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トネリコの番人と八枚羽根の蝶 5


 僕とイコを助けたのはルルンパだった。

 イコを止めるのに間に合わなくて一緒に穴に落ちかけた僕の足を、ルルンパは伸ばした紫色の舌で支えてくれたばかりか、そのまま巻き付いた舌で足を引っ張り上げるように、僕の身体を動かした。おかげで僕の身体は、腰からくの字になって穴に潜り込んでいた形から、イコを掴んでいる手だけが穴に食われている形になって、すっかり安全な場所まで引き上げられた。

 続いて僕はイコを引き上げた。僕より身体がずっと小さいイコを引き上げるのにそれほど苦労はなかった。それよりも、身体についた風船の素で八番蝶がまた寄ってくるかもしれないと考えたら、そっちの方がずっと大変だと思った。

 僕とイコは穴から出ると、淵から少しだけ離れた場所で座り込んでしまった。

 イコはまだ震えたままだ。四つんばいになり、俯いたまま、口を開こうとしない。

 八番蝶の殆どは噴水のように飛び散る風船の素に集まっている。僕らに寄ってくる蝶々は少ししかいなかったけれど、僕とイコの周りに集まってくる蝶々を、僕は手を振り回して追い払っていた。擦りむいた膝を地面に付けて、身体のあちこちも痛かった。でも、必死になって追い払った。

「平気かい、あんた達?」ペタペタとした足音を鳴らしてやって来たルルンパは、心配そうに僕らに尋ねた。

 ルルンパは腰のベルトに付いているバッグから灰色の粉を取りだして、その粉を僕らの頭からバサバサと振りかけた。目の前が真っ白になるかと思うほどの量を掛けられて、口に入った粉が気持ち悪くて、思わず吐き出してしまった。

 これは灰だ。それも、臭いがルルンパの吸っていたタバコと同じだから、きっとタバコの灰。

「ペッペッ……何するんだよルルンパ。いきなり酷いじゃないか! それにこれ、ルルンパが吸っていたタバコの灰だろう? そんなのを掛けるなんて!」

「なにを言ってるんだい? あたしは感謝こそされても、文句を言われる筋合いはないよ。そらよく見てみな。八番蝶はもう集まってこないだろう? 八番蝶はタバコの臭いが嫌いなんだ」

「え?」落ち着いて周りを見てみると、さっきまでしつこく寄ってきていた八番蝶が、今はすっかりといなくなっている。

 僕はその事に驚いてルルンパを見上げると、ルルンパは口の端を上げて、フンッと勢いよく息を吐いた。

「まったく、あんなにあたしが気を付けろ言っておいたのに、なんて様だい」

「ごめんなさい……」僕はルルンパに素直に謝った。

「はあ……。まったく、管も破けてしまって、あれじゃあ直すのも一苦労だよ。また壊されちゃ堪ったもんじゃない。そこで震えているヤツを連れて、さっさと下りてくれないかね」

「そうだ! イコ!」

 僕は隣で灰まみれになっているイコに手を伸ばして、降りかかった灰を払い落とす。いつも自慢していた気品溢れる毛並みも、灰にまみれて、まるで納屋の奥にあった埃まみれの毛布のようになっていた。払い落とすたび、バフッ、バフッと、灰が舞い上がる。

 イコは動かなかった。震えはもう止まっていたけれど、助かった時の、四つんばいになって俯いた姿勢のまま。

 何だか心配になってきた僕は、落ち込んでいた時にイコがしてくれたように、下から覗き込むために両手を地面に付けて、同じように四つんばいになる。

「どうして……」イコが掠れた声で呟く。

「なあに? よく聞こえないよ?」

「どうして、あんな事をしたんだい? 下手をしたら君も一緒に落ちていたのに……」

「なんだそんな事。友達なんだ、当然だろう?」

「当然なものか!」イコは吐き捨てるよう大きな声でそう言うと、勢いよく顔を上げた。「当然なんかじゃない! 友達だからって……、一緒に落ちてしまったら、消えてしまったらそれまでなんだ! マナは怖くないのかい!」

「そんなの分からないよ。それに、あの時は頭の中が真っ白だったんだ」

「君はバカだ。友達なんかの為にあんな事をして……」

「なんだよ。それじゃあイコは、僕が危ない目にあっても助けてくれないの?」

 そう僕が尋ねると、イコはまた黙って俯いてしまった。せっかく頑張ったのにバカなんて言われたから、つい意地悪な事を僕が言ってしまったからだ。「しまった!」と心の中で呟いたけれど、既に言ってしまった言葉は元には戻らない。

 ルルンパの真似をして、口の端から勢いよく息を漏らすと、僕はイコが落ち着くまで待とうと決めて座り直した。すると、今にも消え入りそうな声で、小さく、僕の気の所為だったかもしれないけれど、確かにイコの声を聞いたような気がした。

— バカは僕の方だ —

 そう、イコは呟いた気がしたんだ。

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