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6 ナンパ
はじめに述べたように、33年の人生で一度も彼女がいたためしがない竹田。それどころか、デートすらしたことのない可愛そうな竹田。しかしそんな竹田も、女に興味がない訳ではない。セクシャリティに問題があるわけでもない。むしろ女は大の好物。
だが、如何せん女にモテない竹田。突きでた歯茎に、みるからに低収入なラフな出で立ちでは無理もない。しかも最近では、困ったことに交際未経験を棚にあげて、年々異性へのハードルは右肩あがり。もはや手に負えない。そんな竹田の淡いナンパ遍歴。
ひとつめのナンパは、竹田が18の頃。古本屋だった父の手伝いで、母とかわるがわる店の切り盛りをしていたときの話。「ありのまま」がモットーの父のお店は、科学の恩恵とはいささか縁遠い古風なつくり。それゆえ冷暖房設備のない店内は、夏は灼熱の常夏、冬は極寒のシベリアと化す。
そんな夏のあつい時期。唯一の救いといったら、向かいにある一軒のスーパーマーケット。お昼休みを利用しては、冷房をガンッガンにきかした2階の百円ショップにいり浸り、つかの間の休息。エアコンの吹きだし口のまえに陣取っては、冷風を独占し、英気をやしなっていたものだ。
その百円ショップで竹田はあるひ、運命の出会いをはたす。その女性は、茶色がかったショートヘアに100とプリントされた店指定の緑のエプロンをはおり、淡々と商品のバーコードをよみとっていた。
・・え・・この子、かわえぇ・・やん?・・
そうして始まった、竹田のひと夏の恋。彼女の名前は橋本さん。左胸につけたネームプレートを盗みみては、ただちに脳にインプットする抜けめのない、たぶんストーカー予備軍の竹田。
・・橋本だから、そうさな~・・はしもっちゃん?、おーいいやん・・はしもっちゃん、か・・本日からそう呼ばせもらおう♪・・
そう、勝手にあだ名をつけてしまうアウトっぷり。そればかりか、恋に浮かれてさっそく愛の詩なんぞをつづってしまっては、もはや手に負えない。
本来ならば、まず商品購入時にでもレジでたわいもない世間話からはじめ、顔を認知してもらい、徐々に彼女の警戒心をといていったのちに、そのうえで恋文の執筆にとりかかれば、多少なりとも違っていたのかもしれない。
そんな竹田のはしもっちゃんへの痛い手紙の内容がこちら。
Dear 橋本さん(はしもっちゃん)
はじめましてこんばんちわ、といっても私が誰なのかも分からないでしょう。
私は竹田〇〇。あなたのことを100円ショップで一目みたときから恋に落ちました。
もしよろしければ、一度お茶なんかでもいかがでしょう?、可能ならばでいいのです、お暇だったらでかまわない。
明日午前10時、ダイユーセブンの5階のうす暗い映画館にてお待ちしております。
ぜひとも、前向きな検討を。
結果はむろん。手紙を差しだしたはしもっちゃんに。
「・・え?、なんですか?・・」
「・・あ、あの・・受け取っていただけませんか?・・」
「・・いえ、結構です・・」
と嫌悪感をあらわにされたのち、手紙を渡すことなく強制終了というしょっぱい幕切れ。
そうして竹田のひと夏の恋は終了する。
ふたつめのナンパは、竹田が22の頃。なにかしらの電化製品を買いに、鈴木電気に行ったときの話。その鈴木電気という全国にチェーン展開する家電量販店にはなぜか知らないが、顔立ちのととのったべっぴん店員が数おおく在籍しており、竹田はことあるごとにナンパスポットとして利用させてもらっていた。その鈴木電気の駐車場であるひ、竹田はひとりの女性警備員に目をうばわれる。
昔っから警備員や、ガソリンスタンド店員など、男勝りな女性やそのギャップにめっぽう弱かった竹田。その甲高く、あまりにかあぃらしい声におもわずふり返ってみれば、そこには小柄な体系とはおよそ似つかわしくない、ブカブカの警部服を身にまとったショートカットの女性がきびきびと働くすがた。
・・え・・この子、かわえぇ・・やん?・・
そのころなぜかバイキングに憧れをいだき、立派なおヒゲをたくわえていた竹田は、そんな自分のむさくるしさなどお構いなしに、果敢に彼女に声をかける。
「・・あの~・・」
「・・はい?・・」
「・・少し、時間とかあったりしますか?・・」
「・・え、あ・・30分後でしたら・・」
「・・わかりました、じゃ、30分後あらためて・・」
と、なぜかとんとん拍子にことが運び、お話しする機会をゲットした竹田。しばらく店内の試聴機で時間をつぶしたのちに、彼女が待つ駐輪場へ。そこには日陰で水分をとり休息をとる、まぶしすぎる彼女。
「・・あ、どうも・・いきなり話しかけたりして、なんか、すいません・・」
「・・い、いえ・・少しびっくりしましたが・・なんでOKしちゃったのか後悔もしましたが・・」
・・めっさ、警戒されてる・・すでに後悔もされてる・・マイナスからのスタート、なんとか挽回しなくては!・・
そこから好きなアニメや漫画など、共通の話題をさがしあてては、なんとか巻きかえしを図る竹田。
「・・あ、そのマンガ好きです!・・わたしも毎週欠かさず見てます♪・・」
「・・へぇー、志村さんも好きなんだ・・タガメの年金事情・・」
彼女の名前は志村さん。年齢は19。.
・・よしよし、挽回してきた・・この調子で仲良くなるぞ・・
しかし、そのあとのアプローチがどうにも卑屈で、下手くそだった。
「・・へぇ~、そうなんだ・・お姉ちゃん、彼氏と東京で同棲してるんだ~・・いいね・・」
「・・はい、来年あたりお姉ちゃんのところに転がりこんで、東京で働こうかなって・・」
「・・ほぉ、彼氏さんは大丈夫なの?・・」
「・・はい、私もお姉ちゃんの彼氏とは仲良しなんで・・」
「・・へぇ~、いいじゃん・・でもさ、お姉ちゃんとその彼氏、いつ別れるかわかんないよ?・・」
「・・え?・・」
「・・アメリカの離婚率なんて50%で、ふたりにひとりは別れる換算だし・・」
みるみる引きつる、志村さんの表情筋。
「・・え、でも・・大丈夫ですよ、たぶん・・お姉ちゃん、彼氏と仲いいし・・アメリカ人じゃないし・・」
「・・そうかな~?・・でも気を付けたほうがいいよ、人生そううまくいくものではないから・・」
「・・は、はぁ・・」
竹田の突然の手のひら返しに、呆気にとられる19才。リア充(リアルが充実)感むきだしの彼女の姉が許せなかったのか、それともただの阿呆なのか、みずから逆行し、挽回したアドバンテージを一瞬でなきものにしてしまうリア終竹田。(リアルがほぼ終わってる)
そのあとはむろん、言うまでもなく。休憩おわりも彼女にしつこくつきまとい、その挙句、豪雨のなかで彼女の仕事っぷりを応援するという、暴挙にでてしまうパニック竹田。もはやここまでくると、サブいぼものである。
肌寒い季節ということもあり、竹田は翌日に風邪をひき、彼女は彼女で仕事場に男をつれこんだとして、身におぼえのない罪をきせられ、職場の上司にこっぴどく叱られるというという成れの果て。
その一件は本当に申し訳なくおもっております。この場を借りて謝罪いたします。ごめんなさい。
そして最後、みっつめのナンパは、竹田の趣味である囲碁のとりまき衆たちと、ホワイトパレスというホテルで懇親会をしたときの話。懇親会というのは通常、同席したもの同士飲食をかわし、親交をふかめるのが目的であるが、竹田の目的はすこし違っていた。
鈴木電気同様、ここの女性スタッフもなぜか顔面偏差値が鬼のように高く、べっぴんだらけの粒ぞろい。こんな好機を竹田が逃すはずもなく、懇親会そっちのけでどの子にアプローチするかを、舌なめずりしながら品定めするハンター竹田。唯一、竹田になついていた坊主でノッポの大学生にも。
「・・竹田さん、あの子可愛いですね・・竹田さん、男みせてくださいよ・・」
と、無責任に背中をおされ、いざ出陣!。
彼女は、くろっぽいウェイター風の制服を身にまとい、せっせと銘々の席に料理をはこんでいる。
その一瞬の隙を見計らい、竹田がきりこむ。
「・・あの!・・えっと、そのぉ・・」
「・・はい、なんでしょう?・・」
勢いよくカットインした割りに、おそろしいほど言葉が出てこない、糞づまり竹田。
「・・なんか・・ここの女性みんな、顔面平均アベレージ鬼高くないですか?・・」
「・・顔面、平均アベレージ?・・」
「・・なんていうのかな、この胸のトキメキ・・ひとめぼれ?・・」
怪訝そうな彼女の目など気にもとめず、ここぞとばかりに相手の懐にとびこんでいく。
「・・あの、これ!・・」
すかさず、名刺を差しだす。
「・・え?・・」
「・・受け取って、ください・・」
その名刺サイズの紙切れには、竹田の本名、住所、郵便番号、メアド、固定電話の番号、そして最後に、身の毛もよだつような愛の一文が添えられていた。
「・・すみません・・仕事中なので、受けとれません・・」
「・・え・・」
予期せぬ対応に、動揺をかくせない竹田。しかし、かといって後輩がみている手前、後にもひけず。必死に食いさがる。
「・・あのぉ、どうにか秘密裏にでも、受け取っていただけないでしょうか?・・」
「・・すみません、むりです・・」
「・・そこを、なんとか・・」
しまいには、駄々っ子さながらに手足をバタつかせての禁じ手までとびだす。
「・・受け取ってくださいよぉ、ねぇ~・・受け取ってぇ、受け取ってぇ、受け取ってぇな~・・」
そんな竹田の雄姿を、あやまって目に焼きつけてしまう舎弟大学生。あまりの粘着プレイに彼女もとうとう根負けし、やむなく名刺を受けとってしまう。なにはともあれ、ナンパ成功である。
しかし、もちろんその後の進展はない。ある訳がない。半ば脅しといっても過言じゃない。
ちなみに、見てはいけない大人の背中をみてしまった衝撃なのか、ナンパ後の舎弟大学生の前歯は2本とも黒く変色しており、おそらく神経が死んでしまったのだろうと思われる。
おまけのナンパ
もう一つ、思い出深いナンパがある。書き忘れたのでおまけとして紹介しておく。
それは竹田が30歳くらいの、作家をめざして日々、執筆活動に明け暮れていたときの話。(ちなみに今も、それなりには明け暮れてはいる)朝から晩まで、家で執筆というのもさすがに気が滅入るので、たまには息ぬきで近所の「ピオン」というスーパーに足をはこび、1階にあるだだっ広いフードコートでノートパソコンを広げ、冷たい飲料水をかたわらに首を傾げたり、頭をかかえたり、ドライアイの目頭を押さえたりしながらも、キーボードをカシャつかせていた。
まぁ、学校帰りの学生やら、子供連れの主婦やら、おそめの昼食をがっつく会社員やらと、プライバシーなどあったものではないが、水が無料というだけでも良しとしなければならない。
そうして小一時間ほどの作業を終え、せっかくだから道草していくか、どっかにキレイな従業員いねぇかな~、っとふらり立ち寄った3階のゲームコーナーで、竹田はその女性と出会う。
「・・いらっしゃいませー・・」
その屈託のない笑顔にまずやられた。
「・・おめでとうございますー・・」
ゲットした景品のぬいぐるみに、すかさず袋を手渡す配慮にトキめいた。
「・・お嬢ちゃん、これでとれると思いますよ・・」
とるのに手間どる景品を、とりやすい位置にズラしてくれたことより、むしろ天性の子供好きに惚れた。
彼女の名前は、たしか橋本さん。そう2度目のはしもっちゃんである。それからというもの、竹田ははしもっちゃんへのアプローチを開始する。当然、ピオンに訪れる機会もふえ、ゲームコーナーで彼女とどうにか話すきっかけをつかむべく、UFOキャッチャーで欲しくもないぬいぐるみを手あたり次第とりまくった。なんと生活困窮者ともあろう竹田が、1万円分もの大金をつぎこむ熱の入れよう。
その頃には、休日デートにゲームコーナーにやってくる学生カップルどもに、ぬいぐるみの取り方をひと通りレクチャーできるまでに上達していたUFO竹田。しかし、いくつぬいぐるみを取れど、なかなかはしもっちゃんとの距離はちぢまらない。
「・・おめでとうございます・・」
そう、バカでかい袋は腐るほどいただけるも、客と店員との一線がなかなか越えられない。このままではまずいとある日の作業おわり、竹田は意を決し、彼女がはしもっちゃんがまたバカでかい袋を差しだすタイミングを見計らい、なんとか会話をこころみる。
「・・おめでとうございます・・」
今日も相変わらず120点の、いやし系スマイルである。
「・・あ、あのぉ・・」
「・・はい?・・」
「・・ちょっと、そこのバイト募集のチラシみたんですけど・・ここって、働けたりするんですか?・・」
「・・はい、ちょっと私は責任者じゃないんであれですが、働けますよ♪・・」
今がチャンスと、お得意の名刺で一気にたたみかける。
「・・え?・・」
「・・あの、わたくしこういう者でして・・」
竹田のおこないに一瞬眉をひそめるも、いままでナンパしてきた歴代女性のなかでは、比較的マイルドな拒絶である。そうして、なんとか名刺をわたすことに成功した竹田。名刺には名前や住所はもちろん、竹田との唯一のコミュニケーション手段であろうメールアドレスと「興味あったら、ヒマなときでも連絡求む」という、戦時中の暗号めいた一文が添えられている。
しかし家に帰宅後、竹田はある重大なミスに気づく。
・・あれ?、ペンで書き足したあのメールアドレス・・スペル、あれであってたっけ?・・
すぐさま書きなおし、翌日にはピオンのゲームコーナーに現れるも、ふと足をとめ考える。
・・ようやく、ありったけの勇気ふり絞って、名刺わたせたけど・・そういや、もうあの前のめりでアグレッシブな勇気、おのれに持ち合わせておれへんやん・・来たけど、どうしよ?・・
ナンパというのは、想像以上に心のちからを消費する。そこで考えること1分。
・・そうだ!・・
そうして、ある秘策をおもいつく。それは3階のゲームコーナーにあるUFOキャッチャーの一機、それのなるべく邪魔にならない箇所にスペルを書きあらためた名刺をペタリ貼りつけるという方法。どこかしら、店員のめにつく場所に名刺をくっ付けておけば、いずれまわりまわって彼女の手に渡るだろうという算段である。店側からしてみれば、迷惑行為以外のなにものでもないのだが。しかし、またしてもスペルを書き間違えてしまったのか、はたまた竹田のことなどハナから眼中になかったのか、返信はなく、秘策は失敗におわる。
・・くっそぅー・・
普通なら、ここであきらめてしまう竹田。しかし、今回はすこし意気込みが違った。なによりも1万円という現ナマの存在が大きかったのだとおもう。
ついに竹田は、最終手段を実行にうつす。その内容は、バイトとして彼女の勤務先にもぐりこむという、シンプルかつ大胆な作戦である。だが、そもそもがはしもっちゃんに近づく口実として使わせてもらっていただけで、実際のところはゲームコーナーのバイトにまるきり興味のなかった竹田。しかし、彼女に自然とちかづくには、もうこの方法しか思いつかなかった。(すでに相当、とっ散らかってしまっていて、修復不可能なレベルなのだが)
1週間後、白身魚なみに瞬発力だけはある竹田は、すぐに彼女のバイトさきに電話し、面接日をとりつける。
そして、うまいぐあいに経歴を詐称した履歴書で、なんとか面接をのりきる。
それから4日後、竹田のガラケー(ガラパゴス携帯電話)に一通の電話がはいる。
「・・あぃ、もしもしー・・」
「・・あ、竹田さんの携帯でよろしかったでしょうか?・・」
「・・あぃ、竹田ですぅ・・」
「・・お忙しいところ恐れいります・・こちら、ピオンの3階にあるゲームドレミファ大熊猫店、店長の狐川ともうします・・本日は、面接の件でお電話さしあげたのですが、ただいまお時間の方よろしかったでしょうか?・・」
「・・あぃ・・」
「・・で、その結果ですね・・採用の方向でお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?・・」
「・・あぃ・・」
「・・ではさっそくですね、今週の水曜日、午後2時に当店に来店していただくということで・・そのときに改めてお仕事の内容など、いろいろと詳しくお伝えいたしますので・・」
「・・あぃ、あぃ、あぃ~・・」
そうして、すべてのやりとりを万能言語「あぃ」で済ませる怠惰竹田。まさかの合格通知に、廃ビルのそと階段のおどり場で、しばしのあいだ舞いあがる。しかし、そう乱舞していたのもつかの間、すぐに折りかえし電話のベルが鳴る。
「・・あぃ、もしもし~・・」
「・・あ、竹田さん、度々すみません・・えっとですね、今しがたご連絡さしあげた採用の件なんですが、急遽本社のほうから電話がありまして・・バイトの人数を大幅にけずって、正社員のみでやり繰りをしろとのことで・・」
「・・あぃ・・」
「・・大変もうし訳ないのですが、この件はなかったことにして頂けませんでしょうか?・・」
「・・あぃ、分かりました・・」
こうして竹田の夢見心地ルンルン気分は、一瞬にしてはかなくも泡と消える。ここからは個人の見解だが、よくよく推察するにおそらく、現場に居合わせたはしもっちゃんが店長に、採用した大型ルーキー竹田の危険性をチクったのではないかと思われる。
それから数か月の月日がながれ、はしもっちゃんのことなどとうに忘れ、息抜きとして依然利用させてもらっていたピオンで竹田は、彼女と運命の再会をはたす。
しかし、彼女のそのつらは、ふたたび性犯罪者と対峙してしまった被害者のように、恐怖にひきつりおののいていた。彼女のなかでこの一件は、決して恋なんかあわく甘酸っぱいシロモノではなく、事件として片付けられていたらしかった。
悲しい。めちゃんこ悲しく、切ないやんけ、ぼけぇカスぅたこぉハゲぇ・・