#5 引きずられた脚
倉山武道館を出てさらに五分ほど過ぎた頃、ヒイラギタクシーは、僕が住んでいた、連島町の変電所近くにやって来た。
「ヒイラギさん、その先の二又路を右に折れてくれ」
「了解」
タクシーが、僕の指示通り右に折れると、やがて僕が住んでいた一角に入った。
左手には、懐かしい小さな空地がある。
「悪いが、その空地で少し待っていてくれないか」
「了解致しました。行ってらっしゃい」
僕は、車を降りて、住んでいたアパートがあった方向に歩き出した。
右手に小さなお寺があり、その先に公園がある。
錆びかけた滑り台に、ギシギシとやたらうるさいブランコは、そのまま残っていた。
公園から、中学生くらいの少年三人が小走りに出てきて、去って行った。
公園内を見ると、ベンチに同じような年頃の少年が一人座っている。
少年は、両手で顔を覆い、肩を震わせていた。
僕は、子供の頃にく遊んだ遊具を見ながら、少年が座るベンチに近づいた。
少年が、僕の気配に気付いたのか、少し顔を上げこちらを睨む。
「お、お前、コンドウか?」
僕は、思わず声を上げてしまった。
そんなはずはなかった。
コンドウは、僕の同級生だ。
「あ、いや、すまん。…どうした、大丈夫か?」
その少年は、僕をもう一睨みして、舌打ちをした。
そして、突然立ち上がり、さっき三人の少年が出てきた公園の出入口とは、逆方向にあるもう一方の出入口に向かって歩き出した。
「あ…」
立ち上がった少年にさらに声をかけようとした僕は、その姿をみて言葉を失った。
コンドウ…
同じ町内に、僕と同い年のコンドウが住んでいた。
彼には、生まれつき右足に障がいがあり、いつも、右足を引きずりながら歩いていた。
僕たちは、時おり、鬼ごっこの鬼をコンドウばかりに押し付けたり、友達どうしで野球をするときに、仲間外れにした。
今思えば、あれは明らかにいじめだったのだろう。
「コンドウ…」
僕は、もう一度彼に声をかけた。
彼は、足を引きずりながら、公園の出口の曲がり際、こちらをもう一睨みした。
僕は、少年が出ていった公園の出入口に駆け寄り、右手を見やったが、少年の姿は、もう見えなかった。
僕は、もう一度公園を見渡した。
周りを木々で囲まれたその公園は、決して明るく楽しそうなオーラを発することはなく、僕の胸を締め付けた。
僕は、気を取り直して、もう一度公園を横切り、反対側の出口を出て、アパートヘと向かって歩き出した。
公園を出て、20メートルも歩くと、トメばぁの駄菓子屋がある。
店主のおばあさんの名前が「トメ」だったらしく、皆、「トメばぁの駄菓子屋」と呼んでいた。
そのトメばぁの駄菓子屋の前で、入口の戸板に手をかけ老婆が立っていた。
「トメばぁ…」
僕は、思わず声をかけた。