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第5話 壁の向こうの声
その夜も、彼は例の穴へと吸い寄せられるように身を寄せた。
暗がりの中、彼女の部屋からは微かな灯りが漏れている。
鏡台に座り、薄布のような寝間着を纏った彼女は、わざと背をこちらに向けるようにして、肩越しに笑った。
「……今日も、見てるんでしょう?」
その挑発に、彼は喉を鳴らすしかなかった。
だが次の瞬間——。
部屋の奥から、もうひとつの声がした。
低く、かすれた声。
「……まだ、足りない」
彼は息を呑んだ。
今のは……誰だ?
彼女の声ではない。
だが、彼女は動じる様子もなく、むしろ嬉しそうに目を細めて囁いた。
「聞こえたでしょう? だから、見ていてね。全部……」
彼女はランプの明かりを落とし、部屋はほとんど闇に沈んだ。
だがその暗闇の奥で、確かに“もうひとつの影”が彼女の傍に寄り添ったのを、彼は見てしまった。
穴の向こうの光景は、甘美な官能と得体の知れない恐怖が溶け合い、彼の理性を試すように揺さぶってくる。
「覗くこと」から始まった関係は、すでに引き返せない領域へと踏み込んでいた——。