第4話 囁きの理由
翌晩もまた、彼は穴に目を寄せていた。
まるで引き寄せられるように。
彼女はいつも通り、ゆっくりとした仕草で部屋を歩く。
薄手のワンピースの裾が、かすかに揺れるたび、彼の喉が渇いた。
——だが、その夜は何かが違った。
鏡の前に立った彼女は、ふと笑みを浮かべ、こちらに背を向ける。
そして小さく囁いた。
「……ねえ、どうして見てるの?」
彼の心臓が跳ねる。
まるで問いかけが、直接耳に届いたかのように鮮明だった。
彼女は続ける。
「でも、いいのよ。私は“見られたい”から」
その声は甘やかで、同時にどこか冷たい。
ワンピースの肩紐を指で落とし、肌を露わにしながら、彼女はベッドに腰を下ろした。
その姿は明らかに挑発でありながら、どこか儀式めいてもいた。
視線の先に見えるのは、ただの女の官能ではなく——もっと深い、何か隠された意図。
「……あなたに、全部見届けてほしいの」
彼女の囁きに、彼の背筋を冷たいものが這い上がる。
それは欲望を刺激する甘美な声でありながら、同時に抗いがたい恐怖を呼び覚ます響きでもあった。
なぜ彼女は、見せるのか?
なぜ彼に、覗かせるのか?
——その理由を知ったとき、自分はもう戻れなくなる。
彼はそう直感しながらも、穴から目を離すことはできなかった。