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第1話 続き
壁の穴の向こうで、彼女は静かに着替え始めた。
背を向けるでもなく、かといって真正面でもない。——まるで、見られることを計算したような角度で。
彼の視界に映るのは、白いシャツの下から覗くうなじ。
布が肌にまとわりつき、わずかに動くだけで、その隙間から柔らかな曲線がちらりと現れる。
穴越しに伝わる彼女の呼吸のリズムは、不思議とゆったりしていて、まるで「もっと見て」と誘っているようだった。
彼は息を呑む。
——これは偶然なのか?
それとも、覗かれることを望んでいるのか?
彼女は髪をかきあげながら、ふと壁の穴へと視線を滑らせた。
目が合ったような錯覚に、彼は慌てて身を引く。
だが次の瞬間、向こうからかすかな笑い声が聞こえた。
「……そこにいるんでしょう?」
掠れた声。甘さと挑発が混ざりあい、背筋に冷たい電流のようなものが走る。
彼は穴から目を離せなかった。
もう後戻りはできない。
“覗くこと”と“覗かれること”。
その境界が、いま静かに崩れ始めていた——。