10、正義の理由
「それで……この可愛らしい彼女は誰……なんだ? お前に女性の知り合いなんかいたのか」
真凪は約束通り、桐船と一緒に夜ご飯を食べていた。
場所は街にあるイタリア風レストラン「レギン」という店。
窓に隣席した席をさけ、なるべく奥の席に座った。この頃のこともある。
そのために、今は私服かつ物騒なものを身につけずに来ている。普通といえば普通だが。
レンザンもそうだった、灰色のT―シャツに長いベージュのズボンをはき、肌には目立ったものはない、……のだが。
目線をその右斜め下に下ろす。そこにもう一人、人間がいる。女性で明らかに外国人だ、しれっと一緒にいて、一緒に入ってきた。
レンザンはそのことを一切しゃべらない。喋りたくないのか、本人が知らないうちに付いて来ているのか。
気になった真凪は注文すると、一番に口をあけた。
「うん? 彼女?」
「ほら、お前の右にいる彼女」
レンザンが目線をむける。彼女は応えるように、微笑んだ。
「ああ、彼女かい。あー……なんと言ったほうがいいだろうか。知り合い? 友達? 同級生? メル友? ン~……どれも違うな……」
と彼女が見かねたなのか
「従妹ですよ!」
真凪は頬杖を付きながら何が出るかと伺っていたがそれを聞くと、頬杖を倒しそうになり思わず机にぶつかるところだった。
――あいつの従妹? 百八十度、いや三百六十度回転させようがそうはならない。あいつは生粋の日本人のはずだ。本人の口からそういっていた……待てよ。確か、別の血が云々と言っていたような。
再び二人を見比べた。どう合わせたらなるんだ、と自分以外も思うはずだ。
そうだ、これは嘘! 冗談だ、俺を騙すための。
「そうだ真凪。彼女は俺の従妹だ」
「いやいや! どう見ても違うだろ! お前、俺にドッキリを仕掛けようとこんなことをしているンだろう、もうわかっているぞ」
「なら証明しよう」
突然の提案に驚いた。どこまで行くつもりなんだ、ネタはバレているだろう。
「何をだ。従妹ならではの、意思疎通でも出来るのか? ……まあ、できっこないと思うが」
「ならそれをしよう」
「ほ、本当にか?! ネタはもうわかっているって」
桐船は言葉を無視した。
「今から俺がここに書くことを、彼女に当ててもらう。それでいいだろう」
「ああ……別にいいが。それってもはや、マジックじゃあ……」
桐船は適当に鞄からメモ帳を取り出し、一枚を切り取った。その一枚の真ん中にボールペンで文字を書いた。書き終わると、それを真凪にみせた。
なんて書いたンだー、あいつは。レンザンのことだ、どのみち肉を食いたいとかだろ。
目を向けた。思わず、目を丸くした。
『大好きだ』
その一言が書いてあった。顔を近づけ、彼女に聞かれないように尋ねた。
「これはどういうことだ! 俺はこういうのはダメだ! 異性からならいいが、同性は……!」
「わかっている、だからこれを選んだンだ」
「どういうことだ?」
「まずこのことを言うのは女性に取って辛いはずだ、異性に“大好きです”と言うのは。例え読み取れても、ためらうはずだ……!」
「じゃあ……失敗するじゃないか。それでいいのか? お前はあいつとは従妹じゃないのか」
「ああ、そうとも。そのことはこれから証明する」
レンザンは彼女の方に体を反らした。
「さあ、やってみせてくれ」
そう言うと、「了解しました!」と可愛らしく返事をした。
やはり仲がいい、あの返事ぶりといい。やっぱりそういう仲なのだろう。本当は俺の前だからと、照れている、可能性はある。
彼女はじっと目をつむり、微動だにしない。
演技のように思えたとき、彼女はパッと目を見開いた。
「〟大好きです〟! と書きましたね!」
まるで本当に好きですと告白するように再現しながら言ってくれた。サービス精神が旺盛な子だ。
それにしても、合っていた……! やはり従妹、ってもはやそれを逸脱している気がするが。ともかく証明は終了した。これで彼女はレンザンの……。
「いや違うな。正確には”大好きだ“ッだ!」
今度はレンザンも再現しながらいった。一体誰に言っているんだ……。
そこを言うのか。そこまでして否定したいのか! 厳しすぎるぞ! 彼女は頑張ったほうだろ。
「え! そうなのですか!」
そりゃあそうだろうな、驚きも頷ける。意味が合っていれば俺はいいと思う。
「そうだ! だからお前は俺の従妹じゃない、いいな」
「……はい、仕方ないことです」
ションボリとしたように、体を落ち込ませる。
「おい、流石にやりすぎだろ。謝ったらどうだ」
追加の注文をすると、レンザンはこちらを向いた。
「実はな……」
最初から話せばいいことをここで、種明かしをした。
ここまでは事前に決めておいたことらしい、何でもスムーズに会話を進めるため……っておかしいだろ! これでスムーズになるか!
「はぁあ……お前ってやつは。これで話が円滑になると思っていたとはな」
「そりゃあそうだろ。重大な話をするんだ、多少は心を許していなきゃアレだろう」
「そう……なのか?」
真凪は隣の彼女に尋ねた。
「桐船さんの言う通りです! この話は重大であり、今後に大きく響きます!」
この二人のテンションに付いていけそうにないな、と真凪は感じた。
「とは言っても、今週中に聞ける話だが。その先走りと思って聞いてくれ」
先走りか。どこからその情報を入れてきたのやら。
桐船はドリンクを一口飲み込む。
口を潤すと、その口を開けた。
「まず、そうだな。今日のあの事件、覚えているだろ」
「お前にいつの間にか血が付いていた、アレだろ。よく覚えているし、そのことで何度も質問されたわ」
呆れながらもそういった。
「その犯人が彼女だ。彼女は遺伝子配合で生まれ、特別な人間となって生まれたんだ」
「……だからといって、姿が消せることはない……」
ふと彼女をみた。口裏に合わせたように既に姿を消していた。
「とは言っても最大八秒が限界らしい、それも条件付きでだ」
レンザンは指を天井に向けた。そこには辺りを照らしている蛍光灯があった。
「日が差す場所じゃないと出来ない、と?」
「そうだ。だから彼女はあの場で姿を消した」
「なら、なぜ血が付いた。怪我をしていたンだろ」
「あー……それは彼女から聞いてくれ」
「その彼女が姿を現さない限りわからないンだが」
「もういるじゃないか」
顎で示している先は自分の隣だ。自分の側はソファになっている、反対側は椅子だ。四人席に座っていたため、右側が空いていた。
そこにいつの間にか、彼女が座っていた。身じろきそうになったが、それを止めた。絶対に、それは愛達という女性のせいだ。
「じゃあ話しますね!」
と人差し指を立てながら説明を始める、とは言ってもすぐに終わった。
「あの血――血痕は私の仲間のものです」
「担いででもいたのか?」
「いえ、違いますよ。裏切ったからやったンです。誤作動を起こしやすいンですよ、それゆえに私が武器をもち、その体に突き立てた。偶然にも通る道が混んでいたもので、その血痕が当たってしまったわけです」
ふむふむ、とレンザンは知っているのにも関わらず初めてのように腕を組み頷けていた。
つまりは通る道に自分たち・レンザンと俺がいたせいでぶつかってしまったわけだ。
彼女をみるに、その”透明化”には全身が対応しているらしい。装備も、か。
最新鋭――米国(本部)か。
「後からそのことに気づき、知られる前に抹消しようと試みたンですが……」
身構えた、今日のこともあり瞬発力は増していた。しかし武器もスーツもないため、負けるだろう。彼女も武器は付けていないが、こちらとあちらでは話が別なのかもしれない。
警戒が必要だ。
「そう身構えないで下さい! そんな気はもうありませんから!」
「そ、そうなのか」
レンザンをみた。丁度、目が合う。
「最初は俺も警戒したさ、なんてたって知らない女性が俺の部屋の前で待っていたンだからな。だが同時に、そいつが資料の奴だってわかった」
「私は改めました。そして彼が、抹消すべきではない存在だとわかりました。桐船レンザン、その顔を見て分かりました。私にとって尊敬すべき存在だと分かりました。あなたが――! ってなんでパンを口に突っ込むンですか!」
運ばれてきたフランスパンを強引に彼女の口にレンザンは入れた。
彼女は言わずもがなもがいている。だが楽しそうだ。
「言われたくないからだ、単純だろ」
「そ、そうですが……言われたくないことなのですか?」
「今日は一緒に過ごすとしよう。それでいいよ、な?」
威圧的に桐船はそういった。それを彼女なら感じ取っていてもおかしくはなかったが、目を輝かせ「是非ッ!」といった。そういったわけではないだろう。
「それで、レンザン。どうしてお前たちは仲が良いんだ? まだ会って数時間じゃないのか」
「簡単だ。知り合いだからだ、詳しくはいえないが強いて言うなら先輩といったところだ」
「お前が先輩ねー、そしてその子が後輩か……。異色だな」
料理が運ばれてきた。ピザとスパッゲティー、人数分と少し多めに注文してある。
食べながら話を続けた。
「それで君たちは、今週から配属になるンだろ」
「正式にはそうですね。晴れてあなた方と共闘ができるわけです!」
あたかもその前から戦っていた口ぶりだ。
さっきのこともある、精鋭部隊と考えておかしくない。
「真凪、言っておくがこいつらに背後を取らせるな。取らせたら命はないからな」
「わ、私はそんなことしませんて!」
「お前を疑っているわけではない、お前の仲間だ!」
「あー、それを言われるとなくもないですね。ですが、先輩の友人はこの身を差し出しても守ります! ですからご安心を」
「だ、そうだ。こいつは良い奴じゃないが、決めたことは絶対に守るやつだ。だから安心してくれ」
「お前が言うなら信じよう」
真凪はあまり音を立てずにスープを飲み込んだ。
「知っていますか! ある噂!」
彼女が一通り自分が頼んだものを食べ終わるとそういった。
「どうせ俺たちの噂だろ。この上半期でベスト一位になる勢いだしな」
「いえ、それよりも凄いんです!」
「暴動よりもか?」
「それよりも、です! 話を進める前に、黒冴知(、、、)、という方は知っていますか? 何でも腕が立つお方らしいですが」
その名前に二人は反応した。黒冴知は隊員たちの中ではよく知られている、その腕前、そしてその失踪。その名前が挙がったことに二人は驚いた。
「知っているよ。黒冴知は同期だからね」
「同期なんですかー、それって先輩も?」
「そうだ、年齢はバラバラだ、当然だろ。お前だって、まだ十代じゃないか」
「まぁあ、そうですけどね……」
照れるように彼女は自分の髪を触る。
十代か、それで隊員となれば天才に近い。ほとんど入隊者の年齢は若くても二十歳は超えている。理由はそのための学校に言っているからである。知識を積まなくては、ひとえに能力があろうが落とされる。彼女にはそれがある、ということだ。
「その黒冴知がどうしたんだ? しでかして、捕まりでもしたか?」
「まだそこまでは行っていませんが、破壊活動をしているらしいです」
「あいつが破壊活動をかッ?!」
「レンザン。噂だ、噂。嘘かもしれない」
なだめるように真凪はそういった。
声に出してはいないが驚いたのは真凪も同じだった。任務に忠実、自分の正義を貫くやつだ。そんなあいつが、無意味な破壊活動をするとは思えない。
数年間共に背中を預けてきた仲間として、真凪はそう判断した。
「破壊活動と言っても、どういったものなんだ?」
「聞く話だと、同一の工場らしいですね」
「なるほどな」
真凪は席を立つと、机にお代を置いた。
「帰るのか?」
桐船は尋ねた。
「ああ、眠くなった。だから一足先に失礼するよ」
レンザンは忠告のように
「あまり夜はふらつくな。こいつらに襲われる可能性もある」
と彼女をみながらいった。
「私は約束したからには襲いませんよ! ですがお気を付けを。私の知らぬ間に動いているかもしれないので」
「了解。まあぁ今日は外に出ることはないから」
安心させるように言うと、真凪は外に出た。
やることは決まっていた。
黒冴知の無実さを証明する、それだけだった。
そのために嘘を付いて出た、だがレンザンには悟られたらしい。嘘をつくのは辛かった。
ひとまず丸腰では何もできないと基地へと踵を返した。