第15話 クリティカルエラー:歩美に恋人の影?
恋愛マッチングAI開発中止から一週間後。
俺──田中優太は、研究室でバランスの取れた生活を送っていた。
修論の進捗も順調で、静香との関係も良好。高橋先輩も恋人ができて幸せそうだ。
「平和だな……」
そう思った矢先、研究室の扉が勢いよく開いた。
「優太! 大変だ!」
大輔が慌てた様子で駆け込んできた。
「どうした?」
「石倉さんに彼氏ができたらしい!」
「……は?」
大輔の言葉に、俺は一瞬理解できなかった。
「歩美に恋人?」
「ああ。さっき学食で、見知らぬ男と楽しそうに話してるのを見たんだ」
「見知らぬ男?」
「背が高くて、なんかイケメンっぽい奴。石倉さん、すげー嬉しそうだったぞ」
俺の心に、予想外の感情が湧き上がった。
「……そうか」
嫉妬? いや、違う。これは何だろう。
歩美への恋愛感情は既に過去のものだった。今は静香を愛している。
でも、なぜかモヤモヤする。
「お前、まさかまだ石倉さんのこと……」
「違う。俺が好きなのは静香だ」
「じゃあ、なんでそんな顔してんだよ」
「分からない……」
俺は自分の感情を分析しようとしたが、うまくいかなかった。
昼休み、研究室に戻ってきた歩美を観察してみた。
確かに、いつもより表情が明るい。
「田中先輩、お疲れさまです」
「お疲れさま。……調子良さそうだな」
「そうですか?」
歩美は少し頬を赤らめた。
「実は……」
「実は?」
「えーっと……その……」
歩美は言いにくそうにしていた。
「もしかして、恋人ができた?」
俺の直球な質問に、歩美は驚いた。
「え!? どうして分かるんですか?」
「まだ恋人というか……お付き合いを始めたばかりで」
「そうか。おめでとう」
「ありがとうございます」
歩美は嬉しそうに微笑んだ。
「どんな人だ?」
「他の大学の方で、文学部の院生です」
「文学部……」
「はい。読書会で知り合って、それから……」
歩美の話を聞いていると、その人はとても素敵な人のようだった。
「良かったな、歩美」
「ありがとうございます。田中先輩も山田さんとお幸せそうで」
その日の夕方、俺は図書館で静香にこの話をした。
「石倉さんに恋人ができたんですね」
「ああ。なんだか複雑な気分だ」
「複雑?」
「嫉妬じゃないんだ。でも、何かモヤモヤする」
静香は少し考えてから言った。
「もしかして、『寂しい』んじゃないですか?」
「寂しい?」
「はい。今まで田中さんにとって特別だった人が、他の誰かにとって特別になった」
静香の分析は的確だった。
「つまり……」
「独占欲とは違う、『自分だけが知っていた人』を失った寂しさだと思います」
翌日、今度は大輔から驚きの報告があった。
「俺も恋人できた」
「マジで?」
「ああ。バイト先の子」
大輔は嬉しそうに話した。
「でもさ、お前の恋愛アドバイス受けたいんだ」
「俺の?」
「そうそう。お前、今や研究室の恋愛マスターじゃん」
いつの間にか、そんなポジションになっていたらしい。
その週から、研究室の恋愛相談が増えた。
「田中先輩、プレゼント選びを手伝ってください」
「田中くん、彼女との会話が続かないんです」
「優太、デートプランを一緒に考えてくれ」
俺は忙しくなった。でも、悪い気分じゃなかった。
「みんなの恋愛がうまくいくのは嬉しいな」
静香に話すと、彼女は微笑んだ。
「田中さん、人のことを考えるのが好きですね」
「そうかもしれない」
そんなある日、歩美が俺に相談してきた。
「田中先輩、実は相談があります」
「どんなことだ?」
「恋人との関係で……」
歩美は少し困ったような表情を見せた。
「彼、とても素敵な人なんですが、文学の話ばかりで……」
「文学の話?」
「はい。私も文学は好きですが、時々話についていけなくて」
「つまり、知識の差を感じるということか?」
「そうです。彼は本当に博識で、私なんて……」
歩美は自信がなさそうだった。
「歩美」
「はい?」
「君は心理学のエキスパートだろう?」
「それはそうですが……」
「なら、君の専門分野の話もすればいい」
俺は歩美にアドバイスした。
「お互いの得意分野を教え合えば、より深い関係になれるはずだ」
気がつくと、研究室の人間関係は複雑になっていた。
- 高橋先輩:後輩と交際中
- 大輔:バイト先の彼女と交際中
- 歩美:他大学の院生と交際中
- 俺:静香と交際中
「まるで恋愛ドラマみたいだ……」
そして俺は、なぜか全員の相談役になっていた。
「田中さん、最近忙しそうですね」
図書館で静香に言われた。
「みんなの恋愛相談で」
「みんな田中さんを頼りにしてるんですね」
「そうかもしれない。でも……」
「でも?」
「自分の恋愛で手一杯な気もする」
静香は笑った。
「でも田中さん、人の相談に乗ってる時、とても楽しそうです」
「そうかな?」
「はい。きっと向いてるんですよ」
しかし、平和な日々は長く続かなかった。
「優太、大変だ!」
またも大輔が慌てて駆け込んできた。
「今度は何だ?」
「高橋先輩の恋人と、石倉さんの恋人が知り合いらしい」
「知り合い?」
「しかも、なんか複雑な関係みたいで……」
俺は頭を抱えた。
「研究室の恋愛相関図が、さらに複雑になってしまった……」
その夜、俺は考えていた。
「俺が相談を受けたせいで、みんなの恋愛が絡み合ってしまった?」
しかし、よく考えてみると、これは自然な流れかもしれない。
同じコミュニティにいれば、人間関係が複雑になるのは当然だ。
「システム管理者として、どうバランスを取るべきか……」
「田中さん、あまり責任を感じすぎないでください」
静香が俺を慰めてくれた。
「でも、俺が相談を受けたから……」
「みんな大人です。自分で判断して行動してます」
「そうかな?」
「田中さんはただ、相談に乗っただけです。結果は本人たちの責任ですよ」
静香の言葉に、俺は少し楽になった。
「それより」
「ん?」
「田中さん自身の恋愛も大切にしてくださいね」
静香は微笑んだ。
「人の相談に乗るのも大切ですが、私たちの時間も大切です」
「そうだな。ありがとう、静香」
俺は彼女の手を握った。
「君がいてくれて本当に良かった」
翌週、研究室の恋愛問題は自然に解決した。
みんなそれぞれ、自分たちで答えを見つけていた。
「やっぱり、恋愛は当事者が解決するものなんだな」
俺は改めて理解した。
そして歩美も、彼氏との関係で新しいバランスを見つけたようだった。
「田中先輩のアドバイスで、彼との会話が楽しくなりました」
「良かった」
「ありがとうございました」
歩美の笑顔を見て、俺は満足した。