プロローグ ドラゴンになったよ、火竜だってさ
「ご所望の豚の腸詰でございます」
太った料理人風の男が大皿に大量の豚の腸詰を乗せて、恭しく頭を垂れながら皿を床に置く。
「うむ、ご苦労であった。下がって良いぞ」
部屋に響き渡るような酷く低い声が料理人を労う。
「ははっ」
料理人は一礼した後逃げるようにその部屋を飛び出して行った。
「全く、戸ぐらいキチンと閉めてくれればいいんだけど……アーシャ、悪いが扉を閉めてくれないか?」
低い声の主は先ほどとは打って変わって気軽な口調で、部屋の中に居るもう一人の人間に声を掛ける。
アーシャと呼ばれた女性はこの部屋の主にしてこの国の王女様だ、決して小間使いのような事を頼まれる立場ではない。
「ご自分でお閉めになったらどうですか? 全く、私は貴方のメイドではないのですよ、リョーマ」
アーシャは、全く困った人ですね、などと言いながらも満更ではない様子で扉を閉めて、鍵をかける。
「あーはいはい、全くこちとら竜の姿してないとダメって制約がなきゃいつだって閉めてやるけどよ、この姿で扉に触れれば粉々にする自信はある」
部屋のほとんどのスペースを埋め尽くす、職人曰く『百人寝そべっても大丈夫!』なベッドに体を横たえる巨躯の火竜が悪態をつきながら、先ほどの腸詰を自分の炎で炙っている。
「全く、鍵はかけたのですから人の姿になって食べたら如何ですか?」
「ん、ああそうしたいのもやまやまなんだが、生憎と食器がないんでな、行儀が悪いがちっと我慢してくれ」
火竜はそう言いながら、大皿に首を伸ばし、腸詰を甘噛みするとそのまま宙に放り投げる、天井擦れ擦れまで上がった腸詰を火竜は下で口を開き、そのままキャッチする。
それから数十回咀嚼をする、皮を裂き溢れ出る肉汁に舌鼓をうつ火竜はそのまま仰向けにベッドに倒れこみ、一息つく。
「ふぅ……流石は王宮一のコックだ、作ったこともないだろうによくもあの説明でここまでやれたもんだな」
火竜は回想する、最初コックにソーセージについて説明した日のことを。
この国、というかこの世界の人間には生物の内蔵を食すという思考が全くなかったその者たちの中の一際料理についてはうるさいあのコックは話をした当初は大変嫌がった。
何しろ動物の内蔵など彼にとっては生ゴミでしかないし、そんなゲテモノを喰らうドラゴンの気がしれなかった。
しかしドラゴンのあまりの脅迫と食欲に負け、一週間の試行錯誤の結果、彼はついにたどり着いた、禁断の食へと。
この回想はある種ドラゴンによる美化がなされているが、実際にコックはそれをやり遂げた後いい笑顔を浮かべたまま、現在は床に伏せている……料理を持ってきたのは弟子だった。
「本当に行儀が悪いですね、食べてすぐに寝ると、タウロスになっちゃいますよ」
「全く、じゃあどうしろってんだよ、この姿じゃ、部屋が狭すぎて寝る以外にやれる事がないんだよ」
「じゃあ、人間の姿になればいいじゃないですか! 先程も言いましたが鍵はかけましたし、朝まで誰も来ませんよ」
「ああ、はいはい、分かりましたよっと『破壊と焦熱の覇王竜、赤炎のバルバランド、解除』」
呪文を唱えると竜の姿が解けて、ベッドの上に一人の少年が現れる、十七歳前後の見た目の黒髪黒目の少年だ。
「リョーマっ!」
百人も寝れると言われる常識を超えたベッドに横たわるリョーマ目掛けてアーシャは常識はずれの身体能力からなる物凄い跳躍でダイブしていく。
「ぐへっ! ……だから人間に戻るのは嫌なんだよ、つーかくっつくな! 暑苦しい!」
アーシャはぐいぐいとまるで獲物に食らいつく虎のようにリョーマに抱きつくが、彼も手馴れた感じでそれを自分から引き剥がす。
「あーもう、なんでよー私達将来を誓い合った中じゃない!」
「意味合いが違うだろ!? 俺とお前の間に交わされたのは竜と人の契約だ、人の姿になってまでそれに従う必要はないだろう?」
「いいえあるわ! だってリョーマは私の王子様だもの!」
夢見がちな王女様に呆れ額に手を当て項垂れるリョーマ、どうしてこうなったんのかと振り返ることにした。
龍原龍真は蛇口町に住む至って普通の高校生だ。
リョーマの住む蛇口町には龍にまつわる伝説や言い伝えが数多く残されている、そんな町で育ったリョーマは健全なドラゴンマニアだ。
ドラゴンと名のつく漫画やアニメ、ゲームから玩具まで様々なものを収集している。
そんな彼の最近のマイブームは『龍・竜』という名のオンラインゲームだ。これはドラゴンになって冒険しようというキャッチコピーで人気はそこそこあったゲームでリョーマはこのゲームでは名の知れたトッププレイヤーだった。
『廃神竜』とまで言われたドラゴン狂い、それがリョーマだった、彼はこの時が人生で一番幸せな時だったと思っている。
しかしそれも長くは続かなかったのである、度重なるアップデートによる修復不可能なバグの数々、ゲームパッド非対応でキーボードのみの操作性、様々な要因でこのゲームの利用者数は激減、ついには二年でサ
ービスが打ち切られる事が決定したほどだ。
リョーマは打ちひしがれた、彼はこの時が人生で一番どん底であったと思っている。
しかしそんなリョーマを神様は見捨ててはいなかった。
サービス終了間際に運営が利用者に対してせめてモノお侘びとして急遽実装したものがある、後の世でそれは『変態ドラゴン』と呼ばれるものである。
このゲームは中々凝ったゲームでキャラクターメイキングで行えるのは、名前、属性と見た目は鱗一枚、牙の一本に至るまで全て自作できる。
リョーマはそこで惜しみない才能と趣味と今まで集めた全ての知識を結集して多くのドラゴンを作り上げてきた。
赤炎竜バルバランド、青風竜シュトロハイン、紫電竜クリムガンナーなどなど、以下略。
とりあえずそれぞれの竜は個別の個体として存在するのだが、サービス終了間際に実装された『変態ドラゴン』というのは、人間だった。
人間から呪文を唱える事によって自作した各種ドラゴンに変身することが出来るのだ、その上ドラゴン達は属性によってそれぞれ違う竜魔法を扱うのだが、この『変態ドラゴン』ならばそれら全てを使うことができる、これには絶望の淵にいたリョーマも歓喜した、すぐさま『リョーマ』という名を使って天才とも言えるキャラクターメイキング技術を使い自分と瓜二つの分身を作り出すと今まで作り上げたドラゴン達のデータとリンクさせて最強の『変態ドラゴン』を作り上げたのだった。
そして『変態ドラゴン』と共に追加された要素がある、それは好感度システムというもので、NPCからクエストを受けクリアすることによって好感度を上げ、そのNPCと仲良くなることができるシステムだ。
当初リョーマはこれに関心は全くなかった、だがそのアップデートで追加されたNPCの中にリョーマにとって許せない設定のキャラが居たのだ、それがアーシャだった。
竜を称え敬う国の王女でありながら、大のドラゴン嫌いという設定で、『変態ドラゴン』の人の姿でなければ会うことも出来ないというキャラだった。
リョーマはアーシャの元に通い詰めた、アーシャのドラゴン嫌いを治す為に、ドラゴンの良さを教えるためにだ。
そしてサービス終了まで後数時間となった時に奇跡は起きた。
アーシャがドラゴンの姿のリョーマにデレたのである……これが運営の残した最後のミスにして最大のバグだった。
リョーマはアーシャと竜契約をしたのだ、この国の人間はドラゴンと契約し共に生きるという設定があり、この好感度システムによって最終的に契約することが可能になるのだが、この段階に至るとは運営側考えていなかった為、その先は用意されていなかった――――それが最大のバグであることも知らずに。
リョーマはアーシャと契約した、そしてリョーマは『リョーマ』の肉体に龍原龍真の魂を宿し、この世界に召喚されてしまったのだった。