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グリアンロンの叙事詩  作者: ソルト
第一章:四つの灯火
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第二話:霜鹿の戦士と荒野の王国

 手合わせの数日後、エウェルとトモエは世話になった人々へ礼と別れを告げ、ノイクラッグへ向かって出発した。陸路を馬で進み、あと少しで国境というところで二人は立ち尽くす。グリアンロンとノイクラッグは古くから友好国として関係を築いており、グリアンロンの住民票を見せれば簡単に国境を通過できるのだが、二人の視界に現れたのは物々しい壁だった。ちょうど目の高さにある表示には『ノイクラッグ人、及びその縁者以外通過を禁ず』と大文字で書いてあり、トモエは片眉を上げる。


「どういうこと?」

「文字通りだな。……魔女の攻撃で焼け出された人たちが難民として押し寄せたんだろう。これ以上受け入れられませんってことか」


 大公国という名の通り、ノイクラッグの領土は極めて小さい。受け入れられたとしても少数だろう。


「私はなんとかなるんだが、問題はトモエだな」

「貴方の護符でなんとかできない?」

「……あまり良い手じゃないな」


 考えるのも疲れた二人は壁から離れ、付近の森で野営することにした。干し肉を味わっていると、先に食べ終わったトモエがエウェルに尋ねる。


「さっき何とかなるって言ってたのは?」

「話せば長くなるんだが、私の祖先とノイクラッグ大公の祖先は姉弟だったと聞いてる」


 かなり遠いが、これで通すしかない。二人で作戦を練っていると、複数の気配が近づいていることに気がつく。焚き火を消して闇に紛れるが時すでに遅く、敵は森の中で陣を組んでいた。剣を抜くか迷っていると、松明を持った男が進み出てくる。


「我らは国境警備兵だ。外壁付近の野営は禁止である。大公の勅令に従い、貴様らを拘束する」


 兵士が二人に襲いかかる。初めは順調に応戦していたが、多勢に無勢、地面に抑えつけられると視界を遮られ、言われるがままに歩かされる。狭い独房に押し込められてやっと目隠しを取られ、トモエは「入国はできたわね」と自嘲気味に言った。


「脱獄の経験は?」

「ないよ。看守を説得しない限り無理だ」

 その時だった。看守がエウェルの独房を開け、着いてくるよう促す。通された部屋には多数の兵士、そして銀の簡素な冠を被った男性が豪奢な椅子に座っていた。


「第十七代ノイクラッグ大公、デクラン陛下である」

「……グリアンロン王国の王太子、エウェル・グリアナン=マクアピンでございます。お目通りが叶い、恐悦至極でございます。大公陛下」

 膝を折って最敬礼すると、デクランは落ち着いた表情のまま続けた。

太陽神(アナト)の護符を持つ者が収監されたと聞いてもしやと思ったが、読みが当たったな」

「共に居た黒髪の者は私の友であり仲間です。どうかお慈悲を」

「安心せよ。そやつも客人としてもてなそう」

「ありがとうございます」


 その時、大柄で長い銀髪の男が入ってくる。見覚えのある姿にエウェルが必死に記憶を探っていると、男はエウェルを見て一瞬眉を潜め、視線を斜め下に逸らした。


「エウェル、弟のランヴァルトだ」

「……、お久しぶりです殿下」

 思い出した。父が決めていた婚約者だ。

「まず、お前を早々に解放したのは我が国に益があると判断したからだ。魔女の娘よ」

「っ……」

「事と次第によってはお前と、あの異国人も始末する」


 エウェルが頷くと、デクランは静かに語り出す。


「我らノイクラッグも魔女侵攻による痛手を(こうむ)っている。西の交易路で魔物が暴れ回り、加えて貴国の難民を受け入れたおかげでこの国は食糧難に見舞われている」

「……」

「難民を引き取れとは言わん。お前には交易地付近の魔物討伐を命じる。それが叶えば、魔女打倒に必要な物資を支給するし、戦力も貸そう」


 断れるわけがない。二つ返事で了承すると、デクランは目を細めて微笑んだ。


「よく言った。ひとまず今夜は休むがいい」


 その後、客間に通されたエウェルは大きく息を吐き、蹲った。大公は一見柔和に見えるが、内には底知れぬ憎悪が眠っている。女官が食事をいつにするか尋ねてきたが、とても喉を通りそうにない。エウェルは湯浴みを済ませると早々にベッドへ潜り込んだ。

 


  翌日、エウェルはトモエの部屋を女官から聞き出して部屋を訪ねた。慣れない場所で眠れなかったのか、トモエは疲れ切った表情を浮かべている。


「大丈夫?」

「体調は大丈夫。でも、食事が合わなくて……」

「ふふっ」

「笑わないでよ。兵士に一晩中見張られて落ち着かない上に、食事まで合わないんだからそりゃ疲れるわよ」

「ごめん、でもトモエらしい理由で安心した」


 エウェルがトモエに昨日の交渉の話を伝えていると、女官に呼ばれ、二人で謁見の間に連れて行かれる。大公はトモエの姿を見て一瞬眉根を寄せたが、すぐに取り繕い口を開いた。

「早速だが討伐に向かってもらう。貴様への協力以前に、この地は我らにとっても要所である。必ず討ち取ってくるように」

「承知しました」

「すでに隊は招集してある。吉報を待っているぞ」


 装備を整えて指定された場所へ行くと、一個小隊程の兵とランヴァルトが待っていた。


「私たちの馬は?」

「あの二頭ならお前たちが来た村に返した。うちの軍馬を貸す」

「トモエの分もありますよね?」

「……乗れるなら貸してやってもいい」


 兵の間から笑いが漏れる。トモエは眉根を寄せたが、馬が連れてこられると自らの倍はあろうかという軍馬に軽々と跨る。エウェルも騎乗すると、隊はランヴァルトを先頭に進み出した。

 吹き荒ぶ冷風に晒されながら魔物の発生場所に向かうこと三日。かつて商人で賑わっていた交易路に人の気配はなく、打ち捨てられた幌馬車だけがその歴史を物語っている。遠くにちらりと見える、かつて貿易の要所として栄えていたであろう街も鳴りを潜めていた。周囲を警戒しながら進み、霧が濃くなってきた頃、突然黒い柱のようなものが一人の兵士を頭上から貫いた。後方を見上げると、上体を起こした巨大な節足動物のような魔物がすぐ側まで迫っていた。他の兵士もすぐに貫かれ、隊に動揺と恐怖が伝染する。


「慌てるな!各自作戦に移れ!」


 ランヴァルトの号令で隊が4つに別れる。エウェルが属する先頭班はわざと開けた場所を走り、魔物――霧の悪魔(ケオヴァス)の注意を引いた。ガチガチと音を立てながら近づく鋭い歯に恐怖で身がすくむが、ここで喰われる訳には行かない。エウェルは手網を握り直して馬の速度を上げると目標地点である氷河に到達した。すると空から何羽もの大鷲が現れ、彼等の背に乗ったノイクラッグの兵とトモエが槍や弓矢で霧の悪魔(ケオヴァス)を攻撃する。しかし硬い殻に阻まれ、武器は無情にもパラパラと地面に落ちていった。


「脚の関節を狙え!」


 しかし霧の悪魔(ケオヴァス)も盲目ではない。頭の上を飛び回る邪魔な羽虫を丸呑みすると、地面の兵士そっちのけで鷲たちに襲いかかる。トモエも振り落とされないよう必死に大鷲に掴まり、攻撃可能な箇所がないか探った。


「大鷲さん!できるだけ高く飛んで!」


 大鷲が高度を上げると、トモエは霧の悪魔(ケオヴァス)を見下ろして口端を上げた。そして頭部に向かって矢を素早く放つと、霧の悪魔(ケオヴァス)は大きな悲鳴を上げる。


「こいつの弱点は頭部です!頭は胴体ほど硬い殻に覆われてないみたいです!」


 必死に叫ぶと、他の大鷲部隊もトモエに続いて急上昇し頭を狙い始める。案の定、槍も胴体とは違ってすんなり貫通し、やがて霧の悪魔(ケオヴァス)は力なく地面に倒れた。皆が歓喜に湧いたが、もう一体霧の悪魔(ケオヴァス)が姿を現す。


「西からもう一体きます!」

「さっきのよりデカいぞ!」


 同じように攻撃を仕掛けるが、新たな個体はこちらの戦術を見透かしたように大鷲部隊の攻撃を躱す。見かねたランヴァルトは大鷲部隊に一度撤退命令を出し、自身の荷物から出した黒い塊を霧の悪魔(ケオヴァス)に力いっぱい投げつけた。すると、塊が当たった途端に魔法陣が展開し、衝撃波と巨大な炎が霧の悪魔(ケオヴァス)の胴体に深い傷を与えた。


「(着火しないで爆発させられるなんて……!)」


 すかさずエウェルも爆弾を手に取り、霧の悪魔(ケオヴァス)の脚に投げつける。そちらも見事に当たると霧の悪魔(ケオヴァス)は耳を劈くような悲鳴をあげ、大きくよろめく。エウェルとランヴァルトはその隙を見逃さず、剣を抜くと二人で霧の悪魔(ケオヴァス)の頭を斬り裂いた。

 エウェルが返り血の香りに顔をしかめていると、ランヴァルトが無言で布を差し出す。


「……使え」

「ありがとうございます」


 部隊は処理班に魔物の遺体を任せると、野営地にテントを設営した。夕食を囲む時間になり、何となくトモエが輪に入れずにいると、部隊の一人が手招きする。


『お前、名前は?』

『トモエと言います』


 たどたどしいノイクラッグ語で会話するトモエ。その様子を見たエウェルは安心して夕飯の鍋を口にした。川の水で食器を洗っていると、後ろから肩を叩かれる。ランヴァルトだ。着いてこいとジェスチャーされ、皆より離れた場所に到着するとランヴァルトはようやく口を開いた。


「その髪型……。結婚したのか」

「……話せば長くなります。先の戦で私は川に投げ出され、記憶喪失になりました」

「……」

「殿下のことを思い出せなかったのはそのせいです。申し訳ありません」

「……別に、怒ってなどいない」


 そう言うと、ランヴァルトは自分のテントへ帰ってしまった。婚約したことは事実だが、一度も顔を合わせたことはない。自分と婚約していた女性が未亡人の髪型で現れたら困惑するだろうが、もうかなりの時が経っている。気を取り直し、エウェルは再び兵士らと焚き火を囲んだ。

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