第7話 穴の向こうの儀式
夜。
彼はいつものように壁の穴に身を寄せていた。
だが今夜は、息をひそめる自分の心臓の音すら大きすぎて、誰かに聞かれてしまいそうな気がした。
穴の向こうでは、彼女がロウソクを並べていた。
部屋の灯りは落とされ、炎の揺らめきだけが彼女の肌を赤く染めている。
その姿は、ただの官能的な一幕に見えながらも……どこか儀式的で、不吉な匂いを漂わせていた。
「……見てるんでしょう?」
囁きが穴越しに届く。
彼女は背を向けたまま、ゆっくりとワンピースの肩を落とす。
白い布が滑り落ちる音に混じり、もう一つの気配が部屋に立ち上る。
低い声が、重ねるように響いた。
「足りない……もっと、見せろ」
彼の背筋を冷たい汗が伝う。
その声は、あの昼に見た“男”のものか?
それとも——この世のものではない“何か”なのか?
彼女はベッドに横たわり、両手を広げる。
炎に照らされ、艶めく肌。
だがその表情は甘美というより、どこか陶酔しているように見えた。
「だからお願い……最後まで、見ていて」
彼女の声は甘い誘いのようでありながら、祈りにも似ていた。
穴越しに目を逸らすことができない。
欲望と恐怖が混じり合い、彼は気づいてしまう。
——これは、彼女と自分だけの関係ではない。
覗き続けることで、“何か”を招き入れてしまう。
そして炎が強く揺れた瞬間、穴の奥で“こちらを覗き返す別の眼”が現れた。