泉のワイズマン 1
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— 112、113、114。 —
224段おきに区切りが訪れる螺旋階段を下っていく。板チョコみたいにデコボコとした階段の一枚一枚に、二人分の足跡、一人分の足音を響かせて歩く。
中央の吹き抜けには、何処までも続くトネリコの樹。捻れ、入り組み、たくさんの細い幹がより重なって、一つの大樹のように真ん中を貫く。
上から下へ。
トネリコの樹の周りを、ぐるぐる、ぐるぐると下っていく。
— 115、116、117。 —
ルルンパと別れてから、今までのような平坦な大地は無くなってしまった。224段おきに表れる広場は全てドーナツ型で、トネリコの樹はどこまでも下へ続いている。
今まで灯りらしい灯りというものが無かった周囲にも変化があった。薄ぼんやりと、周囲と、トネリコの樹が輝いている。そのお陰か、前よりも周りはよく見えるようになったし、下の方もずっと見渡せるようになった。
光は下へ進むに連れて少しずつ、恥ずかしがり屋な朝日みたいに、少しずつゆっくりと明るくなっていった。
とはいえ、ルルンパと別れてからというもの、相変わらず誰かがいる気配はなかった。ドーナツ型の大地にも、あるのは大地と同じ色をした草に、岩に、土だった。この辺は最初からあんまり変わっていない。
でも、つまらないとは感じない。
今は最初と違って友達がいるから。
— 151、152、153。 —
イコは目に見えて元気が無くなってしまった。ルルンパのところで怖い思いをしたのだから仕方がないのかもしれないけれど、何となく、それだけじゃないような気もした。心配になって僕が話しかけても「心配ない」「大丈夫」の返事ばかりで、イコはすぐに笑いながら話しをするのだけれど、その話しも長くは続かず、また元気のない顔に戻ってしまう。
何とかしたい。そう思って色々と話しかけても、イコはどこか上の空で、彼があれほど自慢していた尻尾だって、いつまでも元気が無くて、まるで病気の蛇みたいに不規則に揺れていた。髭も、耳も、いつの間にか張りが無くなっていて、ルルンパと別れてから八回目の大地を過ぎた頃には、殆ど話しをしなくなっていた。時々僕が話しかけても、「ああ」とか「うん」とかの返事ばかり。
— 158、159、160。 —
今歩いている階段をあと64回踏み付ければ、次で10回目の大地。最初から数えたら30回目の大地だ。
この階段の一番下には、ワイズマンというのがいるらしい。ルルンパが言うには、ワイズマンは何でも知っているのだという。だとしたら、イコが元気のない原因が分かるかもしれない。それと僕自身の事も。
— 161、162、163。 —
僕は逆子だとルルンパは教えてくれた。たぶん、イコも最初から僕が逆子だという事を知っていたんじゃないかな? なんて、イコと始めてあった時の反応を思い出して、ぼんやりと考えた。
心の中で階段を数えながら、俯きがちなイコの横顔を眺めながら、ぼんやりと。
今まで、僕自身に目的が無かった所為かもしれないけれど、自分が逆子という存在だと知ってから、僕にはもう一つ不思議に思う事があった。それは、どうしてイコは、僕と一緒に下まで付いてきてくれると言ってくれたのか? という事。
もちろん、心細かった僕にとって、イコの存在はとても心強かったし、何より初めて出来た友達がうれしくって、僕にとっては良い事だらけだけど、イコはどうなのだろう? イコは僕と一緒に来て、何か良い事はあるのだろうか。
— 190、191、192。 —
別に何でも良いか、なんて思わない。
僕自身の事だし、それに友達の、イコの事まで気にしないという事が、今の僕は出来ると思わないからだ。
底が見えてきた。真ん中にはトネリコの樹を通す為の空洞ではなく、白い大地が広がっている。大地はあちこちがキラキラと輝いていて、ルルンパのところで見た赤い風船よりもずっと綺麗で、透明な光を放っている。
「イコ! ほら、下が見えてきたよ。下はとても明るくて、まるで昼間のようだ!」
僕の問い掛けに、イコは力無く反応して、手摺から下を覗き込む。「うん、そうだね。あそこが一番下だ」
「キラキラと光っているのは何?」階下に見える無数の輝きに目をしばたかせながらイコに尋ねる。
「僕とルルンパは泉と呼んでいる場所さ。あそこにワイズマンもいる。そして、あそこが僕らにとってのゴールさ」
「そっか。それなら早く行ってみよう! ほら、手を出して? 二人で手を繋いで陽気に行こうよ。せっかくのゴールなんだ!」
記憶の隅っこ、遠い昔の誰かが僕にしてくれたように、僕は友達に手を差し伸べた。イコは遠慮しがちにその小さな手を伸ばし、僕の手を握る
210、212、214、220、222、224。
僕らは泉に辿り着いた。