#1 倉敷へ
本作品は、本年1月に、アメブロにて全八話に渡って掲載した、短編連載小説です。
先に掲載した『口笛』は、長い時間をかけてストーリーを策定した後、書き始めましたが、こちらは、思い付くままに、書き連ねた、即興演奏的な小説です。
「ワタナベ先輩は、これからどうされますか?僕は、姫路城見てから市内観光して帰ろうと思ってるんですけど…」
僕は、少しだけ考える風をした。
「そうだな、ちょっと倉敷にでも行ってみようと思ってる」
「え゛っ、倉敷ですか?」
姫路駅前のロータリーの人混みの中で、後輩のヒライは思いの外、大きな声を出した。
「バカ野郎、すっとんきょうな声を出すんじゃねぇよ」
僕は、後輩のヒライの側頭部を平手打ちした。
おそらく、ヒライは、僕も、当然に姫路城や、市内観光をして一杯軽く呑ってから一緒に東京まで帰るもんだと決めつけていたのだろう。
僕は、東京にある大手建設会社の営業部に勤めている。
僕らの仕事は、都内の老朽化したビルを探し、オーナーに、建て替えを薦め、新しいビルを建てさせることだ。
この御時世で、バブルの時のようにホイホイと建て替えに応じるオーナーがいるハズもなく、営業部の社員は、ひたすら靴底を減らしながら、頭を下げ続け、ご機嫌を取る日々だ。
いや、ご機嫌を取るだけでは、駄目で、建て替えにどれ程のメリットがあるかを訴え、オーナーをいかにしてその気にさせるか、その企画力もモノを言う。
当たり前だが、楽な仕事ではない。
その日は、今、まさに建て替えの攻勢を仕掛けている、港区にビルを数本所有するオーナー会社の新社屋の落成式で、姫路まで来ていた。
思いの外、早く落成式や、パーティーが終わり、僕たちは、少し時間をもてあましていた。
「しかし、なんで姫路なんですかねぇ、しかも二人分席を用意してあるからって…」
「聞いてなかったのか。姫路は、社長の田舎だそうだよ。母親が、離れたがらないらしい。俺たち二人呼んだのは、こちらの本気度をみてるんだ」
「それにしたって社員は大変だなぁ。まぁ、今の東京本社は、支社として残すらしいですけどね…姫路行けって言われたら僕なら辞めちゃうな~」
(ペシっ)
僕は、ヒライの側頭部をもう一度ぶった。
「バカ野郎、大事な客の本社がある最寄り駅で、悪口を口にするな。誰かに聞かれたらどうするんだ。そう言うところが、お前は、甘いんだよ」
「す、すいません…」
腕時計に目をやると、15:52を指していた。
「悪いなヒライ、16:00の新幹線で、岡山に向かうんだ。せいぜい、姫路城楽しんで帰れ」
僕は、そう言うと、券売機に向かい大急ぎで倉敷までのキップを買い、新幹線のホームに向かった。
倉敷は、親の都合で中学卒業とともに離れて以来、実に23年ぶりだ。
そんなに、久し振りだったし、旧友もいるのだから、一泊でもしたいところだったが、明日早朝から子供の行事があるため、その日中に帰らねばならなかった。
それに、旧友の連絡先も残念ながら何一つ持ち合わせてはいなかった。
倉敷には、16:50に着く予定で、自宅がある木更津に帰り着くには18:30に倉敷を出る必要があった。
僕に許される滞在時間はたった1時間40分だ。
僕は、倉敷駅に着いたらタクシーを拾い、思い出の地をまわることにした。