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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

俺の殿下が婚約破棄するような無能のわけがない。そうだ あの女、消そう。

作者: 燈子
掲載日:2026/03/25

一万字くらいの短編にする予定だったのになぁと思いつつ投稿ボタンを押しました。



俺の殿下が最近おかしい。




「は?ユファ嬢とデートぉ?」


今日も今日とて意味不明なことを言い出したので、俺は思わず殿下の額に手を当てた。


「熱はないですね」

「ん?いたって健康だが」

「じゃあどうしてそんなおかしなことを?」

「なにがおかしいのだ?」


不思議そうに首をかしげる殿下に俺も首を傾げた。向きあって二人で首をコテンと倒している様子は、傍から見ればさぞ滑稽だろう。

だが、おかしいのは明らかに殿下の方である。

ユファというのは、少し前に我々が通う王立魔法学園に編入してきた男爵家の妾腹の娘だ。最近やけによく出くわす上に、畏れ多くも自ら殿下に声をかけ、馴れ馴れしく会話しているという不逞でありえない女だ。

警戒対象と判断して背後を探っていたところなのだが、いつの間に()()()()するような仲になったのか。


「どうしました?あんな馬鹿……()()()()な令嬢とデートなんて。なにか弱みでも握られましたか。それとも気でも違えましたか」


俺の怒涛の追撃に殿下は愛らしく唇を尖らせて怒りを表現なさった。


「言葉を選べ!二人で行くだけで、れっきとした市井調査だ!」

「いや、つまりデートでしょ」


俺はしらっとした目を向けた。頬を赤らめソワソワとしている殿下は大変お可愛らしいが、本当に意味がわからん。


「殿下、あなた、婚約者がいるのは覚えてます?」

「も、勿論」


ぎくりと肩をすくめた殿下にため息が漏れる。じゃあなんでそんな愚行を思いついたのだ。


「いけすかねぇクソ生意気な性悪女ですけど、あんなんでも侯爵家の長女ですし。アイツを泣かせるとクソ面倒くさい陰険狸が出てきますよ」

「……お前は!本当に言い方を考えろ!」


歯に衣着せぬ俺の言い方が()()()()()()らしい。頭を抱えた殿下が睨んでくるが、俺は飄々と肩をすくめた。


「まぁ、あの図太いプライド激高女が傷ついて泣くとは思えませんけど」


ハンッと鼻を鳴らして俺は憎き女の顔を思い描いた。目の前の殿下とは似ても似つかない、愛嬌の欠片もない単なる美女である。美女は美女だ。残念ながら奴の顔の良さだけは否定できない。殿下と並んでも殿下の美しさの邪魔をしない程度には美形だ。でもまあ、俺だって?この世に舞い降りた天使たる殿下の横でも堂々と顔を晒せるくらいには顔がいいし?見た目ならあいつには負けない。無論殿下への愛もな。


「はは!まぁあの身分を鼻にかけた高慢ちき女が泣くところを見れたら向こう十年愉快に暮らせそうですけどね!」

「……ユージン、口が悪すぎるぞ」

「悲しげに眉を顰めていらっしゃるお顔も愛らしいですね殿下」

「ふざけるな」


はぁ、とため息を吐かれた。地上で最も可愛らしい殿下。その婚約者である幸せ者の名は、ナッツェと言う。遠慮を知らぬあの女は、いつだって俺と殿下の中に割り込んでくるのだ。俺の永遠の宿敵である。


「ナッツェとお前は本当に反りが合わないなぁ」


俺が内心で憎きナッツェへの闘志を燃え立たせているとも知らず、殿下は呑気に苦笑している。善なる御心を生まれながらに授けられた殿下に、俺たちの泥臭い感情は理解しえないのだろう。俺はそんな納得とともに殿下に微笑んだ。


「当然でしょう。なにせ殿下を取り合って早十年ですからね」

「……取り合われた覚えはないぞ?」


不思議そうに首をひねる殿下はやっぱりとってもお可愛らしい。そんな覚えはなくてよいのである。俺たちの醜い戦いは殿下のお目を汚すものではないので。


「もう少し仲良くすればいいのに」

「無理です、あいつはいつだって俺にマウントを取ってきますからね」

「マウント?」


きょとんと瞬きをしている殿下に、俺はここぞとばかりに疎ましい宿敵の悪口を叩き込んだ。


「あの性悪女は驕っているんですよ。自分は殿下の未来の伴侶、すなわち人生のパートナーだと!」

「まぁ、婚約者だものな」


単なる事実だろうと首をかしげる殿下に、俺は「嘆かわしい」と大仰に両手を振った。


「ふん、馬鹿らしい!有事の際は王都に置いていかれる身のくせに。戦場へもどこへでも、たとえこの世の地獄だとしても、俺はあなたについていく。そしてあなたの背中を守るのが俺です。これぞ至高の関係性。この世で最も尊い二人の形!」

「うん。それぞれの役目ってあるものな」

「……殿下、違います」


うんうん、と素直な納得とともに頷く殿下には、どうやら通じていないらしい。俺は凡愚たる我々の決裂を、噛み砕いてお伝えした。


「なぜお分かりにならないのです?つまりあいつは、……俺の役目を妬んでいるのですよ」

「……うーん?」


真剣に目を見合わせて伝えた俺に、殿下は困ったように唸って眉を下げた。


「……お前たちはよくわからないなぁ」

「まぁ、あなたはそれでいいです。分からないままでいてください」


あまりにピュアな瞳で見上げられた俺は、コロッと態度を変えた。世俗とかけ離れたところで羽ばたく高貴な生き物に、地べたを這う人間が理解できるわけがないし、して欲しくもない。じーんとした感動とともにしみじみと頷く俺を不可解そうに眺めてから、殿下は肩を落として言った。


「お前たちはなぜ仲良くできないんだろうな。私たちは幼馴染だ。王太子である私と、二大侯爵家の長子であるナッツェとユージン。私たちはこの国の未来を担う人間なんだぞ?もう少し歩み寄って、手を取り合っていくべきだろうに」

「……おっしゃる通りです」


ありがたいお言葉に俺は襟を正して頷いた。それなのに俺に対抗して牙を剥いてくるあの女が悪い。


「もう十年以上の付き合いなのに、お前たちはずっと喧嘩しているなぁ」

「面目ない限りで」


俺は若干の気まずさとともに頬を掻いた。


殿下のおっしゃる通り、我々の付き合いは長い。人生の三分の二を越すのだ。


五歳で初めて我々はあいつと出会った。()()だ。殿()()()()が、あの女と出会ったのだ。

殿下の名前で開かれた初のお茶会。将来の側近たる俺と引き合わせるために開かれたその場に、将来の婚約者としてあの女も呼ばれていたのだ。決して逆ではない。だが俺は腹を立てた。俺と殿下が仲を深める場に乱入した異物だと。そしてそれは、ナッツェも同様だったのだ。当然、お互いの第一印象は最悪だった。

あの時から、俺とナッツェは殿下を取り合い続けている。


「ま、喧嘩はしてないですよ最近は」

「成人を来年に控えた人間がそんな気軽に喧嘩をするな」


しれっと嘯く俺に、殿下が頭が痛いと言わんばかりに額を抑える。

こうしているといつも通りの、まっとうで善良な俺の殿下なのだが。


「で、なんでしたっけ?ユファ嬢とデートしたいから、口裏を合わせろって話でしたっけ?」

「ごほっ、デ、デートじゃないって言ってるじゃないか。デート……ん、へへ」


口をもごもごさせたかと思ったら、殿下は爪先でもじもじと土を弄りはじめた。なんだその可愛い照れ隠し。あらゆる点において、全然意味がわからない。

俺は真顔を取り繕いつつ、言葉を続けた。


「お断りしますけど、話だけ聞きます」

「え!?断るなよ!」

「いや、断りますよ」


そんな気はしていたが、殿下はユファ嬢が絡むと途端におかしくなるようだ。先ほどからも、目を輝かせて語ったかと思ったら、とろんとした眼差しで空を見上げたりする。状態異常である。なんだこれは。


「あなた、おかしいですよ。ユファ嬢なんぞにそんなに入れ込むなんて」


俺は眉をひそめて吐き捨てる。なんで俺の殿下がなんでそんな下々の女と?まったく、汚らわしい。

いや、俺もそれなりに女とは遊んでいるし、潔癖な初心少年(ピュアボーイ)ではないから、十代の青少年がデートしたくらいで、婚約者への()()だ、()()だとは思わない。女の勉強も大切だ。なんならハジメテは娼館のお姉様相手でもいいだろう。そんな奴らは周りにいくらでもいるし、俺も木っ端令息相手ならむしろ推奨するだろう。

だが、殿下だ。この世でもっとも尊く美しい殿下なのだ。

そもそも女と不必要にベタベタするなんて、どこまでも高潔な殿下には相応しくない。正当な婚約者のナッツェとだって節度あるオツキアイをしているのに、隠れてコソコソ下賤の女とデートだと?しかも先ほど聞いたデートコースはわりといかがわしい通りだった。休憩宿にでもしけこむつもりでは?いやらしい。……まぁ私情は置いておくとしても、俺は忠実な臣下なのだ。


「俺は認めませんよ。一応あなたは婚約者もいる身なんですからね。どこの馬の骨ともしれないオンナなど、さっさと縁を切ってください。まず何より、あなたの身を守るために」


殿下の()()として相応しいか、ユファについてはまだ調査が不十分だ。この学園に編入できたのだから最低限の身分は保証されているとはいえ、男爵家の妾腹の娘など、王家からしたら得体のしれない人間である。まさか敵国の間者ではないだろうが、どこの息がかかっているとも知れない者であることに変わりはない。王家の信も厚い侯爵家の娘であるナッツェと二人きりになるのとは訳が違うのだ。

殿下のためにならないことは、たとえ殿下の頼みでもきけない。その一心で俺は否を叩きつけた、のだが。


「ユファが……可愛いからか?」

「は?」


思い詰めたような目で殿下が俺に迫ってきた。うるうるの瞳に睨みつけられて動揺する。常に精神が安定している殿下が、いつになく不安定で、……なんというか、その、今にも泣いちゃいそうである。え、どうなさいました?


「ちょちょちょ、殿下!?」

「お前もあの子が好きなのか……?」


本気で焦った俺は、大慌てで胸元から手巾を取り出して殿下に差し出した。殿下は俺の真っ白な手巾に顔を半分隠しながら、俺を布の隙間からチロリと盗み見る。その目には俺に向けられたことのない感情、嫉妬や敵意なんてものが滲んでいて。……え、マジ?


「ちょ、待って?殿下まさかマジですか?」

「え?」

「ユファ嬢に、本気で惚れて……!?」

「ぅ……っ」


俺の問いかけに、殿下の顔は朱に染まった。肌が真っ白だからこそ普段との差が激しい。完全に真っ赤だ。俺は茫然として絶句である。嘘だろそんなことがあっていいのか?


「いやいや嘘だろ……!?」


動揺のあまり、頭の中の思考がそのまま口に出てしまった。潰された犬のような情けない呻き声が腹の底から押し出されたが、年中無休でお可愛らしい殿下は今日もお可愛らしい仕草で俺に食って掛かる。俺と()()をするときのように、俺の胸元を柔らかくつかんで、トンと胸板を詰るように叩くのだ。可愛い。やめてくれ、その技は俺に効く。


「う、嘘じゃない!仕方ないじゃないか!こんな気持ちは初めてなんだ!」

「熱に浮かされてる?」

「正気だ!」

「いや、絶対に正気じゃないですよ」


真っ赤な殿下が唇を尖らせて俺に訴えてくる。しかし俺には到底受け入れられる内容ではなかった。


「恋とは落ちるもの。ナッツェもそう言っていた」

「婚約者の言葉をここで持ち出すのはさすがに」

「うっ」


真顔で突っ込むと、殿下は小さく唸ってから、気まずそうに視線を落とした。


「……ナッツェは妹のようなものなのだ」

「ユファの方が妹キャラでは?そもそもナッツェは殿下より三ヶ月年上ですし、どちらかというと姉では」

「言葉の綾だ!」


揚げ足をとるなと怒鳴られて、俺は茫然としつつ殿下を見返した。殿下が俺に怒鳴るなんて何年ぶりだろうか。足元がぐらつく。数秒前に敵意を向けられたショックから、まったく立ち直れていない。


「ユファに出会ってから僕の日々は光り輝いている。あの子の言葉が耳から離れないし、あの子のことを考えると胸が高鳴り、あの子は今何をしているのだろうと頭が」

「病気ですよそれ」

「そう、恋の病だ」

「頭の病気ですよ」


表情も言葉も取り繕う余裕はなく、俺は諫言を続ける。目を覚ましてくれ殿下。さすがに女の趣味が悪すぎる。


「とにかく!協力してくれ!」

「嫌ですよ、陛下たちに何と言われるか」

「お前が叱られたら僕が取りなすから!」

「そもそも叱られるようなことしてる自覚があるなら、やめてくださいよ」


諭す側と諭される側。普段とは逆の立場で、俺たちは押し問答を続ける。一向にひかない俺に苛立って、殿下は悔しそうにキッと睨んできた。


「こんなに頼んでいるのに冷たいやつだな!」

「主君を正道に引き戻すのも臣下の務めでありますれば」

「柄にもないことを!正論で説き伏せるなど、ナッツェのようだぞ!」

「あの女と俺を一緒にしないでください」


たしかに普段は正論で正面突破を試みるのがナッツェ、感情に従い力業でケリをつけようとするのが俺、俺たちの間をとって妥当な落としどころを見つけて話を丸くおさめるのが殿下。そういう役回りだった。しかし。


「駄目なものは駄目です。御身の危険を孕むことは絶対許可できません。ついでにあなたの評判が落ちるのも御免です。つまり駄目です。わかりましたか?駄目です」

「真顔で睨むな!筋肉がある美形の真顔は怖いんだ!」


至近距離で目を見合わせ、真顔で懇々と詰めれば、殿下は涙目で必死に身を引いた。殿下は男性としても背が高い方だが、鍛えている俺よりは一回り小さい。押さえ込まれたら抜け出せないのだ。


「怖いってなんですか!殿下が武道系サッパリだから、俺が頑張ってんでしょお?騎士と文官の兼任って大変なんですからね?」

「感謝してる…」


俺が眉間に深い皺を刻んで文句を言えば、殿下はしゅんと悄気かえった。真面目な顔をして「いつもありがとう」と俺の肩を優しく叩く殿下に、俺はため息混じりに頷いた。


「その素直さがあなたの取り柄なんですから。とりあえず俺の言うこと聞いて、ユファ嬢とデートは諦めてください。どうしてもデートしたいのなら、きちんと陛下から許可取って来てください」

「うううぅ、友達甲斐のない冷たいやつめ!」


反抗期の五歳男児のような顔をして悔しがる殿下に、俺は念のため釘を刺す。


「こっそり抜け出そうとしても無駄ですよ。俺は厠の中までついていきますからね」

「お前を出し抜けるとは思っていないよ」


殿下は嘘をつかない人なので、そう言うなら、まぁ、脱走はしないだろう。しょぼんとしてしまった殿下には悪いがひとまず安堵する。そして、とぼとぼと歩いていく殿下の後を追いながら、俺は腕を組んで唸った。どうにもおかしい。何かがおかしい。


もちろん殿下もおかしいのだが、もう一人。

俺の脳裏には最近()()()()()行動をとる、おかしい人間が浮かんでいた。





***





「おい、ナッツェ」

「ひっ。あ、あら、ユージンじゃない。あなたから声をかけてくるなんて、今日は槍でも降るのかしら」


なぜか俺の顔を見て小さく悲鳴をあげた幼馴染は、いつもの傲慢なまでの落ち着きがなく視線が彷徨っている。不本意ながらも長い付き合いだから、分かるのだ。やはりこいつは、何かを隠している。


「ちょっと来い」

「殿下はいいの?」

「今日は隣国の王女のお相手で一日城に缶詰だ。お前も知ってるだろうが」

「五歳になられたんだったかしら。殿下のことを気に入られるなんて、幼くしてお目が高いわよね」

「それはそうだな、じゃなくて」


思わず世間話に流れそうになったが、ハッと気づいて話を戻す。ぐるりと華奢な女の顔を覗き込めば、白々しいほどに平然と問い返された。


「何かしら」


声だけはいつも通り。けれど顔は青ざめているし、指先は落ち着かなく小刻みに動いている。俺じゃなくても一目で分かるくらい、あからさまに動揺を隠しているじゃないか。こいつ、こんなに隠すのが下手な奴だったか?


「なんかお前、最近おかしくねぇ?」

「えっ!?え、な、なにがかしら!?」

「それだよ。キョドリすぎ」

「……婚約者が()()に浮かれてるのに、冷静なのもおかしな話でしょ」

「まぁな」


まぁ、それはそうだ。俺でもわかるくらいだ。ユファへ向けるの殿下の目は、明らかに普通ではない。他人の感情の機微に敏感なナッツェなら、とうの昔から気づいていたのだろう。


「殿下の不自然な態度、あなたも気づいていたんでしょ?」


それはナッツェに対するものだけではない。殿下の周辺はみんな、どことなく違和感を抱いている。これまでになく、殿下からないがしろにされている感覚。そして、新しい人物との、妙に()()()な関わり。


「あぁ、殿下はおかしくなってるよ。俺なんか、諫言しようとしたら、ライバル視された上に()()を向けられたんだぞ?いまだにショックから立ち直れてない」

「あら、気が合うわね。私も最近、あからさまに疎まれて避けられているわ。この間は、お茶の約束を直前になって反故にされたの。謝罪も言い訳も無し。こんなの初めてよ」

「前はそんなことする御方じゃなかったのに……恋は人を変えるって本当だよなぁ」


二人で目を合わせた俺たちは、力なく笑って肩を落とした。


「はぁ、ひどい話だぜ。殿下は俺らの初恋奪ったくせになぁ」

「語弊があるわ。アンタと一括りにしないで」


しみじみと嘆いた俺に、ナッツェが冷静な突っ込みを入れてくる。なぜだ。


「この方に命を捧げると決めたんだぞ?ほぼ恋だろ」

「心を奪われたくらいにしておきなさいよ誤解を招くから。うっかりドキドキしちゃったじゃない」

「は?」


なぜか頬を染めてよくわからないことを口走るナッツェに眉を顰め、俺はもう一度ため息をついた。


「で?」

「……なによ」

「そういうお前も態度がおかしいぞ」


睨むようにじろっと見ると、ナッツェは気まずそうに唇を噛んだ。やはり自覚はあるらしい。


「ここ最近、殿下の近くに来ないだろ。お前こそ、殿下を避けている。お花畑でウフフアハハしてる殿下は気づいてねぇけどな」

「……あっそ」

「まさか、引き下がる気か?」


信じられないと思いつつ尋ねれば、ナッツェは無言のまま視線をそらす。俺は目を見開いて低い声で詰問した。


「嘘だろ?あんな幼稚なあざと女に()()()()()()気なのか?お前、そんな情けない女だったのか?お前の殿下への愛はそんなもんだったのかよ!?」

「……だって」


わが永遠の宿敵ともあろう女が、そんな気弱な真似をするのかと詰れば、ナッツェは思いがけず弱々しい声で尋ねてきた。


()()勝てないもの」

「あの女に!?どこが!?負ける要素はなくないか?」


素で驚愕してまじまじと目の前の顔を覗き込む。客観的に見てこいつの外面の良さや頭の回転の良さは、一流だ。内面も非常に貴族的で、綺麗な殿下をお守りするためには平然と非道で汚い真似ができる。殿下への忠誠も俺には劣るとも深い。ついでに武術も心得があってそこそこ強いので、捨て身ならば殿下をお守りできるだろう。心技体のいずれも、あの女には劣らない。お前は俺のライバルのくせに、あんなしょうもない女にひるむとは情けないぞ。

そう力説すれば、ポカンと呆気に取られていたナッツェは小さく「おかしいわね」と呟き、訝し気に首をひねった。


「……アンタはあの子が可愛いと思わないの?」

「顔は殿下や俺やお前には劣るが、まぁ相当なレベルで整ってるだろな。でもそれだけだ。というか、可愛いと言えば殿下だろ。あの人より可愛い人なんかいるか?」

「…………揺るぎないわね」


心底疑問で首を傾げたが、それが良かったのか。

もはや感心したと言うように深々とため息をついて、ナッツェは気の抜けた顔で笑った。


「わかった。……馬鹿にしないと約束するなら、話すわ」

「おぅ、話せ話せ。しっかり馬鹿にしてやるからよ」

「約束してくれないのね……」


俺がパタパタと手を振ると、ナッツェは苦笑してから重い口を開いた。






「はぁ?ここがゲームの世界だぁ?」


話が長くなるからと移動してきた、人気のない図書室の片隅。そこで俺は、とんでもない話を聞くことになった。


「そうよ。正確には乙女ゲーム。主人公の乙女が、イケメンを手に入れるために暗躍乱舞する恋愛戦遊戯なのよ」

「うげぇ」


この世界がゲーム?ありえない話だ。信じがたい。だが、とことん現実主義(リアリスト)だったはずの幼馴染の口から出た言葉だと思うと、否定するのも躊躇われた。というか、俺も()()じゃなければ信じられないと思っているのだ。殿下が俺に敵意を抱く?ありえない。何か得体の知れない力が働いていると思う方が、よっぽど納得できた。


「ユファが現れてから、なんとなく違和感はあったの。でもこの間……殿下にドタキャンされた時にショックのあまり思い出したのよ。ここが前世にプレイしたゲームの世界だってことを」

「ははぁあ」


ため息のような間抜けな相槌をする俺を見て、ナッツェは皮肉気に笑う。まともな返答ができない俺の気持ちも分かるのだろう。シニカルに片頬をあげると、肩をすくめて低い声で言った。


「気持ちはわかるわ、でも受け入れて。残念ながら私は狂ってはいないし、嘘もついていない」

「信じるさ。残念ながら、俺はお前という人間をわりとよく知っている」

「……心強いわ」


厭味ったらしく言ってやった言葉に小さな苦笑を返して、しばらく沈黙した後でナッツェは重苦しく言った。


「けれど、一番重要なのは、ね……ユファは、魅了アイテムを持っているかもしれないってことよ」

「なっ!」


俺は言葉が出なかった。そんなまさか。だって、それは。


「特級禁忌魔法じゃないか!かつて実在したと言われてはいるが、ほとんど伝説の域だ。少なくとも、現代では手法もすべて消滅したはずだろう?」

「ええ、かつて幾つもの国を惑わして崩壊させ、大陸を揺るがせた魅了魔女リーミュが火刑に処された際に、魅了魔法はこの世から消された。魅了魔法に関する書物はすべて焼かれ、知識を持つ人間もまとめて処刑されたはず。けれど、……この世界は、そのアイテムを使うことが前提のゲームなのよ」

「嘘だろ……」


さすがに受け入れられず、俺は椅子の背もたれにぐったりともたれかかった。なんてことだ。我が生涯のあるじは、魅了魔法に囚われているということか?


「まて。なぜユファがそんな魔法を使える?そもそもユファは魔女なのか?」


俺は疑問を挙げていく。現状を把握しなければ、対策もできないのだ。


「この学園に通えるのだから、最低限の魔法は使えると思うわ。でも、魔女と呼べるほどかは……どうかしら。成績を見る限り、それほどのようだけれど」


眉間に軽く皺を寄せて、ナッツェが首を傾げつつ答える。魔女とは一級魔法を全て修め、王家が厳重に管理する特級魔法を扱うことを許された者に贈られる称号だ。

男の場合は魔士と呼ばれることもあるが、ほとんどいないので考えなくても良いだろう。

特級魔法はあらゆる魔法を組み合わせた総合芸術であり総合格闘技である。そんじょそこらの人間が使えるものではないのだ。そして特級禁忌魔法は、また別枠である。あらゆる人間に使用を禁じられた魔法だ。そもそも使用法も明らかではなく、存在してはいけない魔法、……いや、現代においては、存在しないはずの魔法である。


「あの魔力もちっぽけな馬鹿女が最高難度を超える意味不明魔法を使えるとは思えないんだが」

「特級禁忌魔法って名前が物々しいけれど、むつかしいとは限らないじゃない。ものすごく限定的な条件でしか使えないとかかも」


うんうん唸りながら捻りだされたのは大して説得力もない話だ。可能性はゼロではないけれど、限りなく低いだろう。


「だとしても、偶然、たまたま、そんな魔法だけ使えたりするか?」

「……ヒロインだったら、世界にヒロイン補正がかかるのかも」

「なんだそれ。馬鹿馬鹿しい」


弱弱しく呟くナッツェにため息をつく。ナッツェの言う通りユファがこの世界の()()()()で、殿下と結ばれる()()だとしても、俺たちはそんなものは()()()()のだ。くだらない()()()ばっかり考えても仕方ない。俺たちはできる対策をとるしかないのだ。


「とりあえず、お前が知ってることを全部話せよ。情報が足りなさすぎる」

「わかったわ。……まず」


羽ペンを片手に、手元のノートにさらさらと書き込みながらナッツェが自分の知る限りの知識を説明する。話が進むにつれ、俺の眉間の皺は人生で最も深く刻まれていき、そのままガチガチに固まっていった。


「……それで、課金するともらえる好感度上昇アイテム、つまり、魅了魔法が付与されたアイテムは、一見すると普通の雑貨と変わらないの。ユファは、私が見たことのあるモノは持っていないし、ゲームと現実では違うのかもしれないわ」

「…………ほぉん?」


ナッツェの話が全て終わった後、俺は頭痛がする眉間をぐりぐりと揉みこみながらキレた。


「お前な!なんでそんなヤベェことを早く言わねえんだよ!」

「ししし仕方ないでしょ!?私だって半信半疑だったのよ!」

「殿下の御身にかかわることだぞ!疑わしきは捕えて罰しろ!消せ!」

「過激派!一応我が国は法治国家なのよ!」


こんな大事件なのに、ナッツェは肩を怒らせて正論を説く。殿下のためなら法は犯せよ。


「あのね、証拠がないのよ!いくら私が侯爵令嬢でも、一応貴族に名を連ねる相手に『夢で見たから』なんて言って疑惑を着せたら重罪でしょ!しかも魅了魔法がどーのなんて妄言吐いたら、口にしただけで()()に連行されるし、下手をしたら私が殺されちゃうわよ!」

「まぁそれは確かに。……魅了魔法だもんなぁ」


俺は呻くように呟いた。魅了魔法。かつて悪しき愉悦魔女リーミュの魅了に狂わされ、数多の権力者たちが王道を逸れ、私欲のままに暴れる獣となった。その結果いくつもの国が滅亡し、多くの民が飢えや戦火の中で死んだとされる。リーミュの処刑後も国民には高度な魔法を操る魔女たちへの不信と恐怖が根付き、一時期大陸では悍ましい魔女狩りが行われた。


「魅了魔法かぁー、うん。やべぇな。下手したら大陸を揺るがし、歴史に残る大事件になりそうだ」

「殿下をじっくり見分させて頂いたけれど、魔法を使った形跡は見つけられなかったわ。だから、魔具(アイテム)を持っているのかと思ったのだけれど、今のところ見当がつかないのよねぇ」

「そうか……って待て!お前、殿下相手に魔法解析かけたの?」


話の内容がヤバすぎてうっかりしていたが、こいつはプライバシーを何だと思っているのだ。俺はさすがにドン引きして問い詰めたが、ケロリとした顔で首を傾げた。俺が何を慌てているのかサッパリ理解していない顔だ。


「許可は取ったから平気よ。訝しんではいらっしゃったけれど、私のカワイイ嫉妬ってことになっているわ」

「いやいやせめてこっそりやれよ。これからアナタを丸裸にします!って言ってるようなものだろが。殿下のプライドにも配慮しろ!」

「いや、こっそりする方がダメでしょ!覗き見反対!見たいなら正々堂々と許可を取りなさい!」

「なんだそれ」


この女の感性は理解できない。本当に分かりあえないとしみじみ思う。殿下が身長とか筋肉とかイロイロ詐称してたらどうする気なんだよ。つうか殿下も王家渾身の守護魔法を重ね掛けされてるはずなのに、よく見せたな?ナッツェのことを信頼しすぎでは?


「まぁ俺たちの場合どっちもおかしいことが多いから、とりあえずこの話は横に置いておこう。ひとまず、話を戻そう」

「そうしましょう」


しばらくのにらみ合いの後、俺たちはため息とともに相互理解を放棄した。長い付き合いだからわかるのだ、これ以上は時間の無駄だ。


「まぁとにかく、大変なことよ。魅了魔法なんて、アイテムを持ってるだけでも重罪。王子相手に使ったなんて、寄親も連座で死罪を免れないわ」

「ついでに、魅了魔法をアイテムに付加した人間も、一族郎党死罪だろ」


他者の心を操る者は闇に堕ちたとされ、あらゆる権利を剥奪される。人間らしい最期は迎えられないだろう。断首なら良い方だ。


「うーん、一体何を使っているのかしら。アイテムをユファが自作した……てことはないわよね」

「無理だろ、アイツ相当頭悪そうだぞ」

「失礼よユージン、平民から入ってきたにしては頑張っているほうよ。……でもまぁ、技術系科目はことごとく不得手みたいだし、無理でしょうね」


殿下ほど人間が出来ていない俺たちは、客観性という名のもとに日々中級クラスの最下位争いをしている馬鹿女には無理だとあっさり判断した。しかし、ではどうやって?揃って首をひねってしまい、お互いに頭を抱える。


「でもアイテムが売られてるとかある?あの子が買える場所に?」

「ツテとかないよなぁ」


二人であれこれ言いあって他の可能性を検討するが、さっぱり思いつかない。


「あー分からねぇ」

「うーん、……偶然のチカラを味方につけまくってるのかしら。昔話みたいに森の奥で拾ったとか」

「あー、逆にそれはあるかもしれねぇな。あの女、やたらと運が強い」


適当すぎる仮説だが、いい線をついているかもしれない。

最近、俺が殿下といないときに限って、ユファはやたらと殿下に()()()遭遇しているようなのだ。あまりの頻度に、殿下の側近や護衛から情報が漏れているのではないかと、思わず冷や汗が出た。なにせ、以前から学園内でも通る道は毎回俺が変えている。ついでに、ユファを危険人物認定してからは、あらゆる手を講じて俺が妨害しているのだ。それにも関わらず、遭遇頻度が変わらない。ありえないことだった。

ユファは一体どうやって殿下を待ち伏せているのか。一度行動を監視させたが、結局分からなかった。あの女は、本当に適当に生きてるように見えるのだ。異常な強運の持ち主だと言われた方がむしろ納得がいく。


「急な接近はどう考えても異常だから、何かあるとは思うが、うーん……」

「魅了魔法だけ何故か使えるか、たまたま偶然魅了魔法アイテムを手に入れたか……てことよね?うーん……やっぱり完全にヒロイン補正……世界に愛されてるとそういう異常なコトも起こるんじゃないかしら?」

「めちゃくちゃだなぁ」


思いついたまま、支離滅裂に近い発言するナッツェに、俺は唸りながら首を捻る。リアリストのナッツェらしくない仮説だし、もはや珍説過ぎる。そうは思いつつも、完全に「ありえない」とは言い切れなかった。なにせ殿下が俺を、いや、悔しいが、()()()()()()という現状が一番()()()()()のだ。人情にあつい殿下がぽっと出の馬鹿女にふらついて、長く付き合ってきた忠誠に燃える俺たちを遠ざけようとするはずがない。


「やっかいだなぁ。どれも可能性は限りなく低いのに、否定もできないし……」

「うーん。まぁ、とりあえずお互いしばらく調べましょう。根本的に情報が足りな過ぎるもの」

「だな」


俺たちは頷きあって別れたのだが、数日後、事態が急展開し、呑気な事は言っていられなくなった。




***





「……まずいわ。殿下の異常がどんどん悪化している」

「だなぁ。まさか婚約破棄を言い出すとはな。両陛下も呆れていたぞ」

「将来を考え直さないといけないとか言外に示唆されてたわ……」

「殿下の……将来……?」


学園の図書室の一画で青ざめた顔を見合わせた俺たちは、ぞぞぞっと走る寒気に腕をさすった。


「ど、どうにかしないと!このままじゃ殿下が廃嫡されちゃうわ!」

「どうにかって、どうやるんだよ」

「とりあえず魅了魔法を解かないと!」

「だからソレをどうやるんだって言ってるんだよ!」


角を突き合わせた俺たちは、グルルルと唸らんばかりににらみ合う。喧嘩をしている場合ではないのだが。


「お前、親とそこそこ仲良いんだろ?手は借りられないのか」

「無理ね!婚約破棄されるような出来損ないの娘をもった覚えはないらしいわよ!」


眉を吊り上げて肩を怒らせたナッツェは普段より高い声音で怒りをぶちまけた。昨日の殿下の爆弾発言から、家庭内でイロイロあったらしい。殿下も罪作りな御方である。


「殿下がユファにふらつくなんて異常よって訴えたけど、『嫉妬は見苦しいぞ。お前ももう少しそのお嬢さんを見習って女の魅力を磨くように励め』とかって一笑に付されておしまいよ!魅了魔法なんて口にしたらコッチの気が狂っていると思われるわ!」


扇子を折らんばかりにギリギリと捩じりながら、ナッツェはギッと俺を見据えてギリィと音を立てて歯ぎしりした。今日のナッツェはすべての効果音が濁っている。


「信じられる?『今のお前は醜いぞ、鏡をよく見てこい』ですって!この美貌に向かって!」

「お、おお、なるほど」


目を血走らせて吠えるナッツェは確かに怖い。だが。


「お前に女の魅力がないのは同意だが」

「なんですって!?」

「最後まで聞け!」


思わず漏らした本音にギョロッと燃える目を向けられて、俺はうんざりした気分で片手を振った。


「あのな、お前は確かに可愛げもないし性格はキツイし口は悪いしで、女としての魅力には欠ける。だが、優秀だし殿下への忠誠心は俺には負けるが誰よりも深い。殿下の婚約者として俺が認めるのはお前くらいだ」

「ユージン!さすが分かってるわね!」


前半で眉がどんどん吊り上がっていたナッツェだが、殿下に対する思いを認めれば、嬉々として握手してきた。ナッツェの殿下への思い入れの深さは俺と張る。そんじょそこらのご令嬢の()()なんてモノとは年季も違えは根性も違うのだ。それに。


「第一!ユファみたいな馬鹿であざといクソ女に殿下が靡くと思われているのが心外すぎる!お前の親は見る目がないぞ!」

「同意だわ!」


ガシッと握手する手に力が籠められる。殿下を馬鹿にする者は誰であろうと許せない、それが俺たちだ。


「ユージンの親は?」

「ハッ、あいつらは無能だ!」


深呼吸をして落ち着いた後で椅子に腰かけ直してから尋ねてきたナッツェに、俺は鼻息荒く吐き捨てた。よくぞ聞いてくれた。俺もこの不満と憤怒を吐き出さずにはいられないと思っていたところだ。


「この忠心の化身と言っても過言ではない俺を『お前がしつこくて鬱陶しいから遠ざけられているんだろう、限度というものを考えろ』だとさ!俺が殿下の異常さを説明しようとしても薄笑いで流される!さっぱり息子の話を聞く気がないんだよ。俺たちの絆を何だと思っているんだ!殿下はそんな情のない方ではないのに……!」

「なんて酷いの!ユージンの親も相当瞳が曇っているわね!」


体の中に溜まっていた憤りをすべて吐き出して項垂れていると、同情した様子のナッツェが肩を叩いてくれた。


「殿下は簡単に私たちと縁を切りたがるような不人情な方ではないわ!……まぁアナタが鬱陶しいのは私も同意だけれど」

「黙れよ、一言多いんだお前は」

「あなたもね」


先ほどより声に力のない言い合いの後で、俺たちは肩を落とした。はぁ、と何度目かのため息が重なる。親の手は借りられないという前提で考えなければならない。陛下を含め親世代は、今回の騒動を子供たちの仲違い、もしくは、遅れてきた反抗期だと思っているらしいのだ。誰も本気にしておらず、思春期あるあるで流されそうな危機的状態である。


「魅了魔法、もしくはアイテムによる効果を解除、もしくは相殺する魔法って、どこかに載ってないかしら」

「ないだろ。少なくともこんな誰でも入れる図書館の片隅にそんな情報が転がっていたら大問題だよ。安全管理が杜撰すぎるだろ」

「あーもう!ユージンの家は代々蒐集家でしょう?何か家になかったの?」

「ねぇよ。禁呪の解呪なんか、一般国民が知れるわけないだろ。王家の図書室の禁書庫なら分からないけど……お前だってまだ単なる婚約者どまりだから入れないし」

「言葉選びに棘があるのよ!そっちこそ今にも側近から外されそうになってるくせに」


チクチクと刺々しい会話が続く。ナッツェは苛立っていたし、俺も無論、激怒していた。しかし。


「やめようぜ。俺たちの敵はお互いじゃない」

「そうね」


俺たちは、殿下の輝かしい人生に穢し泥を塗りやがったユファに、はらわたが煮えくり返っているのだ。


「くぅうう、何も打つ手がないっての?殿下からユファを引き離したいのに!どうにかあの女を追放できないのかしら」

「正攻法じゃ無理だろ、今のところ表向きには何も問題は起きていないし、陛下たちは息子が色ボケしただけだと思っている。それに、そもそも魅了にかかっているなら、引き離すだけじゃ意味ないだろ」

「でも!」


ユファだって、腐っても貴族だ。正面切って理不尽な言いがかりをつけるのは、なかなか難しい。……ん?あれ?


「いや、あるだろ、あるじゃないか!そうだ、なんで思いつかなかったんだ?」

「え?なに?良い案があるならもったいぶらずに言いなさいよ!」


キョトンとした顔で呟く俺を、ナッツェが焦れたように揺さぶる。


「俺ってば良い子すぎて気づかなかったんだなぁ」

「はあ?」

「簡単な話じゃないか。術者がいなくなれば、術は解けることが多い。それが()()でなければな。そしてナッツェが魔力見分した限りで、殿下に呪はかかっていない。ほら!簡単じゃないか!」

「え?……アンタまさか」


眉を吊り上げて不快を表していたナッツェは、軽やかに続く俺の言葉にみるみる顔をこわばらせた。そして真顔で尋ねた。


()()気?」


真剣な問いかけに、俺は朗らかに笑って返した。


「おう。……あの女、消そうぜ!」




***




「ってことで、コンニチハ」

「ごきげんよう、ユファさん」

「なんなの!?急に人のこと攫って!私は殿下とデートの予定だったのに!」


不慣れな俺たちによる多少の不手際のせいで、蓑虫状態になっているユファは、動揺しながらも俺たちに食って掛かる。この状況に怯えていないのだから良い度胸である。もしくは、想像以上の馬鹿か。


「私はこの世界のヒロインよ!こんなことして、タダで済むと思わないことね!今に殿下が助けにくるんだから!」

「は?くくく、面白ぇな!」


意味不明の内容を喚くユファに失笑する。うん、タダの馬鹿だ。


「うーん、本当に馬鹿じゃん。殿下がこんな女に惚れるなんてやっぱりありえないな。何かの間違いだよ。この事実ごと消滅させるしかないな!」


快闊に一息で言い切って剣に手をかけた俺を見て、初めてユファが怯えた顔を見せる。


「ひぃっ、そんな目で私を見ないで!」

「黙れ下衆女、この刃の錆となれ」

「面白い女からの貫く発言なんて卑猥よ!あぁっ、なんで私がこんな目に!絶対に屈しないんだから!」

「何言ってんだこのゴミは」


喚く言葉の一つ一つがすべて不快だ。とりあえず不快だから切っていいよな?こいつが急に消えたら殿下が傷つくか?いや、良いだろ別に。


「何言わせたいの?あっまさか……『くっ、殺せ!』?このエロ騎士!」


うん。意味不明で不快だ。今消そうすぐ消そう。


「あははっ焦るんじゃねぇよすぐにあの世に送ってやるから安心し、イテッ!」


心を決めた俺が潔く剣を抜きかけたところで、後ろから思いっきり扇の骨で叩かれた。


「なんなのその悪役丸出しの台詞!」

「何がだよ!」


絶対にたんこぶが出来た後頭部をさすりながら、俺は後ろで呆れ顔をしている幼馴染を睨みつけた。


「この馬鹿女も殺してくれって言ってんだから人助けみたいなモンだろ?」

「ひぃいい!色んな意味で串刺しにされちゃう!!」

「アンタは過激なのよちょっと黙ってなさい!ユファさんも変なワードのチョイスはやめてちょうだい!」


先ほどからナッツェは、ユファの発言に何やら眉を寄せて考え込んでいた。だが、今は頭痛がすると言わんばかりに眉間を揉んでいる。そしてナッツェは、ため息を吐きながらユファとの間に割って入ってきた。


「ねぇ、ユファさん」


冷静な顔をしたナッツェは、縄でぐるぐる巻きにされているユファの前に屈むと静かに問いかけた。


「なんでこんな目にって、思い当たる節はないのかしら?」

「フンッあるわけないでしょ、まったく意味がわかんないわよ!」


憤然と鼻から怒りを吐き出すユファに、ナッツェは眉を寄せて何十回目かのため息をついた。


「あなたには魅了魔法で殿下を陥れたという嫌疑が駆けられているのよ」

「おぅ。おとなしく吐けば、そんなに痛い目にはあわなくて済むと思うぜ?……多分な」


ナッツェの言葉に乗っかって、俺もニヤニヤしながらユファを脅した。ついでに魔力を放って全力で威圧する。

別に王家の公認ではないので私的逮捕なわけだが、そこまで説明する必要はないだろう。もしもの時は世代最強の俺たち二人が全力で、家の力も無理矢理総動員して、こいつ本人も証拠も消滅させるだけだ。そんな覚悟で詰め寄ったのだが。


「えええええぇっ!?魅了魔法ぉおお?そんなもの知らないわよ!」


ユファは素っ頓狂な悲鳴をあげて目を見開いた。嘘とも思えないその様子に、俺とナッツェは目を見合わせてから再び転がるユファに視線を戻した。


「じゃあなんで殿下があなたに夢中なの?完全に()()()()なっちゃってるわよ」

「そんなの、私の魅力の虜になっただけでしょ?人の恋路に首を突っ込まないでよ」


ツンとそっぽを向くユファに、純粋な怒りと憎しみが湧いた。俺の殿下が、こんな馬鹿女の()()の虜になるわけねぇだろ。


「テメェ殺すぞ」

「端的な殺意やめてよ!」


感情の赴くまま率直に脅迫すれば、ユファは顔を引き攣らせた。あまり俺の神経を逆撫でしないで欲しい。このままだと予告なく愛剣を一閃させてしまいそうだ。


「さっさと吐け。魅了魔法みたいな超特級禁忌魔法をお前みたいな馬鹿が使えるとは思ってねぇ」

「じゃあ何を疑ってんのよ」


顔を歪めて吐き捨てる下品な女に、俺は苛立ちながら低い声で詰め寄った。


「魅了の魔具を使ったんだろ?今すぐ渡せ。あと入手経路も言え。じゃなきゃ殺すぞ」

「はあ?さっきから何を言ってるのよ!魔具(アイテム)?そんなの使ってないわよ!」

「「えっ」」


後ろで様子を見ていたナッツェと驚きの声が重なった。ナッツェが慌てて俺の隣にしゃがみ込む。


「どういうこと!?本当に何も使ってないなら、一体どうやって殿下とそんなに頻繁に遭遇して、()()()()()なんて……!」

「私の知識と実力の賜物よ!」


ユファは縄に巻かれたまま、地べたで自慢げに胸を張った。


「私はお金のない学生だったの!無課金で全てのルートをクリアした伝説の女子高生なんだから!」

「え?……ちょっと待って。まさかあなた」

「ナッツェ?」


ナッツェがぎょっとした顔でユファを凝視する。明らかに動揺しているナッツェに、俺は首をかしげながら目の前の女二人を見比べた。困惑と動揺の最中の俺たちの前で、ユファは堂々と謎の名乗りを上げた。


「そう!お察しの通り私は転生者よ!その反応を見るにアンタもでしょお?ちなみに前世のハンドルネームはストイック無課金女子高生・牝魂(ひんこん)アエグよ!このゲームの愛好家だったなら、聞いたことあるんじゃないの?」

「なんだそれ」


自信満々なところ悪いが俺にはまったく理解できない。馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って目を眇めた俺は剣の柄に手をかけたまま無言でユファを見下ろしていた……のだが、ナッツェは違った。


「うっそおおおおお!アエグさん!?本当に無課金だったの!?」

「そうよ!愛ある金なし女子高生はどんなゲームも気合と根性で全ルートをクリアするの!」

「すごい!それは尊敬するわ!」

「待って?なんでお前はテンション上がってるの?」


俺が突っ込むも、ナッツェもユファも聞いてはいない。地面に転がった女とその女を覗き込む女。二人の女が謎の意気投合をしている後ろで、俺は唖然と口を開いているだけだった。


「すごいすごいすご……あれ?」

「なによ」


俺には意味が分からない話で盛り上がっていたはずが、ナッツェが急に戸惑ったように首を傾げた。そしてユファの顔を覗き込む。


「でも……瞳の奥がピンクだわ。あなた今、私に魅了をかけてるわよ?」

「へ?そんなわけ……」


俺は息をのんだ。ピンクに光る瞳は、魅了魔法の発動を意味する。子供向けの絵本でも出てくるほど浸透した一般知識だ。

困惑した様子のユファの前にナッツェが手鏡を差し出すと、ユファはみるみる顔を青くした。魅了魔法の罪の重さは理解しているのだろう。


「私、魅了魔法なんか使ってないわよ!?」

「無意識に相手を()()()()()としたときに発動するのかしら?」

「オタ仲間みつけて興奮したときにも発動するってこと!?」

「そういうことじゃないかしら?」

「なにそれぇ!?」


俺の方がナニソレであるが、状況を見守る。俺の理解と知識の範囲外のことが今まさに起こっている、というのはわかったので。


「うーん、あなたは魅了魔法使いの血筋なのかしら。魔女狩りのときに絶滅していなかったのね」


驚いたわと感嘆しているナッツェの横で、ユファが絶望したように地面に突っ伏す。


「そんな……!私の魅力と努力で手に入れたと思ったのに!課金アイテムに頼っていたなんて屈辱!」

「生まれつきでしょう?課金はしていないのだし、才能と言えば才能よ」


不思議な慰めを口にしながら、ユファの背をさするナッツェの口元には面白がるような苦笑が浮かんでいる。しかしユファは耐えられないと悲鳴をあげて、ゴリゴリと額を砂地に擦り付けながら嘆いた。


「それでも嫌よ!不正ルートみたいなもんでしょ!『無課金のアエグ』の異名をとった私のプライドが許さないわ!」

「だからどういうことだってばよ!」


意味不明ながらもやけに悲痛な絶叫に、俺は耐えきれず突っ込んだ。なぜそっちなのだ。魅了魔法のヤバさは理解しているはずなのに、なぜそっちなのだ。なんだよその謎のプライド。


「えー、でも、ヒロインの自覚があるのに、なぜ魅了魔法の発現に気づかなかったの?」


砕けた口調で不思議そうに問いかけるナッツェに、ユファは項垂れながらも鼻息荒く言い返した。


「だって!私に魅了魔法があるとしたら、もっと周りに優しくされるはずでしょう!?これまで何度も殺意むけられたし!さっきも普通に死を覚悟したんだから!」

「それは仕方ないだろう」

「え?」


俺は思わず口をはさむ。そして、きょとんとした顔で眉を寄せているユファに、半分剣を抜いた姿勢のまま待機していた俺は真顔で本音を吐いた。


「いや、当たり前だろ。俺は普通に殺す気だったし」

「ひぃいいっ」

「ユージン、やめなさい。筋肉美形の真顔、()()付きは怖すぎるわ」


ため息を吐いたナッツェが片手を振って、ユファを射抜く俺の視線を散らせる。そしてユファの縄を切ってやりながら首を傾げた。


「不思議ね。あなた、平民から貴族になったわけでしょう?十分ラッキーじゃないの」

「どこがよ!生まれてこのかた親にも環境にも恵まれず放置万歳虐待上等の苦難続きだし!」

「そうだったの?そんな生い立ちの設定あったかしら」

「ゲームではあっさり流されていたけれど、わりと過酷だったんだから!」

「あらお気の毒」


縄を解き終わったナッツェは、ユファを助け起こしながら、まだ不思議そうに首をひねっている。


「でも、少なくとも学園では十分優しくされてると思うけど……」

「いやいや、なんとか貴族世界にもぐりこんだ今も、殿下以外からはバッチバチに嫌がらせ受けてるわよ!?教科書は破かれるし、二階からゴミやらバケツやら降ってくるし、階段じゃ背中押されるし、机から毒蛇は這い出してくるし!思ってたより数倍激しいんだから」


そんなに学園って治安悪かったのか?と内心多少の驚きを感じながら、俺は二人の会話を聞いていた。


「うーん?それは主に同性から?」

「えぇ!ほとんど女子からよ!陰険極まりないの!」

「……あぁ、それなら仕方ないわ」


ナッツェは顎に人差し指を置いて考えるポーズを取っていたが、ユファの返答を聞くと肩をすくめて苦笑する。


「え?どういうこと?」

「同性には魅了は基本効かないのよ」

「なんで?」


不思議そうに首を傾げるユファに、ナッツェは同級生に試験範囲を教える時のような顔で解説した。


「たしか魅了魔法って、潜在的に性的嗜好が向く相手にしか作用しなんじゃなかったかしら。そんな設定があった気がするわ」

「えええっ!?」


悲鳴をあげたあと、ユファは暫く絶句した後に悔しそうに呻いた。


「……知らないわよそんな裏設定なんて!この課金勢めぇ!」

「男子からは基本的に()()()優しくされていたはずよ?実感なかったの?」


恨めしそうに見上げてくるユファにくすくすと笑いながら、ナッツェは呆れたように尋ねた。ユファは殿下に近づくということで身分第一主義の貴族たちの不興を買いまくっているのだ。ついでに、殿下とお近づきになって愛妾の座を狙っている層のご令嬢たちからは特に評判が悪い。それなのにこんな呑気に生きている時点でおかしい。ユファに好意をもつ令息たちに、さりげなく守られているからだ。


「ちょっとはね、みんな優しいなって思ってたけど、親切の範囲内だったもの。貴族令息ってさりげなさすぎて分かりにくいのよ!」

「好感度の上げ方が足らなかったんじゃない?もう少し近づいたら、きっと口説かれてたわよ。多分周りの男の子たちも、恋する瞳になってたと思うわ」

「私が見ているのは殿下だけだもの!男子たちがどんな眼でこっちを見ているかなんて知らないわよっ」

「あら、男漁りしがちな転生者にしては一途ね」


いかにも子供っぽい主張だが、ナッツェはパチパチと手を叩いて感心だと呟いた。本気で「偉いわねぇ」などと感嘆するナッツェを前に、ユファは子供のように胸を張って言い切る。


「当然よ!私は王道ルートを愛する正ヒロインなんだもの!」

「偉いと思うわぁ、ユファさんったら、元高校生なのに、本当に立派。転生ものヒロインたちにアナタの爪の垢を煎じて飲ませるべきね」

「ふんっ、二兎を追う者は一兎をも得ずよ!」

「おいおいおいお前ら何を意味わかんねぇ話してんだよ!」


意味不明な通じ合いを見せつけられ、話についていけない俺はキレた。そろそろ説明しろ。俺は全然納得できてないぞ。


「ヒロイン?頭沸いてんのか?ってか、お前、殿下にあれだけ優しくされて、よくもまぁ図々しい。お前ごときの魅力でそんな幸運が降ってくるわけがないって気づけよ鳥頭」

「うるさいわね!ホントなんなのこの男は!」


問答無用に怒涛の勢いで罵倒を叩き込み続ける俺に、ユファは幼女のように地団太を踏んで叫んだ。


「確かに殿下は優しかったけど、魅了魔法!?そんなチートがあるなら、こんなに妨害だらけじゃなくて、もっとイージールートになってもいいでしょ!?めちゃくちゃ邪魔されたわよ!」


バシッと俺に人差し指を突き付けて、ユファは涙目で叫んだ。


「少なくともこの騎士には全然効いてないし!」

「はあ?」


不快な発言に片眉が跳ね上がる。心底馬鹿にするように見下ろすと、小動物じみた女は歯ぎしりしながら悔しそうに俺を睨み返した。


「とぼけないで!アンタが一番妨害してきてるでしょう!女の子には皆優しいスパダリ令息って評判だったのに、実際はすんごい意地悪じゃないの!」

「そういえばユージンって、ゲームではスマートな遊び人枠の人気キャラだったわね。すっかり忘れていたわ」

「学園一の腹黒クソ野郎って改名しなさいよ!虫を叩き潰すくらいの気軽さで嫌がらせしてきたくせに!」


ダンダンと地を踏み鳴らしながらのユファの発言に、ナッツェはちらりと俺を見て首を傾げる。口元にあてた手の下で、唇が愉快そうに歪んでいるのが見えた。


「こんなに嫌われるなんて、ユージンったら、罠でも仕掛けてたの?」

「ん?まぁな?」


たしかに、最近は殿下との接触機会を奪うために、そこそこえぐい罠をあちこちに仕掛けていた。気づいていたのか、コイツ意外と勘がいいな。


「私に魅了魔法があるなら、なんで殿下に近づくたびに殺されかかるのよ!アンタも私に好意的に協力しなさいよ!」

「ハンッ、お前、心底馬鹿だな」


間抜けなユファの悲痛な絶叫を前に、俺は薄く笑って吐き捨てた。まったく、馬鹿にしないでもらいたい。殿下に(あだ)なす可能性がある害虫に対して、俺の思考が狂うとでも?


「俺に魅了がきくわけないだろ」


殿下に初めてお会いして、忠誠をお誓いしてから十数年。

そんな紛い物の強制好意などに影響されるほど、ヤワな鍛え方はしていなのだ。

当たり前だろうと胸を張る俺に、ユファは困惑したように首を傾げた。そしてなぜか助けを求めるようにナッツェを見る。


「……どういうこと?」

「あーまぁ、それは、……あれよ」


ナッツェは妙に生温かい苦笑を浮かべて、ユファの肩をポンと叩いた。


「魅了魔法は()()()()には効かないってやつよ」

「マジか……!まさかのBLだったのか……!」


ガクッと膝を折ったユファは、なぜか熱っぽい目で俺を見て「嘘ォ……でも悪くない……むしろ良い」などと呟いている。キモい。しかしその様子を見て、なぜかナッツェは嬉しそうにユファの前に屈んで問いかけた。


「あら、アナタそっちもイケるの?」

「うっ、どちらかと言えば夢も嗜む腐で」

「まぁ」


ボソボソと答えながら胸を押さえて蹲るユファに、ナッツェはやけに厳かに告げた。


「あなた、積極的なピュア夢女子かつ壁になりたい助平腐女子とお見受けするわ」

「うっ、ご名答で……そちらこそ手練れのお姉様と拝見しますわ」


やけに密着した二人がぼそぼそと会話をしている。助平やら手練れやら、一体俺は何を聞かされているのだろうか。


「ええ、まぁ。私は支部で名高き貴腐人ツーカと申しますの。このゲームの二次創作ではちょっとしたものでしたのよ」

「ぅえええっ!知ってます!全年齢のやつ超読んでました!殿下総受けからのユージンヤンデレ監禁オチ最高でした!」


殿下と俺の名前が出てきて、思わずこめかみがピクリと反応する。こいつらは本当になんの話をしているんだ。監禁?俺が殿下を?殿下が俺を?後者ならいいけど、前者は普通に謀反だろ。一族郎党処刑されるぞ。


「殿下は愛されキャラだから……実際にしょっちゅう誘拐されてねぇ、おかげで昔から私もユージンも苦労が多いのよ。だからつい過保護になってしまうし、執着も増すのよねェ」

「ああああん解釈の一致!根っから天上人すぎる人を疑わないピュアピュア殿下のせいで襲い掛かる苦難!死闘を繰り広げて助け出したのに向けられるのはいつも通りの信頼に満ちた柔らかい笑顔だけ!耐えかねた青年はついに……っ的な!?思いが通じなくて報われなくて病んじゃうユージン大好きです!」

「ぁあ?ちょ、おい待てコラ」


鼻息荒く語り合う二人に、俺は眉間に青筋を立てて割り込んだ。


「おい、なんか俺の純粋な忠誠が穢されてる気配がするんだが?」

「「BLは穢れじゃないわ!?」」


アルトとソプラノの綺麗な二重奏に、俺はあきれ果てて突っ込んだ。


「さっきまで敵対していたはずなんだけど、なんで気が合ってんの?」

「聞き捨てならないことを言うからよ!」

「そうよ、ユージン、今のはいけないわ」


うんざりとため息を吐く俺に向かって、ナッツェはツンと澄ました顔で、なぜか淡々と諭してきた。


「いくら信仰の自由があるとは言え、人の宗教を貶してはならないと思うわ。それは宗教戦争に発展するわよ」

「そうよ!人の『好き』を否定するな!嗜好の自由を守れ!」

「お前らなんなんだよ」


付き合いきれない。俺は胸の中を空にするほど深く息を吐いた。すっと吸い直した空気は冷たくてうまい。少しだけ改善された気分は、続くナッツェの言葉とねっちょりとした笑みにまた汚された。


「まぁ安心なさい、私はユージンの愛は純粋な主従愛だと分かってるわよ?ええ」

「ひいっ、こんなに執着してるのに、まさかのプラトニック!?」


ヒイヒイ呻きながら崩れ落ちて泥を揉みしだいているユファの奇行に俺はドン引きしていた。しかし、ナッツェは不気味な笑みをかみ殺しながら、服の汚れも気にせず隣に膝をつく。そして、赤く染まった耳元に囁いた。


「ええ……前は『俺たちこそ至高の関係』とか、ふざけたこと抜かしてんじゃないわよと思ってたけど、ふふ、前世思い出してからはわりと()()()がね……」

「わァ……ぁ……」

「んふふふふ、良いわよぉ?あなたも()()()にくる?」

「ぁ……ぁ……」

 ガンッ


顔をなくした妖怪のように両手で頭部を抱え込んでいるユファと、それを面白そうに突くナッツェ。俺は愛剣を力いっぱい地面に突き付けると、額に青筋を立てながら低く吐き捨てた


「黙れ性悪、馬鹿女」

「んふ、ごめんなさい。調子に乗っちゃったわ」

「……ごめんなさい、ご本人の前で……マナー違反だったわ……」


ペロリと舌を出すナッツェを小突き、赤い顔で謎の謝罪をするユファをげんなりした顔で見る。もうこの話はいい。話を戻すべきだ。


「それで、原因はわかったけど、どうするんだよ」

「術者本人も無自覚な魅了魔法って、どうしたらよいのかしらね」


ふりだしに戻ってしまった大問題に、俺たちがため息をつきあっていると、ユファが気軽な調子でひょいと手を挙げた。


「あー、たぶん大丈夫です」

「え?あなた知ってるの?」


驚く俺たちに、ユファはあっけらかんと言った。


「はい。前世でクリアした同シリーズの隠しルートにヒントがあって。多分、魔法が通りにくい曇煙硝子の眼鏡をつければいいんだと思うんです。魅了魔法のアイテムをその硝子ケースにいれて保管して悪役令嬢からの攻撃を避けるってのがあったので」

「……さすが無課金全制覇で名を鳴らしたアエグさんね」


感心したように吐息をつくナッツェの横で、俺はやっと降ってきた解決策にひたすら喜んだ。


「へぇ、よくわかんねぇけど、試す価値はありそうだな。大至急手に入れるよ」

「硝子はあなたの家のお家芸だものね。お願いするわ、ユージン」

「任せとけ」


これで俺の殿下が戻ってくるかもしれないんだからな。気合入れて最速で準備するさ。





***




そして、半月後。


「あーもうやってらんないわ!まさか本気で婚約破棄されるなんて。婚約者からお友達に格下げよ!」


学園の片隅の東屋で、俺はナッツェと軽食をとっていた。俺たちはさきほど、隣国の使節団との会食がある殿下を送り出したところである。


「破棄ってか破談だろ?しかも王家有責で。相当気を遣われてるじゃないか」

「王子様に捨てられた令嬢よ?安売り札を貼られたようなもんよ!今更イイ男なんて残ってないし」


やさぐれでいるナッツェに、俺は呆れてため息をついた。随分と情のない発言じゃないか。


「もう男漁りかよ。殿下にべた惚れだったくせに、なんだよお前。そんな酷い女だとは思わなかったぞ」

「そう言われると心苦しんだけどね」


諦念を抱きつつも俺は睨みつけるように言った。すると、ナッツェは気まずそうな顔で頬を掻く。昔なら見られなかった素直な表情と品のない仕草に、幼馴染があの時から変わってしまったことを実感した。


「前世思い出してからはなんだか恋というより愛なのよ、殿下に抱く感情が母性なのよ」

「……ふうん?」


殿下を見る眼差しと俺への態度の変化で察してはいたが、今のナッツェに激しい感情はないらしい。十数年戦い続けてきたライバルの変化は、何とも言えず切ないものがあった。俺と殿下を取り合っていたナッツェはもういないのだ。


「この世で一番尊く愛おしい御方であることに変わりはないけれど、ぬくぬくした場所で幸せにお暮らし頂きたいってのが一番になっちゃって……なんか、私が隣にいなくても良いかな?ってなっちゃってるのよ。もちろん臣下としては全力でお支えしお守りするつもりではあるけどね!」


気まずさを誤魔化すためか、ナッツェは滔々と言い訳を語っている。俺は深いため息を吐いて空を見上げた。妙に晴れ晴れとした顔のナッツェと同じように、空も青々と晴れ渡っている。なんとも言えずいらっとして眉をひそめた。コイツは殿下の()を、簡単に捨てるらしい。


「ふぅん?よくわからねぇな……妃なら、一番近くで守れるのに」

「まぁそれはそうだけれど。……ん?一番近くで守れる?え、なにどういう意味」


ぽつりと漏らした言葉に妙に食いつかれて、俺はふんと鼻で笑った。気だるい気分で膝の上に片肘をついて、掌に顎を乗せる。こんなだらしない格好をしても、今のナッツェは小言を言うこともないのだ。


「そうだろ?王妃なら王宮のなかでも私的空間でも出入りし放題だし、寝台の上でも守れるだろ」

「それはそうだけど……寝台……ぅ、ちょっと昔の習性がうずいちゃってダメだわ。これ以上ユージンは不用意に喋らないで」

「なんだそれ。同じ墓に入って死んでからもお守りできる権利をお前は手放したんだろ。もうお前は俺のライバルは名乗るな」


下から睨み上げれば、なぜか頬を染めたナッツェが胸を押さえて悶えていた。


「ちょ、お願い、オーバーキルよ、もうこれ以上は……っ」

「なんだよお前……きしょ」

「ああっ、見つけた!」


目を細めて俺が吐き捨てたところで、遠くから呑気なはしゃぎ声が聞こえてきた。聞き覚えのある甲高い声だ。


「お姉様ァ〜新作書いてきまし……あらユージン様いらしたの」

「おぅ。てかお前ら仲良くなりすぎじゃないか?」


目を丸くして、当たり前のような顔でナッツェの隣に座るユファと、自然に席を詰めるナッツェに俺は呆れて天を仰ぐ。


「ユファは一応婚約破棄の原因だろうが。ちょっとは思うところあるだろ」

「うーん、ないとは言わないけど、今となっては仕方なかったかなぁというか、あれも運命かなとか」

「お前そんなに物分かりが良い奴だっけ?」


じろりと睨みつけると、ナッツェは誤魔化すように軽く咳払いをして笑った。何を隠しているのやら。


「んん、まぁそれよりもね、同好の士を見つけるのって難しいのよ。で、新作?見せて見せて」

「ここではちょっとぉ」

「ぐねぐねすんな、気色悪い」


いそいそとユファに近づくナッツェと、照れた顔でチラチラわざとらしく俺をみてくるユファ。本当に苛立たしく鬱陶しく腹立たしい。なんだこいつら。


「きゃっ、冷たいのもアリ!」

「俺はお前はナシだよ」


氷点下の眼差しできゃぴきゃぴとはしゃぐユファを睥睨したら、なぜか急に表情を消したユファに凄まれた。


「当たり前じゃないですかあなたは殿下一筋でしょう変な事言わないでください」

「怖、なんで真顔?」

「違うんですか?」

「そうだけども」


真顔で迫ってくるユファに頷けば、急に満面の笑みになって何度もうなずかれる。


「それでいいんですよ」

「おいナッツェ、なにこいつ」


おそらく状況を唯一把握しているナッツェを突いて尋ねれば、淡い笑みで首を振られた。


「本格的に目覚めただけだから気にしないで」

「は?」

「あなたたちの日常がナチュラルに()()すぎるのがダメなのよ。罪な人たちね」

「ホントなんの話?」


しかもなぜか俺のせいにされて納得できない。こいつら本当に意味が分からない。あきらめてティーポットから注いだ紅茶を一気飲みする。冷めてるがうまい。やはり茶葉はうちの領のものが国で一番だ。今年のものは特に出来がいい。ぜひ殿下にも近々飲んでいただこう。


「でもナッツェお姉さま、本当にいいんですか?」


くねくね動くのをやめたユファが、当たり前の顔で自分にも紅茶を注ぎながらナッツェに尋ねる。


「婚約者選びからやり直しなのは殿下も同じなんだし、今から頑張って殿下の愛を狙えばいいのに」

「もういいのよ」


クッキーを三枚まとめて摘まんだナッツェが苦笑した。


「殿下ったら、自分が魅了魔法に負けたって、ずいぶんと責任感じてらっしゃったし。この十年で女として愛されなかったのよ?今から愛するように()()()()()、ってのも可哀想じゃない」

「お前、そんな謙虚なこと言うタマだったか?」


なんとなく納得しきれない思いで野次を飛ばせば、ナッツェは俺の言葉に煽られることもなく静かな表情で肩をすくめた。


「んー。いやね、一からやり直しましょうねって言ってはみたのよ。でも泣きそうなお顔で『君はちゃんと愛してくれる相手と結ばれるべきだ』とか言われちゃったし」


コロンコロンと三個の角砂糖をカップに放り投げて、ナッツェは片眉をあげておどけるように笑った。


「私は妹みたいなもので、そういう目で見れないらしいわよ。むしろ年下のくせに生意気よね」

「ウケる、敗北宣言じゃん」

「そうかもね。……ま、とりあえず今回のことのおかげで、一つはっきりしたわ」


俺の 皮肉も受け流し、ナッツェは妙に晴れ晴れとした顔で笑った。


「殿下から私たちへの愛は魅了魔法に負ける程度のものだったってことよね」

「…………くぁー切ねぇ!」


攻撃力が高すぎる言葉に、俺はテーブルに突っ伏して項垂れた。そうなのだ。俺との主従愛も友情もすべて負けたのだ。ユファの無意識の魅了魔法に。俺たちに結ばれていたのは真実の絆ではなかったのだ。つらい。そのことに気づいた日は、悔しすぎて王宮外苑を五百周した。


「フンッ、情けないわね!私は違うんだから!」

「は?急にどうしたお前」


諦念と受容のしっとりとした空気がおちていた空間に、突如ユファの大声が割って入る。俺は顔を上げて目を眇めた。


「弱気な事を言ってる負け犬同士つるんでなさいな!私が殿下と結ばれてあげるから」

「あなたは一番ありえないわよ、あなたとの関係は魅了魔法の効果でしょ」


本気にしていないナッツェがケラケラ笑っていなせば、ユファは胸を張って続けた。


「魔法でも愛は愛よ!今でも殿下とは仲良くさせていただいてるし、ガチ・シンデレラルートもアリよね!眼鏡つけた私が殿下を堕とせたらそれはもう真実の愛よ!」

「ありえない話はやめなさいな」

「やっぱり一回殺すか」


さすがに眉をひそめたナッツェの横で、俺は腰に手をやって得物を確認した。今日も愛剣の手入れは万全である。


「ひいいいっ!ちょっとした冗談じゃない!元気づけようとしただけじゃないの!善意に殺意を向けないでよ!」

「五月蠅い」


俺は眉間に深い渓谷を刻みながら吐き捨てた。こいつさえいなければ俺の日常は変わらなかったはずなのだ。それを思うと新鮮に怒りがわいてくる。


「俺の殿下の輝かしい道を魅了で狂わせた罪は重い。殿下が許そうとも変わらない。お前の罪は今すぐ償わせる。この場でな」

「びゃあああああ!来るな来るな!」


淡々と言いながら抜身の剣を片手に迫る俺を、ナッツェが扇一本で押しとどめる。


「剣を抜かないのユージン!落ち着きなさい!殺気もしまって!」

「ふぎゃああああ!刃がこっち向いてるぅ!」


尻尾を丸めた小動物のように縮こまったユファが、奇天烈な悲鳴をあげたが、俺は眉ひとつ動かさずに告げた。


「殺す気になっているから無理だな。さあ死をもって償え」

「もうヤダ!アンタのテンション乙女ゲームに似合わないのよ!」

「黙れ馬鹿女」


俺はユファの首筋に剣を押し当てて笑った。


「ゲームなんか知るか、これは現実なんだよ」

「ぎゃああああああ刃が首に当たって冷たいぃいいいいッ」

「まったくもう。喧嘩ばっかりして、平和ねぇ」


呑気な声で言いながら、ナッツェはうっかり俺の手が滑って学園で血が流れないように、鋼鉄製の扇を刃と首の間に滑り込ませた。


「あなたたち、そろそろ落ち着きなさいな」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしたユファが命乞いするのを眺めながら、片腕で俺の剣と張りあい、含み笑いで優雅にお茶をすするナッツェ。女ながらに見事だ。こいつはやはり俺のライバルに相応しい。


「お前やっぱり敗者復活戦に行ってこいよ」

「私と殿下を取り合ってきたくせに、敵に塩をおくるの?あなたって変わった人よね」


面白そうに言うナッツェに、俺は苦々しく顔をゆがめて吐き捨てた。


「殿下を預けるのにふさわしい女が現れないんだよ」

「おほほ、まぁそうでしょうね。私ほどイイオンナはこの国にはいないもの。殿下たちもどうするつもりかしらねぇ」


そう笑った後で、ナッツェは何気なくぽつりと言った。


「まったく、あなたが女ならよかったのにね」

「……ん?」


なるほど?

言われてみればたしかに。俺ほど相応しい人間はいないのではないか?難点は男であるという一点だけだ。ってことは。


「性転換魔法でも探すか……?」


零れた思い付きの一言に、女二人は目を見開いて俺を凝視し、そして叫んだ。


「「えぇッ!?」」

「え?」


なんでこんなに目を輝かせてんのこいつら。怖。

ユファは「ゆるふわ」、ナッツェは「つえぇな」、ユージンは「友人」です。

三つ巴になって王子を取り合うオチにする予定が、なぜか仲良くなって終わりました。平和。乙女の解決法です。


もう少し短くきゅっとまとまったお話が書けるようになりたいので、また練習します。

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― 新着の感想 ―
いやこれはBLであれよ逆に!!! 激重感情バディ物でありがちな【プラトニックな方が恐い】パターンじゃないですか!!!
見たことの無い展開とオチでした、面白かったです! 序盤で匂わされたBL、魅了魔法をめぐる推理&共闘ものへ発展したと見せかけて中盤で突如ログインする貴腐人、殿下置いてけぼりの展開にドキドキが止まらなかっ…
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