プロローグ
最後の土をかけ終えた女は服が汚れるのも気にせず、その場に座り込んだ。もう指一本だって動かしたくない。
「……」
数日前までこの村は平和そのものだった。近くに大きな川があって、村人みんなで畑を耕し、家畜を世話し、秋には収穫祭があって女達は花を髪に刺して男達と踊る平凡な村。それなのに、突然現れた屍人の群れに襲われ、たった一夜で彼女以外の全員が殺された。いや、ある人物を除いた全員が殺された。
「ライアン……ッ」
仕方がなかった。人間として死なせてやるにはああするしかなかった。いくら自分に言い聞かせても、女の罪悪感は消えず、頬には涙の跡が絶えない。優しかった夫はもういない。自分がこの村にいなければ、もっと早く記憶を取り戻していたら、ライアンはきっと今も生きていた。村は平和なままだった。
鉛のように重い脚に力を入れ、女はなんとか立ち上がる。泣いてばかりいられない。自分にはまだやらねばならない事がある。
翌日。女は支度を整えると、生前夫が女によく似合うと言った花を冠にして墓標に捧げた。
「(グウェンの魂はここに置いていくわ)」
魔女が私を探しているならこちらから出向いてやろう。
実母だろうと関係ない。私の大切なものを奪った。討つ理由なんてそれだけでいい。
女の名はエウェル。エウェル・グリアナン=マクアピン。王国の王女にして魔女を討つ者。
一振りの剣と亡夫への想いと供にエウェルは旅立った。
2025/08/14 加筆・修正しました