光があるように 2
ある日、お姉さんはいなくなった。
仕事先にも連絡しないで消えてしまった。
家族はいないし、友達も恋人もいないと前に言っていたから、たぶんお姉さんは誰にも声をかけることもなく、ふわりと消えてしまった。
私は驚いたし哀しかったけど、どこか予想していた部分もあって、とうとう起こってしまった……知った時はそう思った。
思いつく限り、数人に何か手がかりはないかと話を聞いたが誰も何も知らず、お姉さんの話をした時には皆が私と同じように、悲しみながらも納得しているようだった。
きっとどこかで幸せに暮らしているよ、と言う人もいたが、本気でそう思っているようには見えなかった。
お姉さんがいなくなってからも、私はお姉さんの家の鍵を持っていたから、毎日家にいった。
きれいに整理された誰もいない部屋は、静か過ぎて哀しくなる。
私はお姉さんが小説を書いていた机の前に立った。端にプリントされた原稿の束が置いてある。
原稿の束を見てふと、私はどこかに行き先を書いていないかと考え付き、それを手に取った。
私はぎっしりと文字がプリントされた束をめくり、手がかりになるメモを探す。どの用紙でも、修正したり付け加えるように手書きの文字が、プリントされた文字の間を埋めている。きっと一つ一つの言葉を丁寧に扱っていたのだろう。お姉さんはそういう人だ。
結局手がかりは見つからなかった。手書きの文字を見て、お姉さんを思い出し哀しくなっただけだった。
手にした原稿を読んでみると、話の中でやはり主人公は人々に裏切られていた。
変わらない。
そう思ったが、どうやら違う。
その話では、主人公は裏切られたまま誰も信じようとしない。そしてそのまま話は終わっていた。
これは単なる書きかけの原稿で、お姉さんがいなくなったことと何も関係がない。
そう考えても私は不安を拭いきれない。
最悪の状況を考えて、涙が出そうになる。
でも、私は絶対に泣かないと決めている。泣いたらいけないと思う。強い気持ちでいたいと思う。
お姉さんが帰ってきたら、その時こそいっぱい泣いて、怒ろう。
お姉さんがいなくなってから2週間ほどたった頃、お姉さんの家の電話が鳴った。
ここに来て初めてのことだった。お姉さんの家の電話は、私が遊びに来ていた頃から全然鳴らなかった。
もしかして、ありえないかもしれないけど、と期待してしまう。
心臓がどきどきして痛いくらいだけど、それどころではない。
慌ててとった受話器を落としそうになる。
「は、はい」
私は名前を言うのも忘れて、緊張しながら電話を取った。
「…………」
相手は無言だ。
数秒間沈黙が流れた。
「お姉……さん?」
私はたまらず聞いてしまう。
勘違いかもしれないという考えも、動揺して混乱している私を落ち着かせることはできない。
今度は数十秒の沈黙だった。
私は祈るような気持ちで相手が話し出すのを待った。
受話器の向こうは少し騒がしく、後々になってそれをよく聞いていれば何かわかったかもしれないのにと悔やんだのだが、耳を澄ます余裕など私にはなかった。
「お姉さん」
泣きそうになりながら、もう一度呼びかけた。
やはり相手は何も言わない。
私はお姉さんに伝えたいことがあった。相手が違う人かもしれないとか、もうそういうことも考えずそれを口にした。
「お姉さん……私も今、小説を書いてるの。みんなが幸せになる話。読んだ人も、幸せになるくらい」
声が震える。
伝えなければと、必死に語りかけた。
「お姉さんも、いつか絶対に読んでね」
それだけをどうしてもどうしても伝えたかった。
だけど伝え終えても、私はしゃべり続けた。
「……どんなに嫌な人ばっかりで、嫌なことばっかりでも、希望を捨てないで……お願い、お願い……」
勝手なお願いだとわかっている。
言ったところで、と思うのに止まらなかった。
「…………」
少し沈黙が流れて、電話が切れた。
相手はお姉さんではなく、いたずらだったのかもしれない。
でも私はお姉さんが読んでくれるように、そう願いながら私は小説を書き続ける。私にできるのはそれくらいだ。