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7 くそジジイども
もよりの公民館とゴミ処理施設のジジイはなんとか囲碁で成敗できた竹田。次はまだ見ぬツワモノを求め、朝8時にとび起きては、半径2キロメートル圏内にある公民館をくまなく攻める。
「・・あの、見学させてもらえますか?・・」
「・・おぉ・・いいぞ、いいぞ・・」
ってな具合に、たいていの公民館はどこもみな、若者がめずらしいのか、竹田をこころよく受け入れてくれる懐ひろめな団体ばかり。ある一か所、ムーンリバーという悪の巣窟をのぞいては。
その公民館は以外にも、自宅アパートのすぐ近隣に、まがまがしいオーラをふりまき佇んでいた。(禍々(まがまが)しさはあくまで、竹田個人の主観である)
・・こんなとこに公民館、あったんだ・・
ムーンリバーというだけあって、その建物は全体がくらい紺色の外観をしており、昼間でもどこかうす気味がわるい。それでも、竹田の囲碁へのあくなき探求心がわずかにまさり、ビクつきながらも中へと足をふみいれていく。玄関をとおるとすぐに、予定表らしきホワイトボードに目がとまる。そこには、おそらくほぼほぼ大半が、年金暮らしのジジイババアの道楽が占めるであろう様々な団体名が。
「・・えっとぉ・・卓球クラブ、ヨガ、どっかの知らねぇ会社・・あったあった!、ムーンリバー碁楽会・・」
わきめもふらず、第一和室のある2階へとかけあがる竹田。そこには、対になるように第二和室なるものが隣接されていた。
「・・多分、ここだよな・・」
耳を澄ますと、カッという聞きおぼえのある、あの甲高くかわいた石音。
・・うん、間違いない♪・・ここだ・・
そぉーっと、ふすまの戸をあけていく竹田。
「・・すんませ~ん・・ちょっと見学させてもらっても、いいですか?・・」
「・・おお、いいぞ~・・好きなだけ見学してきな~♪・・」
しかしまたしても、懐のひろさを如何なくみせつけてくるジジイども。
「・・あんちゃん、もしよかったら一局、うっていかねぇか?・・」
そうして結局、ここでもジジイペースに。
え、でもちょっと待って。ぜんぜん悪の巣窟じゃなくない?、むしろいいご老人たちじゃんか。ってか、悪いジジイなんてそもそもいるの?、竹田、あんたのただの思い過ごしなのでは?。それを、いくらほうれい線くっきりで加齢臭ぷんぷんだからって、頭ごなしにジジイジジイののしりやがって、逆恨みも大概にしとけよ!、これじゃジジイが可愛そう。少しは年長者うやまえ!、無礼だぞ竹田!、恥を知れ!。
そうお思いでは?、しかーし違うのである。まったくもって違うのであーる。
たしかに、ここのご老人たちはいいジジイである。むしろ、いままで出会ったジジイのなかでも選りすぐりの良質ジジイ、いわばベストof囲碁ジジイといっても過言ではない。
しかしそれは、ここの金曜日のジジイに限ってのことで、のちに現れる火曜日のジジイたちの恐ろしさを、このときはまだだれも知らない。
「・・この手はよくないって分かるか?、あんちゃん・・」
「・・あ、はい・・」
人がらもよければ囲碁の実力もぴかいちのムーンリバー碁楽会の金曜日。10数名いるメンバーのそのなかでも少なくとも3,4人は、竹田をはるかにしのぐ棋力の持ちぬし。この日はそのなかでもトップに君臨しているらしい、会長とよばれる人物に手ほどきをしてもらい、大満足でおんぼろアパートへと帰還。
・・あの老人、つんぇ!・・
それからというもの、毎週金曜日の午前中はきまって、ママチャリ爆走でムーンリバーに立ちこぎでかよう竹田。
(言いわすれたが、竹田のアパートからムーンリバーまでは急勾配な坂になっており、立ちこぎは必須・・あと、金曜日の碁楽会はジジイの体力面も考慮し、午前中のみの活動となっている)
そうしてしばらくは、その会長をふくむ有段者ジジイの牙城をうちくずすべく、腕をみがく日々。
「・・この手もすこし良くなかったな、あんちゃん・・」
「・・あぃ!・・」
そんなある日の帰り支度のこと、S氏とよばれる金曜日随一のうつわのデカさをほこる七福神の実写版えびす様のようなご老体に、火曜日の会を紹介される竹田。
「・・え、ここって火曜日もやってるんですか?・・」
「・・うん、火曜日はここと違って、午前と午後やってるから、竹田君にはいいんじゃないかな?・・一日中やれて・・」
マナーや心遣いなどがすみずみまでいき届いている紳士でジェントルな金曜日の会は、下世話な火曜日とはちがい、竹田が仕事をしてるのかどうかなどという、デリケートな部分の身のうえ話はめったにしない。流石はだてに年食ってはいない。
対して紹介された火曜日の会はというと、うかがった初日早々。
「・・きみは何してんの?・・働いてんの?・・」
と、きたもんだ。
・・あぁ!?・・もし仮に、働いてないんなら何なんだよ?、このハゲ隠しジジイが・・そもそもてめぇに関係あるのかよ?・・会話のキッカケとして、ただ何気なーくきいただけで、深い意味はないのかもしんねぇけどよぉ!・・こちらにとっちゃ、もっとも触れられたくねぇ話題のひとつなんだわー、はっきり言って大迷惑なんだわ、ご存じ?・・それを人生の先輩だかなんだか知らねぇけど会った早々に、他人のプライベートにずけずけと土足で踏みいりやがって・・どんだけデリカシーないねん・・だからそんな貧相な、断末魔みたいなハゲ方すんねん!・・
と言いかけたが、すぐにそれを飲みこむ。
「・・い、いえ・・働いては、な、ないんですが・・」
「・・へぇーそうか、若いんだから囲碁なんてしてないで、働かないとダメだぞ?・・」
「・・あ・・は、はい・・」
・・ああ!?・・若いと囲碁しちゃだめですか?・・そんなに年がら年中、働いていないとだめですか?・・はたちを過ぎたら、息抜きがてらに囲碁するのも許されないのでしょうか?・・ほんっと、挑発が思いのほかお上手すぎて、脱帽するわ・・あぃあぃ、分かりました分かりました・・じゃあ、わしにも単なる会話のキッカケとして聞かせろよ・・きさまは働いてんのか?、おぃ、それとも年金暮らしか?・・もし年金暮らしならよぉ、今日は早めにきりあげて帰れ、な?・・え、なんでかって?・・そりゃ、みっともないからに決まってるでしょ?・・{えー、わたしはあなたと違い、長年国に従事してきたんで、もう働いていなくても世間一般的には恥ずかしくない身分なんです、はい・・世間一般的にはね、ゲヘッ}・・じゃねぇんだよ・・そんなことこれっぽっちもねぇからなおぃ腐れジジイ・・どんな身分かなんてだれが決めることでもねぇ、まして己が決めることじゃねぇんだよ・・明治以降、四民平等っつってな、産まれながれにみな、身分は平等って決まってんの・・なぁ、理解できるか?、その縮小しつつある小さな脳みそで・・それとも、もう年老いちまって、脳のおミソの半分朽ち果てちまったか?、それならすまんが・・それを、少しこっちより長生きしてるってだけで、上からものいいやがって・・若人を頭ごなしに蔑みやがってからに・・わかったら国のスネかじってねぇで、さっさともっぺん働け!・・おのれもきちんと週休二日で定職についたら、そのときはあらためて働くかどうか考えてやらぁ・・それが、おのれがこの話題に踏みこんだ罰じゃ、ボケェが!・・それでも尚、高圧的態度とるってんなら、こっちにも考えがある・・その残りわずかな綿みてぇな髪の毛、むしりとって・・カメムシにしてやらぁ!・・
と言いかけるが、またもそれを飲みこみ、あははと精一杯のつくり笑顔。
そしてこの日、竹田は100歳間近のおじいちゃんと対局させられる。
「・・お、お願いします・・」
その火曜日の会、最年長おじいちゃんは2級と、ちょうど竹田と同じくらいの棋力とのこと。しかし、余命いくばくかの死にかけおじいちゃんに対し、かたや伸びざかりで吸収性抜群のスポンジ竹田は、一瞬の隙をつき、おじいちゃんの石をフルボッコすることに成功。みごと中押し勝ちで勝利をおさめる。
しかしその対局おわり、金曜日のご老人たち同様に、どんなに度量のおおきい為になるミコトバを投げかけてくれるかと期待し、石を片していると。
「・・働きもしねぇで、囲碁なんかうちにきやがって、どういう身分してやがんだ、このやろう・・」
「・・え?・・」
その最年長のたんなる悪口に、おもわず固まるフリーズ竹田。
・・き、聞き間違い、だよな?・・いくらなんでも・・
「・・ムカつく野郎だ、いっちょうまえに朝っぱらから囲碁なんてうちやがって・・生意気なんだよ・・」
聞き間違いではなかったことに、お口あんぐりでしばし放心する竹田。
たしかに、囲碁というゲームはシビアなゲームだ。どちらかが勝ち、必ずどちらかが負ける。勝てばみな、人生の成功者になったかのような錯覚にとらわれ、むかうところ敵なしの高揚感を味わえる。一方で、負ければこの世の終わりとでもいわんばかりの絶望感にさいなまれる。そう、囲碁経験者のほとんどは言う。(竹田調べ、プロは負けると川に飛びこむらしい)
だから、この最年長じいさんの悔しさは汲みとれる、痛いほどにわかる。
でも!、でもである。金曜日のご老人たちは負けても尚、やさしかった。まちがっても竹田の人格を否定するようなマネはしなかった。むしろ、コテンパンにやられて傷心のはずなのに、体中、経年劣化でガタガタのはずなのに、勝者であるどこの馬の骨かもわからない若造を、逆に賞賛しちゃう器のデカさ。
かたや、この火曜日の会のジジイときたらどうだ?。出会いがしらにまず、竹田の社会的地位をさげすみ、対局後も負けた腹いせとして、またも竹田のプー太郎という社会的地位を引きあいにだし、さげすむクズさ加減。文字どおり、呆れてものもいえない。
その後も、口臭ぇジジイの口臭をともなっては、でるわでるわ暴言の数々。
「・・先日会った子供に何段かってきいたらよぉ、平然な顔で5段とかぬかしやがる・・ったく、最近のガキは生意気で困る・・」とか、竹田が変な手をうとうものなら。
「・・あぁ、こんな手打つようじゃ、もう囲碁打たないほうがいいよ、アンタ・・」とか、終盤にさしかかりあとは整地をし、地合いをかぞえるだけとなった局面で、急に。
「・・私のほうが陣地ひろいから、私の勝ちでいいね?・・」と脅迫まがいに念を押され、、あきらかに竹田優勢にもかかわらず、石をグチャグチャにされると、有無を言わせず負けにさせられたり。もう火曜日の会のジジイがすることといったら、ぐずる乳飲み子並みにめちゃくちゃ。
挙句に、数少ないババアまでもが、所かまわず顔をだしてくる竹田にむかって。
「・・アンタ、ほんとどこにでも現れるな?・・」とか、ある人からその婆さんとペア碁(たがいに2人1組、系4人で囲碁を打つこと)のパートナーを組むよう、依頼されたときには。
「・・私にだって、選ぶ権利ぐらいあるだろう?・・」など、ババアにまで蔓延するジジイの傲慢イズム。
極めつけは、もはやそんなに興味もなくなっていた火曜日の会に、紹介してくれたS氏の手前入会をもうしこんだら、火曜の会上層部の「高慢ちきジジイBIG3」の権限により、入会を断固拒絶されてしまう。
その「上層部高慢ちきジジイBIGスリー」3人の顔は、いまだに忘れられない。ひとりは出会いがしらに竹田をさげすんできた「ハゲ散らかし髑髏ジジイ」、ひとりは元警察官で堅物めがねの「幼女監禁系ジジイ」、ひとりは火曜日の会トップの実力を誇る、「毒饅頭フェイスジジイ」。
でもまぁ、もとよりそこまで乗り気でもなかったし、結果オーライだったのかもしれないが。せめてもの抵抗として帰りぎわ、和室入口にあるスリッパをぐちゃぐちゃにとっ散らかして、竹田は火曜日の会をあとにする。
この日を境に竹田は、ご老人が無条件にうやまう存在ではないということを心に刻む。そして、この火曜日の会のようなジジイこそが、巷でいう「くそジジイ」なのだと。(またはくそババア)
・・おはよう、くそジジイ♪・・さらば、くそババア♪・・せいぜい長生きでもするんだな!・・
しかし、それから彼らの訃報が竹田の耳に飛びこむたびに、ボーリングでターキーとった並みに、心のなかでガッツポーズしてしまう不謹慎な竹田がそこにはいるのだった。
・・っしゃぁ!、あのジジイ死んだ!・・スッキリしたぁ~・・グッジョブ!、神様♪・・