が欲しければな!」
恐怖を知らない、いや一定的に興奮状態になっているのか。
「どくのはお前らだ! 女性を数の暴力で襲い、挙句の果てに殺す、だと? 人間失格だ!」
「へッ、なめた口利いちゃって……お兄さん。死にますよ? 生憎、自分の中に男性を解体する趣味はないンですよ。だから……」
「立ち去れ、と。やはりこれが見えていないようだな。なら――」
サッとスライディングのように脚を滑らせ、彼らの懐に近づいた。
「へぇー、やりますね……!」
一番近かったリーダー格の男がカッターナイフを横に振るう。
それを上半身を反らして避けた、だがもう一つが左から来ていた。
体をどうこうして避けられる距離ではない。
――避けられるか!?
方法は一つだった。尻餅を付くように、地面に落ちた。
空振りする。
それを追撃するように、もう一人が真凪に刺し込もうとしていた。
真凪は足を使い、持ち手を跳ね飛ばした。思わず、その手からナイフが離れた。
まだ来るか、と真凪は身構えた。
しかし、どちらも持ったままだが攻撃してくる気配はない。
おそるおそる立ち上がると、ズボンの尻の部分を手で払った。
「たまげましたよ、お兄さん。できるじゃないですか! 久々にこちらも楽しめそうですわ……」
「どうです? サシで勝負、というのは。一対一、私とあなたで。もちろん、仲間には手出しさせません、もししたのなら私が責任を持って殺します、そして命が掛け金です。あなたが勝ったらこの女性を解放しましょう。その代わり私が勝てば――」
「私も死に彼女も死ぬ」
「物分りが良くて助かりますわ。あー、言っておきますが、そのドでかい武器はNGですわ。命を懸ける分対等でなければいけませんので、このナイフで」
カッターナイフを見せる。
刃は約五センチ。いつものようにリーチが長いわけではない。そこが注意だ。
「了解しました、受けましょう」
「その言葉、久々ですわ……。血がたぎる、何とも心地いいンだ……!」
もはや彼に薬の効果は切れていると思えた、だがそれ以上の興奮が彼を襲っている。
そうやすやすと、倒せる相手ではないのは間違いない。
「あ、兄貴……。仮に……あ、あなたが死んだら、私たちはどうすれば……!」
すがるように部下の男の一人がいった。
「何くよくよしてんだ。相手の前でみすぼらしい姿を見せるンじゃねえよッ!」
その背中に活を入れるように、大きな手のひらで叩いた。
「す、すんません! こんな意気地なしでッ! 頼りがいのない部下でッ!」
「フッ、全く頼りがいのないクズな部下だ! だから俺が率いてやらんとな」
「俺が負けたら、お兄さんの言うことをちゃんと聞くンだ。死ねと言われたら死ね。生きろと言われたら生きろ。それが俺の願いだ」
後ろを向き、そう言い終わると真凪の方を向き直った。
隊長がいて部下がいる、その状況はさながら自分の部隊・『第09機動・殲滅小隊』と変わらないと真凪は感じた。考えたことによって、ためらいも生まれてしまった。
やることになったのだから、やるしかない。他人の命がかかっている。だが、自分は同じ人間を殺せるのか? 仮面を付けた人型なら何十体と屠ってきた。もしかしたら、あいつらも人間で、俺はそれを何人、何十人と殺してきたのでは?
真凪は自分を追い込んでいく。知らぬうちに、出口が見当たらなかった。
「そうだお兄さん、せっかくだ。場所を移動するとしよう」
そう言うと真凪の前を歩き始めた。真凪はその後を歩きながらも己の考えを改めていた。
こうなってはもうリトラクターすら倒せないのでは? そうなっては、人間が死ぬ。だが今の状況でこの人間を殺さなければ、彼女は救えない。
――どうする? どうする? やはり殺すか、いっそのこと逃げるか?
頭の中を途方なく駆け巡っている。頭がおかしくなりそうだ。これを止める方法は自分にあるのかすら思い始めてきた。