世界を彩る者
深夜。執務室の扉を閉めると同時に、影が床に跪いた。
机の上には、一枚の姿絵。描かれた少女は、金糸の髪を柔らかく波打たせ、深い森を閉じ込めたような瞳で微笑んでいた。
フローラ。俺の恋に落ちた瞬間の、あの光を――紙の上でも離さない。
「報告を」
影が静かに頷く。
「フローラ・クロリス、十八歳。クロリス伯爵家の長女。深緑の瞳、金糸の髪、睫毛は長く……幼少より非常に整った美貌でございます」
姿絵と一致する情報にうなずきながら、俺は繊細な筆致を指先でなぞる。
金糸の髪――本当に柔らかそうだ。触れたら溶けそうだ。
(いや、触れるのは段階を踏んでからだ。自制しろ俺)
影は淡々と続けた。
「伯爵夫人が逝去された翌日、伯爵アレスは愛人ユノを後妻に。そして連れ子の妹、ルキナ・クロリスが屋敷に入りました」
嫌な予感が、胸を締めつける。
「その日から、フローラ嬢は日常的に虐げられております」
姿絵を握る指が、無意識に力をこめた。
「身支度をしてくれる侍女も与えられず、食堂で余り物を使って自炊。洗濯も裁縫も自分で。
自室を奪われ、装飾品もすべて妹に取られ、現在は……屋根裏部屋で生活を」
「…………」
喉の奥から黒い感情が湧き上がる。
あの繊細なフローラが、屋根裏部屋だと?
あの涙をこらえていた少女が、毎日一人で身の回り全部を?
胸の奥が熱くなる。怒りか、それとも別の感情か。
影は続ける。
「先日の夜会は王室主催につき、長女として参加せざるを得ず……その折に、ウィル・キヌス伯爵家の後継者より婚約破棄を言い渡されたとのこと」
あの男。
よりによって、あの場で。
よりによって、あの妹と。
よりによって、あの涙を。
「……なんてことだ……俺のフローラが……」
ぽつりと零れた言葉に、影が微妙な沈黙を落とした。
『え……俺の?』
「当然だろう。あの瞳は、守られるべきなんだ」
即答すると、影の気配が引きつった。
だが、もう止まらない。
姿絵の中のフローラが、柔らかくこちらを見上げているように感じた。
世界は残酷に色を奪った。
ならば俺が、彼女のすべてを取り戻す。




