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8 ノビル 


 竹田はお金がない、そりゃそうである。不定期なとっぱらい(当日に現金、キャッシュで支払うこと)の日雇いの仕事と、ネットの内職でギリギリ、生活保護を不正自給できるまでの間、食いつないでいるのだから。(だからといって、生活保護の存在をしる以前も、その金銭面の切迫さはさしてかわらない)

 家賃、水道光熱費、食費、通信費、保険料、娯楽費、交際費と生きていくには様々なお金がかかる。竹田の収入に対する生活費のうちわけはこうである。

 とっぱらいの日雇いの仕事4万、ネットの内職3万、と主な収入は7万ほど。に対し家賃3万、水道光熱費1万、食費2万、通信費1万、と生活費もちょうど7万円。貯蓄ちょちくなんてものは無論、ありはしない。

 また、医療保険にはいっていない竹田は病気になっても基本病院にはいかない。厳密には、いけないの間違いであるが。医療保険にはいっていない状態で病院で診察をうけようものなら、1回の診察で1万弱の出費はまずまぬがれ得ない。それは貧乏まっしらの竹田にとって致命傷であり、間接的な死を意味する。よって、病気になっても竹田が病院にいくことはまずない。あまりに深刻な病状の場合にかぎり、みずからの脳にかるい暗示をかけその場をしのぐ、一夜漬けの心理療法で対処にあたる。

・・病気じゃないよぉ、大丈夫よぉ・・すぐ治るよぉ、みかんを食えばイチコロよぉ・・

 効果のほどはご想像におまかせする。

 つぎに娯楽費だが、竹田の人生に娯楽費などという概念がいねんは存在しない。唯一の友達であるタニシやんも、そこんとこは分かっているらしく、お金のかかる遊びを強要することはまずない(まったもってできた親友である。まぁ彼自身、生活困窮者せいかつこんきゅうしゃだからなのかもしれないが)交際費もまた、交際する相手がいないため、案ずるには及ばない。ほかには家賃と水道光熱費だが、ときたまガスと電気がとまる程度で、これもそれほど問題とはしない。通信費もネットの内職をしている以上、仕方がないとして。この中でもし、節約できるものがあるとするならば、そう!、食費をおいてほかにはない。

 そこに目をつけてからの竹田の行動は、害虫なみに早かった。普段はなにも考えず、まっ昼間におとずれていたスーパーに、売れ残りセールがはじまる夜8時めがけ来店し、精肉、鮮魚、青果せいか惣菜そうざいなどセール品を目ぼしいものから手あたり次第買いしめる。そして自宅に引きこもり、しばらくはそれで食いつなぐ。いわば「人間版冬ごもり」といった具合だろうか(しかし、賞味期限が差しせまっている生ものは、早めに片をつけなければならない)

 この「夜間スーパーセール品、買い占め大作戦SUPER」はこうをそうし、大幅な食費カットに成功する。しかし、節約できたはいいものの、いまだ竹田の胃袋は如何ともしがたいひもじさを抱えていた。

 月末は空腹からつい腑抜ふぬけになり、気がつけば公園、気がつけば国道沿い、気がつけば人んちの敷地しきち、なんてことがざらにあった。

 そんなある日のこと、竹田はふとテレビに目をとめる。

・・なんだこの、あま・・雑草?・・

 そこには週末の公園で、雑草をすこぶるご機嫌であさりほうばる、女性の衝撃映像が、地上波でいけしゃあしゃあと放映されていた。

・・な、なんや、こいつ?・・

 つい、心のなかで口をつく、竹田のエセ関西弁。その都心に住んでいるらしい女性は、つぎからつぎへと雑草をスコップで掘りおこすと、今晩のおかずとしてその草たちを食卓に自慢げにならべていく。彼女はその草たちことを「野草」と呼んでいた。

・・こ、こ・・これや!・・

 テレビから食糧難脱却のヒントをつかんだ竹田は、すぐさま今の時期にとれそうな野草をネットで検索。すると、野草の画像で竹田のパソコン画面が、あっというまにあふれかえる。

「・・よぉ・・」

 よぉは竹田の感嘆詞かんたんしである。

 季節はちょうど雪解け間近の3月。そこにはセリ、クレソン、フキ、フキノトウ、なんとあのタンポポまでもが食べられる野草として紹介されていた。(タンポポは少し苦みがあるらしいが、おとなの味で花から葉っぱ、根まですべて食べれるらしい)

 そのなかでも美味との口コミが多く、ネギ好きの竹田がとくに興味をひいたのがノビルだった。

・・ノビル・・ええ、名前やないかぃ・・

 特徴は、葉の部分が細いネギのような青々とした空洞で、根元に白くこぶりなサイズの球根がついている。匂いは見ためにたがわぬネギ臭で、味はニラとネギのちょうど中間くらいとのこと。おもに、球根の部分をなまで食べるのが一般的だが、葉の部分は葉の部分でシャキシャキと歯ごたえがよく、捨てるにはおしいほどのポテンシャルを秘めている。(というより、そもそも球根は小ぶりで食いごたえがない為、竹田の狙いはむしろ、このニラネギ味のするらしい葉の部分のほうである)生息地は水はけのよい河原の土手などで、旬は3月~5月とのこと。

 ネットの情報をもとに、早速タニシやんを引きつれ、もよりの鈴木電機近くの河原の土手を、シャベル片手に散策するふたり。散策時のポイントは、虫さされ予防や不審がられない挙動などいくつかあるらしいが、なかでももっとも注意すべき点がひとつ。

 それは毒草と間違えないこと!

 このノビルという野草には似ている植物がおおく、そのなかには毒草も含まれる。葉に空洞とネギ臭のないタマスダレや、葉の部分が分厚く、同じくネギ臭のしないスイセン、球根部分がほんのり赤く、密集して生えるアサツキなど。(アサツキに限り、ノビルに似ているというだけで毒はなく、おひたしや薬味など、ノビルに勝るとも劣らない万能食材として有名である)

「・・ないのぉ・・」

「・・うん、ない・・」

 タニシやんは大昔にノビルをみたことがあるらしかったが、意外にも散策は難航なんこうした。

「・・あ、そういやさぁ・・最近結婚したじゃんか、アイドルのピノパズ・・」

「・・ああ、ピノがわらパズ之丞のじょうでしょ?・・」

 ついには野草散策そっちのけで、大好きな芸能ゴシップネタへと話が脱線していくふたり。

「・・顔立ちもととのって、お金も地位も名誉めいよもあって、アナウンサーのとびっきりキレイな嫁までもらって、仲間もいて、周りからも程よく好かれててさぁ・・人間がみな、生まれながらに平等とは到底思えんのだけど・・そこんとこどう思うよ、タニシやん?・・」

「・・そーさね~・・でもそれは、選ばれし者の、そのなかでもほんの一握りの人間だろ?・・」

「・・まぁ・・」

「・・ピノパズはピノパズで、恵まれながらも、自分なりに努力してあっこまでのぼり詰めたんと違う?・・たぶん、知らんけど・・」

「・・だけどさ~、おれやタニシやんだってそこそこ頑張ってるじゃんか~?・・」

「・・まぁね、それは否定せんけど・・でも、そういう人にかぎって変な性癖せいへきがあったり、とんでもない所にとんでもないで出来物できもんがあったりして、必ず人間はみな、チャラになるように神様がしてくれてるって、あの出歯のタレントがいうてたよ?・・」

「・・そか、あの出歯のタレントが言うてたんなら、そうなんだろうけどさ・・でも、それでも、ピノパズがおれより変な性癖だとは、到底おもえんのよね・・」

「・・たしかに・・竹田君、異常性癖の少女性愛、ゴリッゴリのロリコン体質だもんね(しかも、イボ痔とキレ痔の両刀使いときたもんだ)・・」

「・・よぉ・・」

 なんと、よぉは相槌あいづちにも用いられる。

 そんなこんなでこの日のノビル散策は結局、空振りにおわる。が後日、ひとり自転車でふらり立ち寄った土手の河原の日陰で、竹田はノビルをみつける。

「・・あ、あった!・・よぉ!・・」

 その数本のノビルを慎重に引っこぬくと、自らのおんぼろアパートへと持ちかえり、早速調理にとりかかる。

 まずはしっかりと水洗いし、みどりの葉の部分としろい球根部分とに切りわける。それから球根部分を野菜スティックの要領でなまのまま無骨に皿にもりつけ、脇にマヨネーズとみそを添える。葉の部分はサっと炒め、醤油とごま油で味つけ。

 その二品をちゃぶ台にならべると、正座で姿勢をただし、はしもろとも合掌がっしょうする竹田。

「・・いただきます・・」

 まずは球根から頂いてみる。

「・・うん、んまい!・・」

 ピリッと辛く後味をひく、口当たり穏やかなニンニクのような、まさにネットの評判どおり、お酒のアテにうってつけの一品である。それを水で流しこむと、今度は炒めた葉の部分。

「・・うん、ネギや・・シャキシャキ触感の、ネギや!・・」

 そのネギくりそつの味と歯ざわりに、感動すらおぼえる竹田。

「・・こりゃ、ネギ好きのおれからしたら、いくらでも食えんでぇ!・・」

 このひを境に、竹田んちの食卓にはノビルを中心とした野草どもが献立こんだて席巻せっけんしはじめ、なんとか食糧難だけはまぬがれる竹田なのであった。

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