静かなる一手
伯爵家を直接叩く前に、まずは周囲から崩すべきだ。
俺は姿絵を机に置き、指を組んだ。
「愛人……いや、後妻ユノにハニートラップを仕掛け、不倫の証拠を作れ。伯爵家に盛大に泥を塗れ。恥をかかせろ」
影が目を伏せる。
「期日は」
「……できるだけはやくだ」
「承知しました」
影が立ち上がりかけた瞬間、さらに俺は付け加える。
「そうだな。場所は次回の夜会で……どんな顔をするのか見たいからな……くくっ」
影がわずかに背筋を震わせた。
俺の笑みは、自分でもわかるほど冷たい。
フローラを泣かせた家に、相応の報いを。
――そして夜会当日。
会場は華やかな光に満ち、音楽が流れ、貴族たちの笑みが行き交っていた。
伯爵アレスは着飾った後妻ユノを連れて堂々と歩いている。
俺は横目で見つめた。
(さて、そろそろだな)
影からの合図は、空気の揺れだけで理解できる。
ユノが「少し失礼しますわ」と言って休憩室へ向かった後。
俺は遠くから廊下の様子を眺めていた。
そして――。
「きゃあああああっ!?」「な、なにこの状況は――!!」
休憩室の扉が、招待客のひとりによって勢いよく開かれた。
中では、崩れた姿勢のユノと、取り乱した見知らぬ男。
衣服は乱れ、髪は乱れ、言い訳の余地が一切ない“決定的な場面”だった。
会場に響く悲鳴とざわめき。
「後妻が……夜会中に……?」「あの伯爵家、前から噂が……」「これはもう隠せまいな」
瞬く間に貴族たちの噂が渦を巻き、外へ外へと広がっていく。
ざまぁwwww
静かにワインを口に運びながら、俺はもう一度ユノの乱れた悲鳴を聞いた。
伯爵アレスは顔を真っ赤にし、怒号を飛ばして休憩室に駆け込む。
だが、もはや何も取り戻せない。
この瞬間、クロリス伯爵家の“品位”は地に落ちた。
「極上のワインのツマミだな」




