終末世界を神さまと〜ショタとケモミミ神さまの旅記録〜
反応次第で続きを書こうかと思います!
あの日、世界がキミと巡り合わせた。
※※※
陽の光が水面に反射し、鮮やかな青が一面に広がっている。
倒壊したビル群に打ち付けるさざ波をBGMに、年端も行かない少年が一人。ビルの縁に座り、釣り竿を垂らしていた。
命の気配はない。竿を揺らすのは爽やかな潮風だけ。
しかし少年は静かに竿を握って、その時を待っていた。
「……!」
ピクリと竿が揺れた。それはこれまでの揺れとは異なる命の揺らぎ。
少年は一気に竿を上げた。すると、糸の先には少年の手ほどの大きさの魚が食い付いていた。
※※※
バケツの中で元気に泳ぐ魚を連れ、少年は今日の拠点へと帰ってきた。
「おうユタ。どうじゃった?」
拠点で火の番をしながら出迎えたのは、人とは異なる風体をした女だった。
頭頂部に二つある大きな狐の耳に、オレンジ掛かった赤と白のコントラストが美しいモフモフの大きな尻尾。巫女を思わせる格好も相まって、それはまさに妖狐と呼ぶに相応しい姿だ。
そんな女の問いに、ユタと呼ばれた少年は腰に手を当て、ムフーと鼻から息を吐いて、自慢気にバケツを突き出した。
「どれどれ? おぉ、これは……。まぁ……何とも小さな魚じゃのう」
ユタの自信満々の様子とは異なる成果に、女の声は尻すぼみに小さくなっていく。
女の大きな耳が垂れた様子を見て、ユタは大きく頬を膨らませた。
「何だよ! 頑張って釣ったんだぞ!」
怒るユタに、女は小さく笑う口を手で隠す。そして怒る少年の頭を優しく撫でた。
「冗談じゃよ。よく釣ったのぉ。今夜はこの魚がメインディッシュじゃ」
「ふふん。やっぱりそうだよね。ココンだったら一匹も釣れないよ!」
おだてられて気分が良くなったのか、ユタは誇らしそうに鼻を掻く。
チョロいなと思いつつも、ココンは態度には出さず、にこやかにその様子を見守った。
「これはね、塩焼きにするんだ。ココンにも食べさせてあげるからね」
「そうか? 嬉しいのぉ。でもまだ夕飯には早いからのぉ。どうじゃ? 一泳ぎ行くか?」
「うん! 行く!」
ココンの提案にユタは満開の笑顔と共に飛び跳ねた。すると足がバケツに当たり、水が飛んだ。
ユタは揺れるバケツを慌てて押さえた。そして中身を確認するとホッと胸を撫で下ろす。
「良い水浴びの場所を見つけてな。ほれ行くぞ」
「待っててね。また後で来るから」
魚に別れを告げると、まるで返事をするかの様に魚が跳ねる。
「ねぇ、待ってよー」
ユタは先に歩み始めたココンを追って、走った。
※※※
殆どの建物が倒壊し、それらが連なって不安定な道となっている。
二人は慣れた様子で、その道を進んで行く。
「そこ踏まんようにの」
ガラス面や大きなひび割れのある箇所を避け、二人は目的地へと向かう。
そして五分ほど歩いて行くと、倒れたビルに囲まれた底のない湖が現れる。
「どうじゃ綺麗じゃろ。ちなみにここは真水じゃからな。しょっぱくないんじゃ」
そう言うと、ココンはおもむろに服を脱ぎ始めた。
すると収められていた豊満な体が露わになる。
「わわわ! 何してんのココン!」
ユタは見ないように、赤らめた顔の前に手を出した。
しかしココンは恥じらう様子を一切見せず、胸を張る。
「何を一丁前に気にしとんじゃ。ほれ、さっさとユタも脱がんか」
まるで追い剥ぎ。ココンはユタを捕まえるとポポイと服を脱がせた。
「うぅ……。ひどいよ」
「なーにがひどいよじゃ。だーれも見とらんのに何を気にする必要がある」
「ボクだって男だぞ!」
恥部を隠し、涙目で怒るユタを見て、ココンはプッと嘲笑った。
「ガキンチョが生意気な」
「うわっ!」
そしてユタを湖へと突き飛ばした。
ドボンッと盛大に水飛沫が上がる。
慌ててユタが水面に顔を出すと、続けてココンが目の前に飛び込んできた。
すると先程よりも大きな水飛沫が上がり、ユタは波にのまれる。
「ぷはぁ!」
顔についた水を拭い、ユタが目を開くと、ココンがニッと嬉しそうに笑っていた。
「どうじゃ? 気持ちいいじゃろ」
ココンの求めている返事は分かっていた。しかし敢えてユタは沈黙で返した。
「何じゃ、怒っとるのか?」
そしてココンが近付いた次の瞬間、ユタはおもいっきりその顔面に水を掛けた。
「どわぁ!?」
突然の攻撃でココンが水の中に倒れる。
それを見て、ユタはしめしめといった様子でニタッと笑った。
「やりおったな!」
水掛けの応酬が始まった。
「やめてよ!」
「まだまだ!」
お互い何も気にせず全力ではしゃぐ。
その姿は今のこの世界では最も尊い光景の一つだっただろう。
そうして満足しきるまで遊び切ると、二人はぷかぷかと空を見て黄昏れていた。
「空というものは美しいのぉ」
「そうだね」
雲一つない真っ青な空だ。さしずめ二人はそこに現れた気ままな流れ雲。
底に沈んだガラス片を反射して輝く宝石の空を漂っていた。
※※※
散々遊んだ後にやることは一つ。
拠点に戻ってきた二人は、消えかけていた火を燃やし、夕食の準備に取り掛かっていた。
「ねぇココン……。魚、死んじゃってる」
バケツを覗いたユタは悲しそうに言った。
「仕方ないの。バケツの中じゃ空気がなくなる。生かしておきたかったら水の流れがある場所に入れておくべきじゃったな」
しかしココンは分かっていたように返事をした。
そして力なく浮いている魚を手に取り、近くに置いてあるリュックを漁る。
「申し訳ないと思うんじゃったら、せめてちゃんと食べてやるんじゃな」
「そうだね」
簡易なテーブルの上にあるまな板に魚を置くと、ココンは包丁を取り出した。
「ほれ。ユタ、捌いてみい」
「ボクが?」
「当たり前じゃろ。お主が釣った魚じゃ。最後まで責任を取らんか」
「出来るかなぁ」
不安げな表情をするユタ。しかしココンは差し出した包丁を引かない。
「安心せい。儂がサポートしてやる」
「分かったよ。やってみる」
上手く出来る自信はない。けれど、最後までその命に責任を持つことが大切だとユタも理解していた。
覚悟を決めて包丁を受け取ると、ユタは魚と向き合った。
「よいか? まずは芽を取るんじゃ。身を削りすぎないようにの」
「分かってるよ」
魚の身体には【芽】と呼ばれる紫色のイボが何個も付いている。
それは生物にとっては有害なもので、食べてしまうと体調を崩してしまう。ただし、ジャガイモの芽みたいなものなので、しっかりと取り除けば問題はない。
ユタは慎重に包丁を入れ、芽を取り除いていく。
そうしてココンのアドバイスを受けつつ、全ての芽を取り除くと、大きく身の削れた魚だけが残った。
「どう?」
「上出来じゃ。しかし結構量が多かったのぉ。ま、今のご時世、生きたものが食せるだけでも感謝せねばならんか」
ココンは薄くなった魚を取ると、火元の上に置いてあった金網型の台に載せる。
続けてそこに、以前見つけた缶詰を二つ並べた。
時間が経つにつれて、缶詰のコトコトという音と魚の香ばしい匂いが食欲を刺激して、口の中に唾液が溜まってくる。
「そろそろかの」
ココンは熱さなんてどこ吹く風といった様子で魚の尻尾を手掴みすると皿に移す。
そして高温に熱せられた缶詰も容易く手に取ると、ユタと共にテーブルへと移動した。
「さてと。今日のご飯は豪華じゃな」
「いいの? この缶詰珍しいやつなんじゃないの?」
テーブルに並ぶのは、ユタの釣った魚の素焼きに合成肉の缶詰。普段の食事が硬い乾パンばかりなことを考えると、魚は除いたにしても、あからさまに豪華だった。何かあったのかと勘ぐってしまう。
それ故の質問。しかしココンは変わりなく答える。
「良いか。形あるものはいつかなくなる。そしてそれは儂らもじゃ。確かにこの缶詰は貴重じゃ。だがな、だからといって後生大事にしまっておいて、その結果食べられずに死んだら、ただの阿呆じゃ。だから儂は今日、食べるべきじゃと判断した。まぁそれに、今日はユタが初めて一人で魚を釣ってきたからの。その祝いというのが本当の理由だがのぉ」
「祝いって。そんなすごいことじゃないよ」
ユタは謙虚な姿勢を示した。実際、魚を一匹釣ったことなんて盛大に祝われることでもない。
だがココンの考えは違った。
「何を言っておる。祝いごと、祭りごと、人生を楽しく生きるためには必要なことじゃ。そういったことのない人生というのは次第に空虚になっていく」
「別にそうは思わないけどなぁ」
「ほう」
ユタは納得する気配はない。そんな様子を見て、ココンは意地悪げな顔をする。
「ならこの缶詰は全て儂が食べてもよいということじゃな?」
「あ! そんなこと言ってないじゃん!」
「もう遅いわ。お主は自分が釣った魚でも食べ取れ」
そう言うとココンは缶詰に手を伸ばした。
「だめ!」
するとユタがその腕にしがみついて阻止してくる。
薄っすらと涙を浮かべる姿を見て、ココンはわざと申し訳なさそうな態度を出して謝る。
「冗談じゃ。一緒に食べような」
「うん……」
若干不貞腐れた様子を見せるユタに、ココンはいじらしさを覚えつつ、フォークを渡した。
「ほれ。それじゃあ手を合わせて」
ココンの前には缶詰一つ。ユタの前には缶詰と魚を置いて、手を合わせる。
そして二人は同時に「いただきます」と、今日の食事に感謝を示した。
しかしまぁ子供というのは単純なもので、食べ始めるとそれまでの不機嫌など、たちまち消えていく。
「おいしいね」
なんてはにかみつつ、二人は食事を楽しんでいった。
※※※
食事を終えた頃には、夕焼けが一帯を照らしていた。地平線の彼方に沈みゆく太陽が二人を導く様に、オレンジの道を作り出している。
「綺麗だね」
「そうじゃの。こんな世界だからこそ見れる景色というやつじゃろうな」
そんな幻想的ともいえる光景を、二人は胸に刻みつつ、どこか悲しげな心持ちで眺めていた。
「明日は誰かに会えるかな」
「会えるといいのぉ」
二人の行く末は星のみぞ知る。
安住の地を求めて、二人は歩み続けるのだった。