崩れゆく足場
最近、何もかもがおかしい。
まず――ウィルが来ない。
あれほど“私に夢中”だったのに、デートはすっぽかし。
埋め合わせ? そんなもの一度も来ていない。
「有り得ない……信じられない……!」
私は鏡の前で唇を噛んだ。
だが、おかしいのはウィルだけじゃない。
伯爵邸が――変だ。
廊下を彩っていた絵画も彫刻も、
飾り棚にぎっしり並んでいた華やかな調度品も、
日ごとに数を減らし、消えていく。
取り立てて説明もない。
ただ侍女たちが黙々と運び出していくだけ。
(なにこれ……? どういうこと?)
さらに追い打ちをかけるように、
不要になったドレスや装飾品は
「伯爵家の収支のため返還を」と取り上げられていった。
「あり得ないわ!!」
声が屋根裏に近い廊下まで響いた。
たった数ヶ月で、屋敷の空気がここまで変わるなんて。
お父様もお母様も様子がおかしい。
私に優しかった侍女たちも、最近は妙に冷たい。
そこへ。
「ルキナお嬢様、ウィル様から手紙がきております」
侍女の声に反射的に振り返る。
私は乱暴に手紙を奪い取り、封を破いた。
そして――瞬間、手紙を握りつぶした。
「……“苦労して手に入れた劇場の席には、今日は連れていけない”……?
ふ、ざけないでよ!!」
みんなに自慢した。
“特別な席”だと見せびらかした。
今日のために髪も香油もドレスだって新調したのに。
手紙の内容を読めば読むほど震えが止まらない。
“急用ができた”
“埋め合わせはまた今度”
“気を悪くしないでくれ”
(……今夜の席は? 誰と行くつもりなの?)
胸の奥に、黒い疑念がひっそりと芽を出した。
――同時刻、レオ側。
影が姿を現し、静かに膝をつく。
「指示通り、今夜。劇場へ誘導できております」
「そうか」
レオはゆっくりと立ち上がり、深緑の瞳の姿絵に視線を落とした。
「さて、俺も観劇しに行くとするか」
影がわずかに眉を寄せる。
(……あの二人を、ですね)
レオの口元が緩やかに歪む。
「舞台よりも面白い劇が見られそうだからな」
静かに夜が幕を上げる。
ウィルと、彼が選んだ“真実の愛”。
その滑稽な幕が、今まさに上がろうとしている。




