表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

トネリコの番人と八枚羽根の蝶 3

3


 正面を向いている時には分からなかったけれど、ルルンパの腰にはベルトが巻かれていて、そのベルトの背中側には、細長い棒や太い棒、木槌や小袋など、沢山の道具がついている。

 向かう途中でイコに聞いてみようと見てみたのだけれど、僕が質問をする前に、イコは両手をだらしなく拡げて首を振って見せた。イコにも分からないみたいだった。

 僕らはルルンパと共に管を踏まないように歩いて、工房から10メートルくらい離れた場所の、樹の生えた大穴の淵にある壷の前で立ち止まった。奥にある同じような壷からは赤く光り輝くあの風船が、ポンッという小さな音を立てて飛び出している。穴は真っ暗で下が見えない。

「マナといったか、あんたにはこの樹がどういう風に見える?」ルルンパは穴の真ん中の樹を指さして尋ねた。

「樹?」言われた通り、樹を下から順に見上げていく。「うん。とても大きくて立派な樹だと思う。葉っぱもスラッとしていて綺麗な緑色だし、枝もしなやかで、まるで生きているみたいだ。ルルンパには違って見えるの?」

「いや、あたしも似たような感じさ。でもね、ここへ降りて来るヤツらは、普通そんな感想を述べたりしない。殆どが黙って通りすぎて、そこの階段から下へ降りていくのさ。みな同じ真っ白な顔をしてね」

「みんな興味がないのかな? こんなに綺麗で立派なのに」生命力に満ちた樹をもう一度見上げる。

「そうじゃない。言ったろ? 普通は通りすぎるんだよ。マナ、あんたが特別なんだ。あんたは逆子だからね。普通のヤツらがここまで降りてくる間に忘れていくものを、あんたはいつまでも覚えている」

「覚えている事はいけない事なの?」

「別にいけなかぁないよ」そう言ってルルンパは自分の腰に巻かれているベルトから長い棒を取り出し、端をくわえて息を吸った。くわえた反対側とルルンパの口元からは細い煙がうっすらと立ち上る。「でもね、トネリコの番人であるあたしからすれば、逆子のあんたは少しだけ厄介だ。このトネリコの樹になっている実はね、誰も口にしちゃあいけないんだよ。あたしも、イコも、あんたもね」

「もし食べたらどうなるの?」

「もし、なんてのは始めから無いよ。いいかい? こいつは警告だ。普段ならこんな事は言わない。せいぜい来たヤツが穴に落ちないように誘導してやるくらいなんだが、あんたは逆子だ。意思がある分、万が一という事だってある。分かるかい?」

「意思? それって、考えたり思ったりする事でしょう? それがいけないなのなら、イコやルルンパの方が物知りな分、僕よりずっと危ないよ。それに、ルルンパはまだ僕がした質問に答えてない。逆子ってなんなのさ?」

 僕は一方的に怒られている気がしてきて、思わず口を斜めにしてルルンパに反論した。きっと腹が立ったんだ。小石に躓いた時と同じ感じ。それに、友達の僕が怒られているのに、横で黙ってみているだけのイコにも腹が立ったんだと思う。

 ルルンパはそんな僕の精一杯の反論を聞くと、驚いたように瞳をグルリと回し、煙を吐きながら大声で笑い出した。凄く失礼だと思った。

「どうして笑うの?」

「アッハウッハ……、ゲホッゲホッ……、ああ、ごめんね。気を悪くしたのなら謝るよ。なに、あんたがあたしが考えていたよりずっと賢いからびっくりしてしまっただけさ。許しておくれ。ゲホッゲホッ!」

「別に怒ってなんかないよ」

 腹が立ったのは本当だけど、ルルンパはちゃんと謝ってくれたし、何より咳き込んで涙目になっているルルンパは可哀想だと思った。

「そんなに咳き込んで大丈夫? 病気?」

「ゲホッ! ウェッホン……いや、大丈夫さ。タバコの煙で少しむせただけだよ。ウオッホン!」尚も壊れた煙突みたいに途切れ途切れに煙を吐くルルンパ。

「なんだいルルンパ。まだそんな不味い煙を吸っているのかい? そんなんだから舌が紫色なんだ。僕の舌を見てごらんよ。こんなに形が良い。まるで上質のロゼワインのようだ」

「イコ、あんたは黙ってな。さもないと、そのご自慢の毛をむしって八番蝶の餌にしちまうよ」咳き込んで涙の溜まった瞳でイコを睨み付けるルルンパ。

「ああ怖い怖い! 分かったよ、邪魔者はどこか適当に時間を潰すさ。僕だって八番蝶の餌になるのなんてごめんだし、鼻につくタバコの煙に巻かれるのもごめんだよ!」

 ルルンパの言葉に大袈裟に身を縮込ませるイコは、そう言って僕とルルンパに勢いよく背中を向け、長い尻尾を不機嫌に揺らしながら僕達が歩いてきた方向へと歩いていった。

 ルルンパは鼻からフンッと勢いよく煙を出すと、イコとは反対側を向いてしまった。この二人はあんまり仲が良くないみたいだ。

「ルルンパとイコは友達じゃないの? なんだか凄く仲が悪いみたいだ」

「別に仲が悪いわけじゃぁないよ。イコとは昔からこんな感じさ」

「昔から?」

「そう、昔からね。ずっと昔。気が遠くなるほど昔からさ……」

そう言うとルルンパは哀しそうに目を細めて、樹のてっぺん辺りを眺めた。僕もそれを見て同じ方向を眺めてみるけれど、僕に見えるのは風もないのに揺れる葉と、周囲から打ち上げられる赤い風船、それと赤い風船に釣られて一緒に上へ昇っていく八番蝶達。

 ルルンパには違う景色が見えているのだろうか。何となくそんな気がした。

「逆子はね……」ふいにルルンパは上を向いたまま口を開いた。「思い出を忘れずに覚えている存在。覚えていく存在。知恵のある存在。特別な存在。あたしが知っているのはこれくらいさ。詳しい事は一番下にいるワイズマンに聞きな。あいつなら何でも知っている」

「うん。教えてくれてありがとうルルンパ」

 イコとルルンパの他にも、ワイズマンというのがいるらしい。その人に聞けば逆子の事、つまりは僕の事を教えてくれるという。

 僕には目的がない。

 ここまで降りてきたのだって、どこまでも下へ続く階段があったからだし、イコと出会ってからは、二人で歩くのが楽しかったからだ。

 ルルンパは僕の事を特別だと言った。でも、僕から見たら、何でも知っていて、自分達の役割を持っているイコやルルンパの方がずっと特別に見えた。

 自分が何かも分からない。

 目的もない。

 そんな僕のなにが特別なんだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ