第6話 昼の影
昼下がり、珍しく彼は在宅していた。
安アパートの薄い壁越しに、彼女の笑い声が聞こえてくる。
夜とは違う、明るく軽やかな声。
まるで昨夜の妖しい囁きなどなかったかのように。
彼は窓辺に立ち、ふと外を眺めた。
その瞬間、視界の端に“異変”を捉える。
——彼女の部屋のドアが、静かに開いた。
出てきたのは、見知らぬ男。
細身で背が高く、帽子を目深にかぶっている。
顔はよく見えない。
だが、出てきたときの足取りは妙に重たく、影のように薄暗い印象を残していた。
男は辺りを見回すと、彼と目が合いそうになり、すぐに顔を逸らした。
そして何事もなかったかのように階段を降りていった。
胸の奥がざわつく。
——昨夜、穴の向こうで聞こえた“もうひとつの声”。
あれは、彼だったのか?
それとも……。
数分後、彼女がドアを開けて姿を現した。
まるで何事もなかったように、微笑みながら外出していく。
しかし彼には、その笑みがどこか“演じられたもの”にしか見えなかった。
昼の光に照らされたはずの彼女の背中が、不思議なほど暗く見える。
彼の胸の鼓動は速くなる。
「見てはいけないものを見てしまった」
そんな直感が、全身を支配していた。