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4 色んなジジイ 


 囲碁に興味をもったのは、ちょうど竹田が18のころ。ガキの頃から将棋のルールはなにげに知っていた竹田。かたや囲碁はというと、ただたんに王様をやっちまえばいいという将棋の単純明快なルールとはちがい、どこに打ち、どのように勝敗が決し、どうなれば終わりなのか、すべてが謎だった。

 そんなある日、竹田が住む町にひとりの囲碁棋士がやってくる。それも囲碁界きって美人棋士という触れこみ。そのポスターにうつる前評判どおりの美しさに、たちまちとりことなってしまった竹田は、迷うことなく会場へ。

 会場では指導碁と銘うって、彼女をとり囲むように囲碁をうつ、鼻の下の伸びきった町内きってのスケベオヤジたち。しかし、囲碁のルールが分からない竹田は、そんな加齢臭くっさい列にすら並ぶことができず、ただただ気持ちの悪い挙動で、ストーカーさながらに彼女のそばを行ったり来たり。結局、そんな状態のままイベントは終了してしまう。

・・ああ、囲碁のルールさえ知っていたら・・彼女とお話もできたし、あわよくば白魚しらうおのようなあの手を、ひとり占めできたかもしれねぇってのに・・

 そんな可能性は万に一つもない。しかしそれ以来、竹田はネット碁にドはまりする。

 それからというもの在宅ワークの仕事は一時休職し、朝10時に目を覚ましては、寝巻の状態のまま唯ひたすらにコーンフレークを口にかっこみ、パソコンの画面にかじりつく毎日。尿意をもよおせば、そのたびに意味もなく膀胱ぼうこうと葛藤し、小腹がすいたら常備してある野草のノビルにかじりつく。夜は決まってメロンパンに浄化器なしの水道水。寝るのは大体、対局者数が激減する深夜3時過ぎごろ。そんな不摂生ふせっせいな生活をつづけること半年。100連敗したのを皮切りに、みるみる勝率をあげていった竹田は、3か月で2級までかけあがる。

・・おし、これでいつ彼女がやって来ても、指導碁うてるようになった、うぇい!・・

 すると、あらたな欲求が竹田の心に芽生えだす。

・・ネット上の人間とうつのもいいんだけど、なんか飽きたな・・せっかくならリアルな人間と碁盤はさんで打ちてぇな・・だれかいねぇかな、近所に囲碁うてるやつ・・

 そうして、リアルな竹田の囲碁武者修行がはじまる。

 まずは、近場の公民館から調べてみる。というのも竹田調べでは、仕事をリタイヤした年金暮らしのジジイババアというのはわりと公民館を活用し、さまざまなクラブを発足する習性がある。案の定、足を運んでみたらさっそくヒット。 

・・えっとー、あった・・清水囲碁クラブ・・

 2階にあがり、恐る恐るなかの様子をのぞきこんでみる。するとそこには、パイプ椅子にスチール製のテーブル、そのうえに並べられたうすっぺらな碁盤が数枚。それをはさむように向かいあう数名のしょぼくれジジイと、竹田の追い求めていたそれとはいささかかけ離れたれた現実が。

・・なんだこれ、全然違うやん・・畳でもなければ、足つきの碁盤もねぇ・・

 おもわず、心のなかで口をつく竹田のエセ関西弁。

 囲碁の碁盤にもいくつか種類があって、ひとつは磁石でくっつく安価な、持ちはこび便利なポータブルマグネット盤。ひとつは腰に負担のかからないようテーブルのうえで打てる、わりとお手頃な値打ちの、厚さ10センチほどの卓上盤。そして最後が、竹田の憧れでもある畳のうえにじかに座ってうつ、よく囲碁のタイトル戦などでみかける、おそらく値段はピンキリであろう風格ただよう例の足つき碁盤である。(ここにあったのは2番目にご紹介した卓上盤である)  

 ・・んー、しょぼい・・にしても、しょぼい・・

 そうブツクサと不満をもらしながらも、せっかく来たのにすぐ帰るのもなんなので、なけなしの勇気をふり絞り、いざ中へと潜入をこころみる竹田。

「・・あの~、すいません・・少し見学させてください、もしよければ・・」

 すると、どうせ余所余所よそよそしいつっけんどん待遇がまち受けているかとおもいきや意外や意外、やさしく竹田を迎えいれてくれる数名のしょぼくれジジイたち。

「・・ん?・・いいよいいよ、好きなだけ見ていって・・」

 その優しさに初めて、人の温もりならぬジジイの温もりにふれ、ちょっぴり感動してしまう竹田。

 すると、そんな竹田に更なる高齢者流サプライズが。

「・・きみ、囲碁うてるの?・・」

「・・あ、はい・・少し・・」

「・・どのくらいで打ってるの?・・」

「・・ネットでしか打ったことないんですけど・・今、一応2級でうってます・・」

「・・へー・・じゃあ、試しにワシと打ってみる?・・」

「・・え・・」

 そんなこんなで急遽きゅうきょ、どこの馬の骨かもわからないメガネで出っ歯のもやしっ子、竹田青年と手あわせを願いでてくれた、まるで生き仏のような心もちのご老人S氏。

「・・お、お願いします・・」

 そう、対局まえに一礼する所作にも新鮮さをおぼえながらも、うちはじめる二人。

 しかし、結論から言えば、このご老人の囲碁の腕まえはというと、超がつくほどのポンコツぶりだった。

 マナー知らずの猛者もさどもに半年間もまれ、いつしか強くなりすぎてしまったのか、恩を仇でかえすかのように完膚かんぷなきまでにご老人をたたきのめしていく、自称ネット碁の申し子、竹田青年。

「・・ん~、参った!・・強いな、あんちゃん・・」

「・・いえいえ、そんな・・」

「・・おれじゃ、到底かなわんわ・・」

 その後、何人かのジジイたちと対局した竹田青年だったが、結果はみごと3戦全勝。それにまんまと味を占めた竹田は、今度は近所にあるクリーンセンター(ゴミ処理施設)へと出向く。

・・たしかここで、風呂上がりにじいさんたちが囲碁うってたような記憶が・・ 

 そんなうろ覚えな状態のまま、居間のくつろぎスペースを覗きみる。 

・・おらんな~・・でも碁盤はあるから、そのうち来るやろ、誰か・・あ!・・せっかくだし、それまでひとっ風呂あびてこようっ♪・・

 ってな訳で、朝も早々にひとっ風呂あびる、なかなかいい御身分の竹田。そう、朝っぱらからタオルで玉金をかくしながらも大衆浴場のすみっこで行水していたときだった。

「・・あんちゃん、朝の風呂はいいだろ?・・」

 さっそくプライバシーもお構いなしに、ずけずけとコミュニケーションを試みてくる町内のジジイ。

「・・え・・ええ、まぁ・・」

 そのジジイはシャンプーなのかボディソープなのか、とにかく全身を泡まみれにしながら、こちらにありったけの笑顔をふりまいてくる。まるで、おのが運営している施設かのごときふるまいで。そんなジジイは適当にあしらいつつも、浴室をでる竹田。

・・ああ~、さっぱりしたわ~・・

 それから、さきほどの居間のくつろぎスペースに戻ってみれば案の定、3名の湯あがりジジイが囲碁に興じるすがた。

・・おお!・・おるおる、ジジイがおるでよぉ・・

 胸の高鳴りをおさえつつも、しらっと近づいていく竹田。そしていつしか、いち傍観者としてフェードインを決めていく。

・・おお、足つき碁盤やん!・・おれの憧れの!・・

 これで準備は整った。あとは、竹田という存在をジジイたちに認識してもらい、お誘いを待つだけ。

「・・ん~、まいったな~・・うん、こりゃダメだ!、参りました・・」

 碁盤の石をごちゃごちゃにするジジイ。どうやら片っぽが投了したようである。幸運にもタイミングよく、対局チャンス到来。

「・・んー、ここ取っちゃったほうが良かったかな、やっぱ・・」

「・・そうですねー・・うん、僕もそう思います!・・」

 急遽検討にくわわり、ここぞとばかりに口をはさみ、ジジイたちに自己アピールしていく竹田。

「・・お、やっぱあんちゃんもそう思うか?、だよな~、ここは取るべきだよな~・・」

 よし、認識は完了。あとはジジイからのお誘いまち。碁器とよばれる入れもんに、それぞれの碁石をかたしていく二人のジジイ。

・・こい!、こい!・・誘いこい!・・

「・・ん?、あんちゃん・・囲碁うてるなら次、うつかい?・・」

「・・え、い、いいんですか?・・」

・・き、き、きたぁーーー!・・

 そして当初の狙いどおり、クリーンセンターのゴミ処理ジジイと対局するまでこぎつけた竹田。どれほどの腕まえなのか、期待にむねを躍らせながら局面を打ちすすめていく。しかし残念なことに、このゴミ処理ジジイも竹田を満足させるにはいたらず、終盤ついついジジイの石を殺しまくるという暴挙にでるアサシン竹田。

・・えっと、何目しんだ?・・だいたい60目だから、利益120目か・・ウハウハやな、こりゃ・・

 そんな血も涙もない冷酷非道な竹田のおこないに、いつしか怒りでうち震えるジジイのくちびる。すると、ほどなくして投了するゴミ処理ジジイ。

「・・うぅぅ・・ダメだな、こりゃ、負けた!・・」

 年代物のイチモツをちぢみ上がらせては、そのあまりに残忍な竹田の殺しっぷりに、いつしか寡黙かもくなただの「石片しジジイ」と化すご老人。

「・・おはようーさん♪・・」

 そこへ満を持してあらわれる、ゴミ処理施設の主らしき男性。

 「・・あ、佐々木さん・・」

 男性はまわりのハゲちらかした小汚ないジジイどもとは一線を画し、綺麗にととのえられた白髪に白シャツ、黒のスラックスと清潔感あふれる身なりをしている。

「・・このあんちゃん強いんだわ、今ちょうどこっ酷くやられたとこなんだけど・・佐々木さん、もしよければ相手してやってくんないか?・・」

 そうしてはじまる4戦目。一見、ほかのジイさんたちとは異なるそのたたずまいに若干気圧けおされる竹田だったが、正直このジイさんもさっきのジジイとなんら変わらず、風体ふうていだけで実力の伴ってないただの「がっかりゴミ処理ジジイ」に他ならないのであった。結局、中押しがち(途中で相手が負けをみとめること)で勝ったのだけ記憶している。

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