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イコとマナ 3

 周囲は紺色と黒の縞模様。階段は明るい緑。

 僕とイコは二人で並んで階段を降りていた。一緒に降り始めた最初は意気揚々とマザーグースを歌いながら降りてきたけど、それも二つ大地を過ぎる頃には二人とも飽きてしまっていた。勢いって長く続かない。

 でも、五つ目の黒に赤の水玉模様の大地を越えてからは、また少し楽しくなった。階段の形が変わったからだ。今までずっと真っ直ぐだった階段が、緩やかに左曲がりになって、真ん中を避けるみたいにぐるりと円を描く。隣で歩くイコに尋ねたら「これは螺旋階段さ。ここからは一番下までこの階段だよ」と教えてくれた。僕は、きっとイコは一番下まで言った事があるのだと思った。

 イコはとても物知りだった。螺旋階段の他にも、真ん中の空洞が『吹き抜け』という名前だという事や、タマネギを切る時に涙が出ないようにする方法、冷めたパンケーキの素晴らしさ(冷えて固くなったパンケーキを、暖かいシロップに浸して食べるそうだが、僕には良さが分からなかった)、お腹が痛い時の対処法、詩人の言葉、僕の知らないたくさんの知恵や言葉を彼は教えてくれた。

 けれど、そんな物知りなイコでも七つ目の大地を過ぎる頃には、途端に口数が減ってしまった。歩きながらずっと僕に語り続けていたのだから、イコも疲れたのかもしれない。

 それでも僕らは休むことなく、八つ目の大地を目指して階段を降りる。

 カツーン、カツーンと規則正しいリズムに乗って、僕の足音が響き渡る。

「112、113、114……」

 一人の時は声に出さずに数えていた。でも何となく二人でいる時、それも特に会話がない時には、つい声に出して数えてしまう。

 隣を歩くイコは、そんな僕の様子を毎回不思議そうに眺めては鼻をひくつかせていた。

「マナ」

「128、どうかしたのイコ?」

「ずっと気になっていたんだがね。マナはどうして階段の数を数えてるんだい? もう何度も数えて、階段の数は分かっているのだろう? それなのにどうしてまた数えたりする? それは楽しいのかい?」イコはいつもと同じように鼻をひくつかせながら僕に尋ねた。

 イコと一緒に歩いていて気が付いた事がある。イコの顔は犬でもやっぱり身体は猫で、習性も猫寄りなんだと思う。始めは半信半疑だったけど、いくつかイコの動きを見て、今は確信してる。

 例えば僕との会話中、イコが興味がある時は尻尾が海草のように揺れ始める。楽しそうな時には、いつもなら時折優雅に動くだけの尻尾が、まるで針金でも入ったかのようにピンッと伸び、かと思ったら、驚いた時にはしなやかで滑らかな尻尾が何倍にも膨れあがる。これって僕の知っている猫の動きと全く一緒なんだ。

 今のイコの尻尾の動きは海草のような揺らめき。これは興味がある証拠。きっと、我慢出来ずに尋ねてきたんだと思った。「うん、楽しいよ。イコも一緒にやってみる?」

「本当かい? どれ……」そう言ってイコは僕の横に並んで足並みを揃えた。

「151、152、153、154……」

 二人一緒に声を出しながら、自分達が踏んだ階段の数を数える。イコはピンク色の柔らかい肉球のお陰で足音がないので、二人の声と、僕の足音だけが紺色と黒の縞模様に吸い込まれていく。

「なるほど167、これはなかなか168、愉快だな169、新発見だ170、よく覚えておこう171」

「そうでしょ? 172、僕はこの事に173、気が付いてから174、今までずっと175、繰り返してきたんだ176」

「ストップ、ストォップ! ストップだ! 止まるんだマナ!」不意に大きな声を上げ、明るい緑色の手摺を叩きながら足を止めるイコ。

「179、どうかしたの?」

 イコよりも三段下がって後ろを振り返る。僕の方が背が高いから、これくらいで丁度イコと同じ目線だ。

 イコは手摺に片手で寄り掛かるようにしながら首を左右に振り、黒く輝く瞳を僕に向ける。

「いや、楽しいのは確かなのだけどね。残念だがこれは二人で会話をしながらおこなうには向かないようだ。それにこのまま続けたら、僕はいつか舌を噛んでしまう。僕はね、このビロードのような毛並みと、まるで気品溢れる淑女のように滑らかな尻尾の次に、この形の良い舌が自慢なんだ。だから舌を噛んで怪我をするような事は出来れば避けたい。分かってくれるかいマナ? そういう事なんだ」

「分かるような分からないような……」

 僕が言い淀んでいると、イコはスキップをしながら二段下り、横から僕の腰に肉球を押し当てた。

「今は分からないかもしれないけれど、いずれ分かるさ。いずれね。なあに、焦る事なんかない。誰でもいつかは分かる事さ。それに僕らは友達だろう? 友達の言う事は信用しておいて損はないものだよ」

「うん。分かったよ。僕らは友達だからね」イコの尻尾が真っ直ぐ伸びている事が気になったけれど、取り敢えず僕は返事をした。

 「そうだそうだ。それじゃあ、気を取り直していこう!」とイコは微笑みながら片手を挙げ、陽気な歌を口ずさみながら階段を先に下りていく。彼がくちずさむ歌は聴いた事のない歌だったので僕は一緒には歌わなかった。歌うイコの後に続きながら、口には出さず、心の中で階段を数える。

— 183、184、185。 —

 前を歩くイコの尻尾は、いつも通りの滑らかな尻尾に戻っていた。

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