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5 タニシやん


 オレにはただの一人だけ友達がいる。それが同い年のタニシやんである。 

 タニシやんとは高校のときに出会った。同じクラスで官能映画をきっかけに意気投合し、家も近かったこともあり、高校を中退してからも頻繁ひんぱんにあそぶ間柄となった。(竹田は高校2年のはじめに中退、中学校も不登校だったため、実質的に最終学歴は小卒となる)竹田同様、ルックスはいいとこ中の中の、アフロで不精ぶしょうひげのタニシやん。

 タニシやんというあだ名の由来は、うろおぼえで定かではないが、たしかクラスでいった森林浴の昼食でひとり、注文したメニューには目もくれず、店に常備してあるタニシの佃煮ばかり食べてるところからだった気がする。

 33になった今でも、たまにあって遊ぶタニシやん。だが20代のころはほぼ毎日、たがいの家を行き来しあそんでいた。(ちなみに、なまぽの練習相手になってくれたのもこのタニシやんである)

 彼も竹田とおなじく、月3万ほどの賃貸のアパートの2階につつましく、ひとりで暮らしている。

「・・うぃ~、タニシやん・・」

「・・よ!、竹田君・・」

 タニシやんはいつも、ベットのまくら側の定位置に、不動明王かのごとく鎮座ちんざしている。そして程なくして、自然とはじまるPSプレイステーションの虫退治ゲーム。

「・・うわぁ、やべぇ~!、クモやべぇ~、助けてータニシや~ん!・・」

「・・いまいくぞ、竹田君!・・今すこしの辛抱だ!・・」

 このゲームは、突如地球に襲来しゅうらいした巨大な虫から、地球をまもるゲームである。

「・・おれを、竹田を、なめるなよぉぉぉ、アリどもぉぉぉ!・・」

「・・地球はオレら、非正規雇用社員がまもる!・・」

 今宵もまた、空想世界で合法的に銃を乱射していくふたり。

「・・ナーイス、タニシやん!・・」

「・・ナーイス、竹田君!・・」

 そうして恒例である、青春の一ページさながらのハイタッチでしめくくる。

「・・ふぅ~、今宵もクモ抹殺まっさつしたった・・」

「・・したったな・・アリも・・」

「・・うん、アリも・・」

「・・あと、UFOも・・」

「・・うん、ハチもね・・」

 すると気を利かして、タニシやんが絶妙のタイミングで扇風機のスイッチをいれてくれる。(冬なら小型ストーブである)

「・・お、サンキュー・・」

 熱中するあまりゲームのあとはいつも、しばしの放心状態と化すふたり。

「・・ところで・・最近なにしてた?、タニシやん・・」

「・・んー・・ボードゲームやって柔術して、シコって、かな・・」

「・・ほー・・」

「・・竹田君は?・・」

「・・おれはー・・執筆して野草くって、シコって・・」

「・・へー・・」

 部屋で放し飼いにしているカラフルな鳥が、時折ひざにとまっては奇声をあげる。

「・・そういや、タニシやん・・この前みた映画はひどかったね~・・」

「・・ああ、あれでしょ?・・ゴリラが豆くって叫ぶやつ・・」

「・・そそ、最後そのゴリラがサメに食われて、なぜか主人公が結婚して幸せになるやつ・・」

 部屋には他にネコとカワウソがいる。

「・・でも、竹田君・・あれもひどかったじゃんか・・バッキバキに体鍛えてる外人が、意味もなくビルからビルに飛びうつるあれ・・」

「・・ああー、あの浮気大好き俳優でしょ?・・」

「・・そそ!・・ことあるごとにプライベートジェットで日本に来る俳優・・」

「・・嫌いだわー・・くるならエコノミーで来い、飲まず食わずでこい!・・」

「・・不用意に財布もたずにきて、日本でしばらく不法就労したのち、強制送還されてほしいわ・・できることなら・・」

「・・あぁ~いいね、それ・・その仕打ち・・」

 本来、このアパートはペット厳禁である。しかしにも関わらず、堂々と多種多様な生きものをはなし飼いにする男前おっとこまえなタニシやん。いや、タニシやんだけではない。このアパートにすむ住人のほとんどは、そんなルールにはまったく無頓着むとんちゃくな強心臓のもち主ばかり。というのも、それこそ不法就労ではないが、このアパートの住人の大半はアジア系外国人。それ故に、日本にいるにもかかわらず、それぞれ母国の常識をあたり前のようにもちだしてくる彼ら。大家さんも入居当初はちょいちょい注意をうながしていたものの、そんな彼らのがさつ感マジぱねぇワールドクラスの厚かましさに根負けし、今では異国情緒あふれる動物王国と化している当アパート。

「・・また今度、映画みに行こうよ・・くっだらねぇ3流映画・・」

「・・うん、ええよ♪・・」

 二人のあいだではなぜかここ数年、ちまたで話題の大作映画や評判のよろしい良作より、ツッコミどころ満載まんさいの3流映画をみたそののちに、帰り足にふらっとたち寄ったファミレスで、ジャンクなポテトをつまみながら、作品をズタボロに酷評こくひょうするという品位のかけらもない所業がはやっていた。

「・・ボードゲームは、新しいのとか買ったんけ?・・」

「・・いや、最近買ってない・・」

 ボードゲームは日本では馴染みがうすく、あっても人生ゲームくらいなものだが、ボードゲームの本場ドイツでは関西でいうたこ焼き器なみに、一家に一台が定番らしい。

 通常、最低でもふたりプレイからが基本のボードゲーム。そのため、竹田とおなじく友達がかぎりなくゼロに等しいタニシやんが、新作ボードゲームを買うそのたびに、まずまちがいなく竹田が家に召集しょうしゅうされる。竹田にとってタニシやんが、かけがえのない存在である一方で、タニシやんにとって竹田もおそらくそれ以上に、ボードゲームという風変わりな趣味を成立させるうえでも、大切な存在なのである。そう、ウソでも自分にいいきかせて心落ちつかせる、根っからの小心ボーイ竹田。

 そんなタニシやんがある日、新たなボードゲームフレンズを開拓すべく、ちょっくら車で隣町にくりだそうと竹田に言ってくる。あの根暗で引っこみ思案のタニシやんが、ボードゲームフレンズなるものを開拓しようと意気込むのでさえ由々(ゆゆ)しき事態だというのに、そればかりか「ちょっくら車で隣町にくりだそう」などという、いつぞやのパリピ顔負けのパワーフレーズを拝借はいしゃくしてこようとは。そのあからさまな背伸びぐあいに、彼の並々ならぬボードゲーム愛を感じとった竹田は、ふたつ返事でそれを快諾かいだく

 そんなわけで助手席にのせられ、タニシやんの愛車ダイハツ・ミラで隣町のとある商業ビルをおとずれた二人。着くなり案内をたよりに、ボードゲームフレンズが待つであろう高層階へ。その階には、市や個人がおのおのもちよった趣味やイベント、教室などが個室という区切られた空間で、ほぼ毎日のようにとり行われていた。

「・・へぇ~、いろんな事やってるんやね~・・」

 竹田の目をひく、様々な催し。 

・・「ちぎり絵の魔術師メグメグミの、ちぎり絵手とり足とり」・・え、誰?・・

・・「図書券争奪!第102回オセロ世界一決定戦」・・んー、規模と商品と歴史がぐちゃぐちゃ・・

・・「おひざにだっこ毒草教室」・・なんか、怖っ!・・

・・「講演会、谷五郎の生態を学ぶ」・・だから、誰やねん・・

 すると他には目もくれず、ある和室のまえへと一目散にむかうタニシやん。そして、立ちどまる。

「・・ここよ、竹田君・・」

 そこには、ホワイトボードに水性ペンで書かれた「ボードゲーム同好会」の文字。

 ふぅーと大きく息をととのえ、腹をくくるタニシやん。それから竹田を先導するように、みずから進んで入室するかにおもわれた。がしかし、まてど暮らせど一向にその一歩めがでない。するとほどなくして、助けをうようにこちらをチラ見してくる、根っからの乙女気質タニシやん。

「・・竹田君、お願い・・」

 その彼の天性の魔性っぷりに、いらぬ胸キュンをさせられる。 

「・・ったくよぉー・・わぁった、わぁった、まかせんしゃい・・」

 そうしてタニシやんまでとはいかないものの、適度な緊張感のもと、その神聖なお座敷ざしきへと足をふみいれていく野郎ふたり。

「・・ど、どうも、こんにちわ~・・少し見学させてくださ~い・・」

 こわばる顔面。しかしまたも、相手方のふところの深ーいウェルカム待遇に、たちまちホッコリさせられてしまう。

「・・お、どうぞどうぞ~・・見学といわず、プレイしていってください♪・・」

・・な、なんと・・プレイとな・・

 そのたった三文字のワードに、場所が違えばなんと卑猥ひわいなひびきか、と過敏に反応しつつも、さっそく言われたとおりにボードゲームをプレイしていく竹田とタニシやん。

 初めに入門編として挑戦したのが「ワニに乗る?」という本場ドイツのボードゲーム。木製の大きなワニのうえに順番にヒツジや猿やペリカンのこまをのせていって、バランスを崩したひとが負けという文字どおりのシンプル極まりないゲーム。

 隣町のボードゲームフリーク達のまえで、いつにもまして意気込むタニシやんをよそに、ひとり無表情でワニのうえにペンギンをのせていく竹田。

 次に挑戦したゲームが「カルカソンヌ」という、ドイツのゲーム大賞を総なめにしているという人気ボードゲーム。どんなゲームかといえば、みずからの領地を広げていくいわゆる、陣取りゲームのようなものである。

 先ほどのゲームよりも若干難易度高めなこともあり、見知らぬメガネの手も借りて、というか半ばそのメガネのほぼ主導で「領地タイル」なる謎のピースを事務的に畳のうえにおかされる竹田。

 そして、最後に挑戦したゲームが「ピクトマニア」というお題にそって絵をかき、そのお題をまわりが当てるという日本製のお絵かきゲーム。初めて興味をそそられ、おもわず前のめる竹田だったが「・・あ、その書き方ダメ!・・」という生粋きっすいのボードゲーマーの手厳しい指摘にたちまち意欲をそがれ、あえなく出鼻ポッキリ撃沈。

 そうして、休日を謳歌おうかするタニシやんとは対照的に、終始にが笑いのまま竹田のほろ苦い一日は幕をとじるのであった。

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