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トネリコの番人と八枚羽根の蝶 2

2


 大きな樹のある薄いオレンジの大地は、今までのように平坦ではなく、ドーナツみたいな形をしていた。真ん中に大きな穴があり、その穴から大きな樹がそびえ立っているのだ。

 穴の下から伸びる細い幹は、幾重にも集まり、一つの大きな樹のような姿をしている。葉っぱはスラッとした細長い楕円形。風など吹いていないのに揺れている、何処かで見たような、それでいて見た事のないような気分になる、不思議な樹。

 それと、どこからか甘い香り。トロトロにしたシロップのような、完熟のフルーツのような、そんな甘い香りもドーナツ型の大地には充満していた。

 赤く光輝く風船は、樹を囲むように並んでいる壷から飛び出していた。壷は地面を這う蛇のような管でそれぞれが繋がり、一際大きな管はドーナツ型の大地の隅にある煙突のついた小屋に繋がっている。イコが言うには、その小屋がルルンパの工房だという。

 僕らは所狭しと床を這っている大小の管を上から踏まないように、石飛をするみたいに隙間から隙間へ跳びながらドーナツ状の大地を進んだ。工房の手前で管に足を引っかけてしまい、転びそうになってしまって、いつかの石ころみたいに蹴飛ばそうかと考えたけど、石ころと違い、床を這っている管はきっと意味のある物の様な気がしたから、何もしないで放っておいた。

 イコは勝手知ったるとばかりに扉の前に吊されている紐を引っ張り、チャイムを鳴らした。

 カランカランと錆びたお鍋を叩いたみたいな音が響くと、扉の奥から何かが動く音。音の主は、きっとルルンパだ。イコ以外に誰かと会うのは初めてなので、僕は興奮気味に扉が開くのを待った。

 木で作られた扉が軋みながら開く。

「やあルルンパ。ご機嫌如何かな?」

「なんだ、誰かと思ったらイコかい。お前さんがこっちまで降りてくるなんて珍しいじゃないか。確か八番蝶が嫌いだとか言って、ここへはもう二度と来たくなかったんじゃないのかい?」

 イコとルルンパが話をしているけれど、僕の位置からでは扉が邪魔してルルンパの姿が見えない。しゃがれた声は、想像していたよりもずっと年の行った女の人に聞こえる。

「まあそう言うなよルルンパ。今回は一人で来たわけじゃないなんだ。友達も一緒さ」そう言うとイコは手招きをして僕を呼び寄せる。

「友達?」ルルンパの不審がる声。

 イコに導かれるまま、僕はルルンパの前に立った。

 目の前にいるルルンパは、頭に薄茶色のハンティング帽を被り、イコの顔と変わらない大きさの瞳に、僕らを一飲みにしてしまいそうな大きな口、そしてオタマジャクシと同じ形の尻尾を持った、白地に黒の斑模様の、僕と同じ背丈の大きなカエルだった。

 想像とまったく違う姿に、僕は用意していた挨拶の言葉を見失って、池の鯉みたいに口を数回開け閉めしてしまった。

「なんだい、この子は口がきけないのかい?」

「いや、きっとルルンパの姿を見てビックリしたんだろう。何しろマナが見る話が通じる相手は僕に次いでルルンパが二人目だからね。それがよもや、こんなワイルドな方だとは思わないさ。言葉を失うほど驚いても無理はない!」

「あたしに喧嘩を売っているのかい?」ルルンパは紫色の長い舌を口から覗かせる。

「おおっと! 勘弁してくれ! ほんの冗談さ、悪気はない。マナをリラックスさせる為の、ささやかなジョークだよ!」イコは両手を拡げてルルンパに肉球を見せると、数歩後ろに下がった。「紹介するよ。僕の友達のマナだ」

 僕は改めてルルンパに向き合った。確かにイコの言う通り予想と違った事で驚いてしまったけれど、二人の遣り取りを見ている内に、どこかへ無くしてしまった言葉も拾い集める事が出来た。

「はじめまして、僕はマナ。イコと一緒に下へ向かう途中なんだ」僕はルルンパに手を差し出し、握手を求める。

「おやまあ、これは御丁寧にどうも。あたしの名前はルルンパだよ」ルルンパは水かきの付いた手で僕との握手に応じる。ルルンパの手は湿っていてヌルヌルした。「マナといったか? その名前は本名かい?」

「ううん。僕の名前はイコが付けてくれたんだ」

「イコが?」そう言うと、ルルンパは僕の後ろにいるイコの事を湿った目でギロリと睨んだ。「なら、あんた逆子かい? なるほど、どうりでしっかりした受け答えの筈だ。そうかいそうかい」

「僕がさかご? それはどういう意味?」ルルンパと繋いだ手を解き、始めて聞いた言葉に首を傾げる。

 ルルンパは暫く考え込むように黙っていたけれど、僕の後ろのイコとなにやら目で会話をしてから(二人を交互に見たから多分間違いない。仲間外れみたいで、ちょっと居心地が悪かった)、ペタペタという水気のある音をさせて工房から身を出した。

「ついてきな」

 僕の質問には答えないで、一言だけ告げてドーナツの大地を歩くルルンパの後ろを、僕とイコは言われた通りについていく。

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