1話、竜嫌いな王女と逃避行
竜と共に生き、竜に守護される国ドラガルド。
その国の末の王女として生まれたのがアーシャだ。
幼い時に竜が起こした事件によりドラゴン嫌いとなり、その後とある竜にいくつかの試練を与えクリアする度に好感度が上がり、ついにはドラゴン嫌いを克服するのである。
リョーマがこの国に来てからの違和感、それはアーシャだった。
彼女の態度の変化が露骨過ぎたためである。
人の姿の時はやたらベタベタしてくるのに、竜になっていると素っ気ない態度になる、つまりツンデ……ではなく、ドラゴン嫌いを克服していないのである。
これはリョーマの推測でしかないのだが、恐らくリョーマがこちらにやってくる原因となった要素が好感度システムだった為、好感度は最高なのだがドラゴン嫌いは治っていないためこのような事になっているのだと思う。
「でさ、バーラルの花が欲しいとか思ったりしないの?」
「何故です? それとその質問は今日でもう十回目ですよ?」
そう、こんなやり取りをリョーマはかれこれ十回はやっていた。
何故かといえば、それがゲーム時のアーシャからの最初のクエストだからだ。
バラール、バラに似たというよりもバラそのものと言っていい花だ、ただし根から茎はドラゴンである。
棘鱗と呼ばれる鋭い棘が全身にびっしりと付いていて、翼は鳥の翼の様になっていて羽の代わりに葉っぱが付いている。
強さとしてはそこそこだがユニークドラゴンと呼ばれる希少種で、ヴァルキュの花園というところにしか生息していない。
「バラールの住む場所はここから遠く、火竜の飛翔でも往復三日は掛かります、そんな三日も私を放置なさるおつもりですか?」
「いや、そういわけじゃないが……」
コンッコンッ。
戸を叩く音に会話を遮られる。
「アーシャ様、国王様がお呼びです」
メイドが扉も開けずに呼びかける、場合よっては不敬ではあるがここ最近、リョーマがこの部屋に来てからは特例として許されている、それだけリョーマは城中の人間に恐れられていた。
「お父様が? 分かりました、今行きます……リョーマさっきの話は戻ってきてからもう一度しましょう」
アーシャはすぐさま部屋を飛び出していった、人の姿をしていればリョーマは抱きしめたいほど好きなのだが、竜の姿をされていると一緒には居たくないとアーシャは思っている、リョーマはそれを分かっているので何とかして外に出る口実と、アーシャの竜嫌いを治す手立てを考えてバーラルを取りに行こうとしていた。
「最近はアーシャ以外部屋に入ってこないから極力人の姿で居るかな……『破壊と焦熱の覇王竜、赤炎のバルバランド、解除』」
リョーマは人の姿でアーシャの帰りを待つことにした。
一方、その頃アーシャはというと。
(何よ、ドラゴンだからって偉そうに! ……でもあれもリョーマなのよね、なんで一緒だと思えないんだろう私は)
メイドを引き連れ国王の居る玉座に向かっていた、ブツブツを文句を言うアーシャを後ろについて歩くメイドは怪訝そうに見ていた。
気がつけばアーシャは玉座の前に居た、リョーマの事ばかり考えていた為、周囲の事など見えて居らず、メイドが止めなければ、そのまま国王に激突するところだった。
「……ふむ、アーシャよ、また『奴』の事を考えておったのか? 何処の馬の骨かも分からぬ奴はダメだと申したはずだぞ?」
国王は以前リョーマと会っている、というよりも城の中で見かけたという方が正しいのだが、その時国王はアーシャに根掘り葉掘り聞きその少年の事を聞いた。
アーシャも出来るだけ正体をぼかして話したが国王は話せないような相手なら許さないとその場で言ったのだった……それ以来親子仲は最悪である。
「いいえ、お父様……彼は素晴らしい人なのです、ちょっと変わったところもありますが国中……いえ世界中探しても彼以上のお方は居りませんわ!」
アーシャは胸を張り、玉座を睨みながら叫ぶ、いかにリョーマが素晴らしい人間なのかと。
「世界中と言ったな……ならば世界中を旅し、本当に奴以上の者が居ないか確かめてくるがいい!」
「それは、どういうことですか? お父様」
「ふむ、ここ数年、お前には数々の縁談が来ていたのだがお前が乗り気ではないと分かっていたから全て断って居たのだがな、お前がそのような輩にうつつを抜かすようならいっその事それらの縁談を受けようと思うてな、お前にはこれから城を出て世界中の国々を周り、各国の王子と縁談をしてきてもらう」
そう言って国王が手を叩くと近衛兵達が巻物を持ってきて、アーシャに手渡した。
「これは?」
「縁談相手のリストだ、お前には護衛に騎士を四人付ける、それから竜馬車に乗って各国を巡ってこい」
「いきなり、そんな……それに竜馬車だなんて私嫌です! 私がドラゴンが嫌いなのは知っているでしょう?」
「馬鹿者! ドラガルドに住まうものがドラゴン嫌いだなど戯けた事を! ……竜馬車にはお前のバルバランドを繋げ、奴は火竜の飛翔種だが馬車ぐらい引けるであろう」
国王の言葉を聞いてアーシャは考えた。
(もしかしたらこれってチャンスなんじゃ、バルバランドを連れて行けって事はリョーマと一緒に行けるのよね、なら何も悩むことはないじゃない……リョーマだって外に行きたがってたし丁度いいわね)
「分かりました、そこまで仰るなら行ってまいります……ですが、世界中を巡っても彼以上のお方が居なければ私は彼と一緒になりますからね!」
そう言ってアーシャは一礼した後自分の部屋へと帰っていった。
「馬鹿め、縁談を持ちかけてきた王子たちは自国にお前が行くと知れば是が非でも引きとめようとするはずだ、この国に容易く帰ってこられるものか」
父親としては最低な事を言う国王だが、親子の仲はそれほどにまで酷い状態なのだ……そう国王は他国にアーシャを売ったのである、引き止めることができるならば好きにして良いと、縁談を持ちかけてきた十八カ国に通達済みだ。
「だが、もしもということもある、駄目押しだが、アーシャが懸想している相手を探し出し、殺せ。どうせ身の程知らずの平民だ、確か名前は『リョーマ』とか言っておったわ」
国王は部下に命令し『リョーマ』暗殺を企てる、しかし後の報告によれば『リョーマ』などという人間はこの国に居ないと国王は知る事になる。
「そういう訳だから旅に出るわよリョーマ!」
部屋に入ると人間を超えるんじゃないかという速さで扉を閉め鍵をかけ、ベッドに寝転ぶ人の姿のリョーマ飛びつくと、猫なで声で甘えながら国王に告げられた内容と巻物を見せたのである。
「うわ、めんどくせぇ……俺が竜になって馬車引くの? ナニソレ」
リョーマはそうそうにアーシャを引き剥がすことを諦めている、最近竜の姿ばかりで素っ気ない態度ばかりしていたので罪悪感があったためだ。
そうでなくても今は王族で王女様な人がやってはいけない、はしたない格好でがっちりとホールドされている、とても抜け出せそうにない。
(まあ、悪い気はしないんだよな、よく見れば可愛いし胸も大きいゲーム廃人としては一生縁のなかったもんだし別にいいか)
リョーマはアーシャの豊満ボディを堪能することにした。
「めんどくさいって……最近ずっと外に行こうって言ってたのリョーマじゃない」
「そりゃまあ、そうだけど意味合いが違うんだよな……」
「どう違うの?」
「お前、ドラゴン嫌いじゃん? だから竜の姿の時は極力傍に居ないようにしようかなって思ったんだけど、よく考えたら最近はこの部屋に入ってくる乗ってお前だけじゃん、だから人の姿でもいいかなって思って今はこの姿なんだ」
「それって……私の為に? 嬉しい! リョーマがそこまで考えてくれてただなんて!」
「で、どうするよ? お見合いに行くのやっぱ辞めるか?」
リョーマはただただ、各国を自分が馬車を引いて歩くのがだるいと思うから行くことを反対しているのだが、アーシャはそうは考えなかった。
「ダメよ、なら尚更この旅には出なきゃダメ……各国に回ってリョーマ以外に素晴らしい人なんて居ないって証明しなきゃいけないんだもの!」
アーシャはもはや、リョーマとのラブラブデート旅行の事で頭がいっぱいだった、今更辞めるつもりはない。
「拒否権は無しか……でもいいのか? その旅って結局俺ずっと竜の姿のままじゃなきゃ駄目なんだろう? 護衛の騎士も居るんだしさ」
リョーマは嬉しそうなアーシャの姿に引き止めるのを諦め、旅に出る場合の問題点を指摘した。
アーシャはその一言で絶望のどん底に叩き落とされた。
「そうだったわ……どうしよう」
明くる日、城から一台の竜馬車が出立した、赤き竜に引かれながら周りには翼を持たない走ることに特化した竜に乗った騎士が四人で護衛に当たっている。
赤き竜は国内までは大人しく歩いていたのだが、関所を抜け国外に出た途端に物凄い速さで走り出し、騎士達を振り払うかのように飛び立ったのだ。
馬車は吊られる様に空中に投げ出される、それを見た誰もが馬車が地面に叩きつけられるのは避けられないと思った。
だが赤き竜は空中で一回転をし、馬車を背中で受け止めるとそのまま空高くへと舞い上がっていった。
呆然とする騎士達。
「お、おい! 今すぐ国王陛下に知らせるんだ! アーシャ王女があの我が儘ドラゴンに攫われたとな!」
ちなみにこの騎士達は無能として早々に処分された。
「おーい大丈夫なのか?」
リョーマは自分の背に乗せた馬車に問いかける。
「なんとか、というかもうちょっと優しくできなかったかしら?」
竜の姿に対しては相変わらずデレないアーシャ。
「無茶言うなよ……全く、ところでそろそろ降りないか? いい加減疲れたんだが」
「そうね、そうしましょう」
リョーマはゆっくりと高度を下げ、近くにあった湖のほとりに着陸した。
「あー疲れた」
リョーマは出来るだけゆっくり自分の背中から馬車を降ろすと人の姿に戻った。
「リョーマッ!」
もちろんアーシャはすぐさま飛びついた、閉じられた空間で空を舞い揺れたりするもので物凄く不安を煽られていた為押し込められていた感情が一気に爆発した結果だ。
「あーはいはい、お前の愛しいリョーマ様だよ」
リョーマは投げやりに野原の上に寝転んだ、アーシャに構っていられるほど体力が残っていなかったのだ。日頃城の中で動かず食べるか寝るかのどちらかしかなかったのだ。
太りはしなかったが流石に体力は落ちていた。
「ちっとばかし運動しとけば良かった、体力つけないとこの先厳しいし」
「運動? その前に食事にしましょう、城のコックにお弁当を作ってもらったの」
そう言ってアーシャはバスケットを取り出した。
「どっから出したんだよそれ……」
謎である。
「それで、これからどうするんだ? 護衛を振り切ったのにわざわざ世界中を巡って縁談相手をフッて回るのか?」
手渡されたC・B・Pサンドを頬張りながら今後の予定を確認するリョーマはもっと野菜が欲しいと思っていた。
「うん、私達のラブラブっぷりをアピールして各国の王子を諦めさせないとね! お父様に認めてもらえないの!」
食べてるリョーマを見ているだけでお腹いっぱいになりそうなアーシャはT・L・Pサンドを食べていた、少しぐらいお肉が入っててもいいんじゃないかと思いながら。
「別に認めさせないでもいいだろうが……まあいい、それで最初はどこに行くんだ?」
「ここから近いのは花の都パリューゲンね」
「パリューゲンか、じゃあヴァルキュの花園を突っ切って行ったほうが早いな」
「突っ切るの? 空から行くんじゃなくて?」
「ああ、バラール狩りたいし、何よりもだ、飛ぶのは疲れるんだよ」
「でもバルバランドは飛翔種、地を走るのには向いてないわ」
「なら地走種になればいいんだろ」
リョーマをそう言って立ち上がった、不思議そうにそれを見るアーシャ。
「さて、どいつにしようかな――――決めた『疾風と稲妻の白馬竜、風雷のスレイプニル、顕現』」
風と雷に包まれてリョーマはその姿を変える、首はキリン、いやそれ以上に長く、体や足は象のように太い、しかし象ではない。足は八つあり胴も長い。
恐竜で言うところのセイスモサウルスという奴だ。
「これなら馬車を引いても問題ないだろう」
「リョーマ……貴方一体?」
アーシャはリョーマがバルバランドにしかなれないとばかり思っていたので違う竜になったリョーマを見て驚きを隠せないでいる。
「この程度で驚いてたらこの先、身が持たないぞ?」
リョーマは魔法で自分と馬車を繋いだ、アーシャが馬車に乗り込むと、パリューゲンに向かって走り出した。