一話
気が向いたら書いてるお話
のんびりマッタリ
目を覚ましたら、まず目に飛び込んできたのは土色だった。
そして、顔一杯に広がる冷たさに、口の中に感じるジャリッとした感じ。
そうして気付いた久しぶりの感覚。願いが通じたという喜びの気持ち。
――ああ、懐かしい。
――――
悪魔と出会ってから俺は、お面を被るようになっていた。
そして周りは頑としてお面を取らないという、明らかに異常者がする行動をしているのに、俺を異常者として扱わなかった。何事もないかのように日常が過ぎていた。
そんな周りに俺は心底恐怖した。
――コイツら、イカれてやがる。ってね。
彼らから逃げるように、部屋に籠った。そんな俺に対して親は勿論のことやはり周囲の人間も何も言わなかった。
むしろ肯定されているようであり、ある時に聞いてみたら
『――くんのやることだもの、間違いなんてないわ。
喩え世間から見て間違いでも――くんがしたなら間違いじゃなくなるわ。
だからなんでもしなさい、私たちは最大限支援してあげるから』
なんて返ってきた。
あれ以上アイツらに付き合っていると気が触れる。
もう我慢できないと判断した俺はこうなった原因――時が経つのに壊されず、改修もされることがない廃ビルへ向かった。
やはりソコは、昼も日が差さずに暗いのにも関わらず、しっかりと見ることが出来ていた。 昔と何も変わらない。床に散らばるのは何もブロック片だけじゃない。多岐にわたる学校指定のモノや旧い型の携帯電話から最新のスマホにわたり、消えることの無い染み。そして――
「相変わらずヘラヘラとウゼェ顔してんな、クソ悪魔が」
俺の目の前で名前も知らないお姉さんを拐っていった悪魔。
あれから時が経つのに変わらないのはコイツが未だ居るせいだろう。人を拐うために変えないで残して……。
「チッ。……まあ良い。簡潔に言わせてもらう、俺を拐え」
その瞬間、悪魔は歪に形を歪めた。酷く愉快そうに、酷く哀しそうに、酷く……何かを言いたそうに。
「この歪んだ世界から俺を拐え。何でも肯定されるなんて気味が悪い、気持ちが悪い。 ……なんだ、対価が必要なのか? ならくれてやる、俺の名前をくれてやる! だからそれで――!?」
風が吹き荒れた。悪魔を中心に、いわば台風の目のように……。
風が止むまでにそう時は必要なかった。
「どこへっ!」
悪魔は消えていた。目の前から、元の場所から。
「……くっ!」
望みは叶わなかった。奴は去った。
背を向け帰ろうと一歩を踏み出す。後ろ、影から伸びた腕に気づかずに……。
「ヨウコソ。一同アナタヲ心ヨリ待ッテオリマシタ――」
最後に、そんなアホな言葉が聞こえた。
――だったらあの時に連れてけよ馬鹿がっ……。
俺の目の前は真っ暗になった。
――
ここに至る経緯だが怒涛の数年間だった。
改めて振り返ると俺のキチっぷりがよく分かる。これ以上過去は振り返らないでおこう。自己嫌悪だ。
さて、振り返っている間に見つかったのは愛用していた天狗面、それと『チュートリアル スタート!』と書かれた一枚の紙だった。
お面は当然被るにして、問題はチュートリアルだ。どういう世界かも分からないから迂闊に動けない。
「チュートリアルねえ……」
親切な人が説明に来るのだろうか? 来るのだろう。来るに決まってる。……え、来ないの?
なんと見事な活用か。古来より伝わる四段活用。
「呼ばれてー?」
「飛び出て」
「「ジャジャジャーン!」」
「は?」
いきなり聞こえた元気な声と棒読みな二つの声。振り返ると二人の……妖精? ふわふわ浮かんでいるし妖精だろう、うん。
やだ何この娘たち、恐い。
「あ、時間が無いので先に進むねー?
私達は……えっと、えっとぉ……「指南役」そう! 指南役のモノです!」
「はあ、指南役の……?」
何指南されるんだよ! 飛び方? 浮き方?
「まあ肩書きはどうでも良いです、私の言に従ってれば! はい返事!」
「え、あ、はい!」
なにこの娘、元気良すぎ……!
「うんうん、素直な子はお姉さん大好きだよ。でね、まずは繁殖キットの使い方!
これがアナタの分。何が出来るかは――お・た・の・し・み! キャハッ」
「…………は、ははっ……」
空気が死んだよ。こんなとき修復するにはスルーだよスルー。
「そ、それで一体次は何を?」
「うん! この専用のビンにかき混ぜたのを容れてくれればそれだけで終了だよ!」
渡されたのは実験で使うような器具だった。
最初に渡されたのは試験管……うん、試験管だ。試験管には白い錠剤が二粒あり、錠剤の周りはゲルのようなモノで固まっていた。
そして次のは、これまた普通の空き瓶、栓はコルクでできてる。再利用できるならキープしよう。
「じゃあ暫く置いといてね! じゃあ次に行くね。次なんだけど……」
「ちょっと待ってくれ、質問だ。
これはどれくらい待てば良い?」
馬鹿みたいに掛かるとやってられんでな。
「そうですねー、二時間から半日ほどあれば大抵のものはできあがります。
ただ極稀にですが、一週間かけてできたという記録が残っております」
俺の問いに答えたのは今まで喋らなかった方だ。つねに目が泳いでいた、しせん あわせろ。
「一週間もか……」
通常を半日としたら十四倍の期間だ、余程のものだろう。
「余談ですが、その方は魔王となられました」
なんだと!? もしかしたら俺にも魔王のチャンスが……! フハハッ!
「もう良いですか?」
何あの冷たい目、俺のメンタルがやられちゃうっ!
「ああ」
「では続きをお願いします」
「ハァーイ。……じゃあ次行くよー? まずここは迷宮と呼ばれる所なの。アナタは迷宮の主であり、核となりまーす! 死んだら勿論アウト。ゲームと違ってコンティニューはありません!」
ふむふむ、つまりいつも通り生きているだけか。
そして、迷宮。ダンジョンてことだろうが……。
「質問。迷宮ならもっと広くないとダメだろ? 今居るのは個室だ。どうやって広げるんだ?」
想像するのは日本にいた時プレイしたRPGや携帯小説のことだ。大抵のやつはステータスメニューの欄から設定していたが、俺にはそんな能力は備わっていない。
「おにぃーさん。せっかちさんは私、嫌いだなぁ……。そうだなあ、殺したくなるほど」
つい先ほどまでの明るい声とは打って変わり、とてつもなく鋭く冷たくなっていた。
咄嗟に、いや本能的に謝ろうと思ったが口がパクパクと魚のように開け閉めされるだけで、全く声が音に乗らなかった。
「落ち着いて、相手はここに来たばかり。先走るのも仕方ない、興奮してるみたいだし候」
もうゲームオーバーかよ。とか思っていたら、なんと片割れがフォローしてくれた、のか? 馬鹿にされてる気がする、特に最後の『候』とか。言う必要性ないよな。
「……それもそっかぁ、うんそうだよね。続けるよ?」
「言ったりなー」
彼女は感情の動きが激し過ぎる。さっきまで怒っていたのに、もう楽しそうにしている。理解できん。
「お兄さんは迷宮にとって、とてもとーっても大事な核、それが迷宮の外に出ていったらどうなる? 勿論、迷宮の活動停止。お兄さんはそこで終了。はい、何か質問は?」
「俺が終了って死ぬってことで良いのか? それとも迷宮の主としてか?」
「前者だね。ただ、直ぐには死なないよ」
直ぐには死なない? じゃあどうやって?
「その顔はどうやって死ぬか気になってるね? でも秘密、身を持って死ぬと良いよ」
と笑顔で言うが何も可愛くない。
「じゃあ次に行く、私たちコレでも忙しいから巻かせてもらうわ。
大まかになるけど大陸の概要と状況を教える」
先ほどまでの間延びした喋りとは変わり、ハキハキとし始めた。
ともあれ外の状況を知らないと困ることもあるよな。
「まずこの大陸は大まかに三つの地域と複数の勢力に分かれてるの。一つは西の皇国、ここはガチガチの皇国人至上主義ね。軍事、特に騎兵に優れ平野が一面に広がってるの。
次いで二つ目は反対側の東の帝国、ここは作物の生産が盛んで比較的他種族には肝要よ。とはいってもやはり差別的思考の持ち主は多いわね。
三つ目は南、小国が集まった連合体。ここの土地柄は帝国と同様だけど違う点の一つに宗教が上げられるわ。彼ら、狂信的妄信的よ。
そしてここ、人間からみたら勢力となっていない北。かつて大陸を席巻した魔物が追いやられ、数多くの人間が流刑にされた送られてきた、北の不毛の大地」
有りがちだなー。どうせ皇国と帝国の仲が悪いんだろ、宗教とかで。
「察している通り、その二つは国境に位置する山脈で対峙してるわ。まだ暫くは争うはず、それにここ数年は不作が続いていて内政が不安定だから安心して開発できるわね」
つまり、北に位置するここは不毛の地で何の得にもならないから狙われないのか。
「なあ、何で南は狙われないんだ? 小国なら飲み込まれるだろうに」「ああ、南ね。南は中立、というよりは専守防衛かしら。とにかくそんな感じでいるからよ」
なんか故郷みたいだなあ……。
なんで大国の庇護に入らずやってけるの?
「ま、あそこは複雑な地域だからね、迂闊に触れると危ないのよ。さっき言ったと思うけど信仰ね」
ああ、何となく分かったような、分からないような……。
「……気にしなくて良いわ、どうせそこまで勢力が延びるわけが無いしね。
とりあえず説明終了、緊急の用事ができたの帰らせてもらいます」
嘘だ。つか何、勢力が延びないって俺が直ぐに死ぬと思ってんのか?
「じゃあ帰らせてもらうよ? 魔物も誕生したみたいだしね!」
と、渡されたのは一匹のスライムにさっきの魔物を作るキットだった。
「おー、スライムー。良かったですねー」
スライムがいいとか何なの、『早くリタイアできて』良かった、ってなるの? ザコじゃん。
「言っておきますがー、スライム強いですよ? 魔法や打撃を吸収して良し、鉄や服を溶かして良しとマジ万能、いやマジで」
マジかよ! 本当ならアイツの罪は重い。お前だよ勇者。
戯れにスライムを殴るとゲルの部分が弾け飛んだ。
「――おい」
「ドローーン!!」
ようせい は きえた。
To be continued