運命の門
門をくぐってから、どれほど走っただろう。
馬車の窓から見える景色は、ただただ広大だった。
果てしない庭園、季節の花々が風に揺れ、
遠くには光を宿した湖面がきらりと瞬く。
騎士の詰所があり、いくつもの離れ屋敷が点在している。
規模が違う。
位が違う。
世界そのものが違う。
(こんな高貴な方のお屋敷で……奉公に上がれるなんて……夢みたい)
胸の奥が熱くなる。
不安よりも、信じられないほどの安堵があった。
カタン。
馬車が静かに停まり、御者が扉を開いた。
外に出た瞬間、フローラは息を呑んだ。
屋敷の前には、ずらりと並んだ執事や侍女、料理人まで勢揃いしている。
“奉公人ひとり迎える”規模ではない。
まるで――姫を迎えるかのような光景。
そして、迎えの中心に立つ一人の男性。
陽光を受けて、まるで銀の縁取りがされているように輝く黒髪。
落ち着いた黒の瞳。
姿勢は凛と伸び、歩くたびに周囲の空気が柔らかく揺れる。
(……なんて素敵な方……)
その人が、迷いなくフローラへと歩いてくる。
「ようこそ」
差し出された手が、そっとフローラの手を包む。
そして――手の甲へ、軽く親愛のキス。
触れた瞬間、胸が跳ねた。
優しくて、温かくて、どこか“懐かしい”。
瞳と瞳が絡んだ時。
「あ……あなたは……あの時の……」
「レオだ。覚えていてくれたんだね、フローラ嬢」
柔らかな声に頬が熱くなる。
どうして名前を呼ばれるだけで、こんなにも安心するのだろう。
その後は、もう嵐のようだった。
気づけば侍女たちに連れられ、
丁寧に髪を梳かれ、肌を整えられ、
用意されていた華やかなドレスが彼女の体を包む。
(わ、私、こんな……綺麗な……)
鏡の中の自分に思わず戸惑う。
そして晩餐。
レオの優しい眼差しと柔らかな声に包まれる食卓は、
空腹を満たすよりも心を満たしてくれた。
食後の紅茶を頂いている時。
レオが一枚の書類を差し出しながら言った。
「先ずは、こちらにサインをしてから話をしようか」
突然のことに胸が高鳴る。
なにか大切な契約なのだろう。
迷惑をかけないためにも、失礼にあたらないためにも――
「……はい」
緊張で手が震えながらも、サインをする。
その瞬間。
――影の心の声。
(サイン……しちゃった……!
あっ……奥様……正式に“迎え入れ”完了……ッ!)
そのサインが、人生をまるごと変える
“決定的な一筆”だったことを。




