2項:異世界での目覚め
柔らかな草の匂いと、頬を撫でる風の感触が荒井雄一を目覚めさせた。瞼を開けると、目の前には青い空と緑の草原が広がっている。どこかで鳥がさえずり、風が草を揺らす音が心地よく響く。彼はゆっくりと起き上がり、周囲を見回した。
「……これが、異世界か?」
ぽつりと呟いた声が、自分の耳に妙に浮いて聞こえた。立ち上がると、ふと体に違和感を覚える。肩の張りも、腰の痛みもない。むしろ体全体が軽い。驚きとともに手を見ると、肌が若々しく、まるで現世の自分ではないようだった。
「ちょっと待て……」
雄一は近くの小川を見つけ、その水面に顔を映した。そこに映っていたのは、18歳くらいの若々しい顔。黒髪は艶やかで、肌にはハリがあり、目つきも鋭い。あまりの変化に、声を上げずにはいられなかった。
「なんだこれ! 俺、こんな顔してたか?」
水面を見つめたまま、思わず額に手を当てる。記憶の中の35歳の自分とはまるで違う。
「これが……神様が言ってた新しい人生ってやつか。」
軽く笑って呟くが、その胸には不安と期待が入り混じる。新しい体と新しい世界。そのどちらも現実味を持って感じられないまま、雄一は周囲を見回した。
「さて……どうすればいいんだ?」
呟きながら足を踏み出したその時だった。茂みの中から微かな音がした。かさり、かさりと草を踏むような音。雄一は立ち止まり、茂みの方をじっと見つめる。
「……誰かいるのか?」
声をかけても返事はない。だが、次の瞬間、茂みが大きく揺れ、そこから姿を現したのは巨大な狼だった。灰色の毛並みが逆立ち、鋭い瞳が雄一を捉える。その牙は人間を軽々と引き裂けそうなほど鋭い。
「……嘘だろ?」
雄一は咄嗟に後退りし、心臓が嫌な音を立てているのを感じた。狼は低い唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。
「待て待て、ちょっと待て……武器、武器はどこだ!」
必死に周囲を見回すが、使えそうなものは何もない。足元には石ころひとつ転がっていない。狼が地面を蹴る気配を見せ、雄一の喉が渇いた。
「マジかよ……!」
その瞬間、頭の中に声のような感覚が響いた。
「創造の力を使え」
「創造の力……?」
神が言っていた力のことだと気づく。しかし、使い方がわからない。ただ、本能的に何かを強く願えばいいような気がした。
「頼む、何か、武器をくれ!」
声に出して叫ぶと、胸の奥から熱い感覚が広がり、手のひらに光が集まってきた。その光は徐々に形を取り、重さが手に伝わる。握ってみると、それは粗末だがしっかりとした木製の棍棒だった。
「これが……創造の力……?」
驚きに呆然としながらも、目の前の狼はそんな余裕を与えない。喉を鳴らしながら飛びかかってくるその瞬間、雄一は全力で棍棒を振り下ろした。
「うおおおおっ!」
棍棒は狼の肩を捉え、鈍い音が響く。狼は一瞬怯み、そのまま茂みの中へ逃げ込んだ。
「はぁ、はぁ……助かったのか……?」
息を切らしながらその場に崩れ落ち、手の中の棍棒を見つめる。今しがた自分が作り出したその物体が、命を救ったのだ。
「これが……創造の力……」
しかし、その余韻に浸る間もなく、心に新たな疑問が湧いた。この力をどう使い、この世界でどう生きていけばいいのか。
「簡単にいくわけがない、か……」
自嘲気味に笑い、雄一はゆっくりと立ち上がった。棍棒を握り直し、遠くに広がる森を見据える。
「よし……まずは、生き残ることだな。」
新しい世界での彼の一歩は、力の使い方を模索しながらの、厳しいものになりそうだった。