三話
迷宮の一層目が完成して半月が経った。その間に俺は簡単に幾つかの制度を整えた。
先ずは暦。現代と同じく一年を十二ヶ月、週七日の日曜日を休日とした。
次いで二つ目、警備隊だ。ゴブリンがかなり殖え、彼らを三つの部隊に分けた。一の部隊を一層目の警備と鍛錬を主として、二の部隊を迷宮の拡張を主とすることにした。そして最後の三の部隊だが、これを繁殖部隊として置いた。二週間交替にして、三の部隊になると半分は繁殖に費やし、残りの週は完全休暇という超ホワイト体制だ。
この施策はどちらも成功しており、順調に迷宮が強化拡張されているのだった。
ただ、魔物の種類だけが足りない。
そんなある日のことだ。 二層目も大部分が完成してきていて、ゴブリンを労い歩いていると二匹のゴブリンが通路に立っていた。
どちらも困惑していて俺に全く気づいていない。
「どうしたんだ、其処のゴブリン」
俺の声を聞きようやく気付いたゴブリンは直立して頭を下げた。
「構わん、頭を上げて何があったか言え」
「キキッ!」
いかん、言葉が分からん。
「あ、やはり少し待て。お前ら俺と同じ言葉話せるか?無理なら通じる奴を呼んでくれ」
「…オ、オデスコ、シ…ナラ……」
「ならお前が説明してくれ」
良かった、話せる奴居た。追々識字率をあげないとな。
「オデ、ケイビとトッグンジデだ。したら……ヤリかべ、ブッケタ」
「つまり槍を壊したから隠蔽しようとしたと?壊れるのは仕方がないが隠蔽は許せんな」
「ち、チガッ!」
必死に首を振るゴブリン
「なら何したんだ」
「ヤリ、ブツケる。カベくずれ、タ。コレみつける」
と言い見せてきたものは琥珀みたいなものだった。中には小さな黒い点のようなものが見える。
「ふむ、とりあえず預かろう。君達は任務に戻ってくれ」
「ハッ!」「ぎきっ!!」
多分だがこれは魔物を生み出すモノだろう。中にある黒い点が核みたいだな、それで周りは黄がかった茶色で覆われていて…、まるで琥珀のようだ。……秘密の琥珀だな!
おふざけはともかく、復元には試験管を使えば良いのだろうか?たぶん良いよな、うん。
「ちょっと大きいけど、縁を削れば入るよな。ま、何にせよ強い魔物…、生まれるといいな」
いつもより軽い足取りで部屋へ向かった。
――――
「おおっ……!」
誕生したのは犬みたいな魔物――何処と無く柴犬に似ている気がしないでもない。円らな瞳、口から出ている舌、折れ曲がっている耳、そして――俺よりも遥かに大きなその巨体…。それも二頭もだ。
二頭は立ち上がり、俺の方へと歩いてきた。
「おい止めろ、止まれ、近づくな」
悠然と歩くその姿はさながら、ライオンが近づいて来る感じで恐怖を感じる。
だが、そんな二頭も高めの声を鳴らしながら俺のそばまで寄ってきた。なんだ、随分可愛いところ有るじゃないか、と思うのもつかの間、大きな口を開けた。
「「ぐるるぁぁあああああ!!!」」
叫ぶと同時に一頭は飛びかかり、もう一頭は前足を振ってきた。当たれば俺の命は何も成し遂げずに終了、素人目にも分かる。あ、誰だって分かるかスマン。
「ピキュゥゥウウウ――!!」
弾丸のように跳んできたスライムが俺の体にぶつかってきたお陰で、幸いにも振られた前足はかするだけで済んだ。だがそのせいでスライムは、体を吹き飛ばされ核を食われてしまった。ああ……!もう復活できない。
くっ、すまないスライム。お前の犠牲は無駄にしない、だから逃げさせてもらう。敵前逃亡?俺が死んだら元も子もない。
――――
俺は二層から無事逃げだして一層へやって来た。
「強い魔物でも俺に従わず……あまつさえ刃向かう魔物なんて要らねえよ」
現在二層でゴブリン部隊が戦っているだろう。負けるのは必至、二頭も要るし。
現在どうなっているか状況を知ろうとゴブリンを偵察に行かせたが、言葉がたどたどしく上手く理解できない。そのため必然的に聞き取り易い奴に伝令役が回り、何人もぶっ倒れて行った。頭の処理能力を超えたのか、寝かせれば大丈夫だろう。
「絶対語学能力をあげてやる……」
最重要課題だ。全部のゴブリンは無理だから素質がある奴だけにはなるが。
「ホウコク、するダ。チュウオ、仲間ぜんめつ。ミンナ喰ワレタ」
全滅だと!?練兵の日が浅かったか。もう、どうしたら良いんだよ。
「ツヅケテホウコク。敵、中央ニテ、寝た。ムコ、からオソってコナイ、近づく…イッショ」
「どうしてだ!?」
いや知るわけ無いか。ここで生まれたゴブリンだし。野生の生態には疎い…、アイツらもここで誕生してるじゃん。
「たぶん、満腹マンゾクした?」
……つまり、俺らは餌として襲われ、た?成る程、それなら二層で食い止めていたゴブリンが食われたのも納得がいく。
ならこれからは、あの二頭の腹が減る前に食糧を届けることにしよう。幸いなことに近づいても襲われないみたいだしな。
「よし。お前らは全ゴブリンに通達してくれ。
二の部隊の一部も暫くは子孫を作るのに励め。……そうだな、期間は一月だ!それと二頭には近づかないように」
「「ゴブ!」」
彼等は一礼して走っていった。
それにしてもとんだ災難だ。今回警備の役だった部隊は全滅、その上に他の部隊も多かれ少なかれ被害を被っただろう。これから一月の間はまた振り出しに戻った状態になるんだろうなあ、鬱だ。