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3 お仕事


 オレはここに至るまで、いくつかの職業を転々としてきた。冷たい場所で野菜をひたすら切りきざむ仕事、スーパーのレジうち、小学校の先生の補助、すれたパチンコ店の店員、金券ショップの職業体験とさまざまだが、一週間以上つづいた仕事はない。

 まず、冷たい場所で野菜をひたすら切りきざむ仕事だが、要するに飲食店などでだす、つけあわせの野菜のおろし業者のことである。全身白づくめの白衣にきがえ、細かく裁断されたかわいそうな野菜たちを、網で水洗いし、脱水、袋づめする地味な作業。(かわいそうは、たんなる竹田の主観である)それにくわえて、室内は野菜の品質管理のため冷気がたちのぼり、イチモツが縮みあがりそうな寒さである。ここではおよそ1週間程度はたらいたが、寒いうえに見知らぬババアにこき使われるのに耐えかね、速攻でやめてしまった。もちろん腹いせとして、もっとも幅をきかせていた上司のババアに手違いと銘打って、ホースで水をぶっかけることは忘れない。給料はおよそ二万円ほど。

 次に働いたのがスーパーのレジ打ち。ここでも教育係として、おれのかたわらにはたえずババアがスタンバイ。だが、前の野菜の仕事とはちがい、このババアは比較的温和な良いババアではあったものの、粘着質な常連ジジイの苦情に嫌気がさし、またも4日ほどで退社。

 次にやったのが、学校の先生の補助。いまのご時世、大変な家庭環境の子供がおおいようで、そんな荒れくるう子供たちを一クラスにまとめ、ひとりでは面倒が見きれない先生の手助けをするというお仕事。まぁ割と、子供は嫌いなほうじゃないと自負していた竹田だったが、あまりのガキの自由奔放ほんぽうさとけたたましさに初日にキレ、たった6日で自称子供好き返上とともに強制終了。

 4つ目が、パチンコ屋の店員。ここはおれがガキの頃から、おんぼろ店舗で有名だった清潔感のかけらもない、どうやって経営を維持してるのかみなが疑問に感じるほど、場末感がマジぱないパチンコ店。そんな外装をしてるだけあって、仕事内容もどんなにユルユルかと思い、あわい期待をいだき応募してみたところ意外や意外、予想をくつがえし中身は普通のパチンコ店同様の激務。そのうえ、近所のごろつきが集まるだけあって、店員間の人間関係は超がつく劣悪ぶり。一人一人の性格はすれにすれまくり、なにかと粗をさがしては、罵詈雑言ばりぞうごんがとびかう最低最悪な職場環境。

「・・お前もああなりたくないなら、死ぬきで働け!・・」

 うるせぇ、そうムカっ腹をたてる以前に、その同僚の言葉にドン引きし、初日で退社という最短記録をぬりかえた。

 最後、5つ目の金券ショップの仕事は、普通のアルバイトとはちがい、市の職場体験という名目でさまざまな仕事を無料で体験できるというお仕事。しかも数日間、職業体験したうえに、1日千円ほどの給料もでるという。しかしここも、5日ほどで市の職員さんと口論の末やめてしまう。

 というのも、朝がめっぽう弱い竹田。職員さんの親切丁寧な説明を、いくら早朝とはいえ、あろうことか右から左に聞きながしてしまう。にもかかわらず、通常のアルバイト同等の賃金はもらうつもりでいる強欲竹田。お昼休みの店主とのとある会話をきっかけに、事態は急変する。

・・こんな、ほぼ何もしないで、店長の所作ながめながら缶ジュースのんで、時給最低でも7百円だろ?・・1日8時間はたらくから一日大体5千円・・こんなおいしい仕事初めてだぜ、ひひっ・・

「・・あの、来週も、朝9時くらいに来ればいいですかね?・・」

「・・え?・・今回は職業体験だからたしか一週間だけだよ?・・だから明後日までかな?・・」

「・・え?・・じゃ給料は一日いくらぐらいになりますか?・・」

「・・多分、一日千円じゃなかったかな・・」

・・せ、せ、千円・・たったの、千円・・だまされた・・

 いや、なにもだまされてはいない。

・・オ、オレが、中卒だからって・・な、なめやがって・・

 あまりの精神的苦痛にその1時間後、店主になんの断りもなく、おもわず家へと逃げ帰ってしまう竹田。その後、突如行方をくらました竹田の安否をめぐり、市の職員さんと金券ショップの店長さんとですったもんだ。そして翌日、当然のことながら市の職員さんから一通の電話が。

「・・あの、竹田さんでいらっしゃいますか?・・」

「・・はい・・」

「・・役所の職業体験担当のものですが、昨日金券ショップの店長さんからお電話いただきまして、昼食を食べに行ったっきり竹田君が帰ってこないということで、彼の身に何かあったんではないかと心配していたと・・大丈夫でしたか、何かありました?・・」

「・・いえ、なにも・・」

「・・そうですか・・まぁ、とはいえ5日間は働いたということで、その分の給料は一応でますので・・」

「・・あの、一日千円なんですか?・・」

「・・はい・・」

「・・あの、それ聞いてなかったんですけど・・」

「・・え?・・」

「・・ちゃんとアルバイトみたいに時給7百円くらいで、8時間働いて一日5千円くらいはでるんだと思ってました・・」

「・・あ、はぁ・・」

「・・あと一週間だけじゃなく、あそこで数か月、できれば数年働けるものだと・・」

「・・えっと、役所に来てもらったときに事前に説明さしあげたと思うんですけれども?・・」

「・・いえ、聞いてません・・」

 ねむくてねむくてつい聞き逃した、とは死んでも言わない竹田。

「・・いえ、あの・・職業体験にきていただいた方には、事前に説明させていただいおりますし、竹田さんの場合も先日役所にこられた際にきちんと説明いたしました・・」

「・・はぁ・・」

「・・えーはい・・それに、今まで10年以上この業務のほう担当させていただいておりますが、そのような苦情はいままで一度としてありません・・」

「・・へぇ・・」

「・・はい、今回が初めてであります!・・」

 苦情、そうこれはれっきとしたクレームである。しかし、その役所職員の至極当然しごくのごとくふりかざす正義が、不運にも彼のなかに潜むモンスターペアレンツ魂を呼びさましてしまう。

 といっても、冷静に考えればこちらに非があるのは、誰の目からみても明らか。もちろん竹田自身もそれは分かっている。

 だが、しかしである。そうと分かっていても、ときに理性と感情の折りあいがつかないときが人間にはある。悪いと分かっていながらも、この如何ともしがたい感情の高ぶりを、行くあてのない怒りをだれかに受けとめてほしい。

 わたしはただ、百歩、いや千歩ほどゆずって、仮にそちらになにかしらの伝達ミスの不手際があったとして、いや、そんなものはもはや微塵みじんもなく、十ぜろで竹田が悪いとしてもだ。公務員という国民のお世話をしてくださる身として、形式常だけでも一言こう謝ってさえくれていたら、それで良かった。

「・・こちらにも、行き届かない点があったみたいで、すいません・・」

 これで、すべてが丸く収まっていたのだ。なのに、あろうことかクレーマー竹田に敵意むきだしで真っ向からぶつかってきた、一介の役所職員A氏。そんなまったく歩み寄るきのないけしからん野郎に、もはや手加減はしないクレーマー竹田。

「・・今回が初めてであります!・・」

「・・で?・・」

 そう威勢よく言いきった彼に、早速つっかかっていく竹田。

「・・え?・・」

「・・で?・・なにがいな?・・」

 竹田の予想外の反応に、あからさまに動揺をしめすA氏。

「・・今回が初めて?、だから何がいな・・今までは大丈夫だった、ただそれだけの話やろがぃ?・・己のプレゼンが完璧だったとおもうなよぉ・・」

「・・え・・はぁ、そうですか・・で、ですが一応、5日分の給料だけは取りにきてくださいね?・・」

「・・はぁ?・・誰がとりにいくかぁ、そんなはした金ぇ・・」

「・・いえ、お給料だけは取りにきてもらわないと、こちらが困りますので・・」

「・・ふざけるなよ・・なめるなぁ、竹田をなめるなよぉ!・・」

 そう吐き捨てたにもかかわらず、目先の利益にめがくらみ結局は後日、お金だけはきちんと受けとりにいってしまう現金な竹田なのであった。

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