04:《星漂者》
――「へぁぁぁぁあ!!!!」
1人の受験者が強烈な叫びと共にかけ出す。
先陣を切ったのは少しぽっちゃりとしたふくよかな男性だ。
ふくよか、と言ってもその脚や腕はガチガチに鍛えられており、筋骨たくましい。
ぼってりと膨れた腹がゼリーのように揺れ、その勢いを体現する。
ガギ!
男が振るった長剣が地面を叩き、コンクリート状の平たい地面に凹みを作る。
それに対し、ルディスは少し右に逸れただけで、一切表情が変わらない。
「ふむ、速度、パワー共に悪くは無い。だが、長剣で大振りだと起動が分かりやすく、避けられやすい。自分よりも力の強い相手ならばただ伏せがれて終わりだ。不合格。3ヶ月後の試験にもう一度参加してみてくれ。」
全くの酷評という訳ではなく、正当に評価され改善点が述べられる。変に意地の悪い試験官では無いことが分かったな。
「次、行きます!」
次を名乗り出たのは、双剣を携えた少し小柄な少年だ。
タッタッと軽やかな足取りで、素早くルディスの脇に潜り込む。
剣も構えていないルディスには受けようもないが、ルディスの目はしっかりとその少年を捉えている。つまりは対処の使用はいくらでもあるというわけだ。
いっその事、重たい鎧を持ってすれば軽い双剣など急所さえ守っていれば良いだけだ。
ただ、ルディスはそんなこともせず、軌道をしっかりと見透かした上で守るでもなく、交わすでもなく、ただ己の手を使い往なす。
突然攻撃の起動をずらされ体制を崩した少年はルディスの腕に倒れ込む。
そのままルディスの腕に受け止められ、諦めの顔でゆっくりと体制を整える。
「まず、双剣は軽いのが弱点だ。俺のように重たく、厚い鎧で身を包むものに相対した場合、俺のようにいなすこともされず鎧で伏せがれて殺されるのがオチだ。ただ、軽いのが利点でもある。利がなければ普及もしないはずだしな。例えば、チームで敵を撃破する場合、双剣は身軽に動き回れるため相手の気を引き味方を援護することが可能だ。まあそれなりの腕がなければ前者同様受け止められて殺される。そこに気をつければまだまだ強くなる。君は保留にしておこう。来月また受けに来るといい。」
的確に欠点を述べるルディスに、希望を見るように意気揚々と返事をしてそそくさと後ろへ下がる。
対しルディスは、次はまだかと言った様子でこちらを伺うが、この状況の中で次を名乗り出るものはいない。
そろそろ俺が行こうかと悩んだところ、横ではいと手が上がる。
「わたし!わたしが行きます!」
横でひょこひょこと跳ねるのは、茶髪ショートの駆け出しのような少女だ。
シンプルな片手剣を両手で構え、ゆっくりと近づく。きっと、どこかで習ったのであろう構えでルディスの前まで行くと、上段に構え振り下ろす。
「!?」
上から下に振り下ろされたかと思われた剣が、気がつけばルディスの両手剣により首元1歩手前で止められていた。
少し驚いた顔でその剣を見つめるルディスは、すぐにその剣を跳ねて自身の持つ両手剣を鞘に収める。
「合格だ。どうやらその剣の腕、《劉白鵬》氏の弟子とお見受けする。俺が君に贈る言葉は今の動きを見た限りは何も無いな。これから《星漂者》として頑張ってくれたまえ。」
「はい!」
合格の一言にウキウキの少女。
ゲームのストーリーでは関わってこなかった人物だが、かなりの重要人物だろう。
もしキャラクターガチャとかがあったらピックアップされるタイプだ。
「次はいないのか?もしいないのであれば全員不合格とするが。」
不意にこちらを向けばそんなことを言ってくる。が、他に声を上げるものも居らず、沈黙のみが場を包む。
それじゃあということで、ゆっくりと手を上げる。
「いきます。」
そう宣言すると、星2ランクの《魔神器》、《朧剣》を引き抜く。
スラリと伸びた剣身に白く濁った輝きが反射する。
俺はルディスの前まで行くと、ゆっくりと身を低く構える。
《魔神器》スキルの発動には方法が2種類ある。まず1種類目が、スキル名を詠唱する方法。まあ無難だが、本来まだ《魔神器》の詳細が分からない状態でスキル名を詠唱しても不審がられるだけだ。そうなれば少し面倒なことになるかもしれない。
そこで2種類目だ。それというのが構えで発動する方法だ。それぞれの系統によって構えは別れているが、基本片手剣ならばこれ、両手剣ならばこれと決まっている。
スキルを発動するための構えを取り、《魔神器》スキル、《朧風》を発動させる。
ルディスが身にまとっている重鎧は《常闇の重鎧套》と呼ばれる星5ランク《魔神器》だ。そうそう壊れるものでも、なんだったら傷がつくものでもない。
思い切りよく、俺が剣を振るえば、閃く風が幻影をまとって飛びかかる。その全てが刃となり、鋼鉄をも切り裂く必殺剣になる。
俺の攻撃にまたも両手剣を引き抜きすべての残影を斬り伏せる。モヤになって消えた風の刃はそこに霞を残しながら無くなっていく。さすがに伏せがれるかと、少し肩を落とすが、次の瞬間反射で身体を動かしていた。
ガイン!《朧剣》とルディスの両手剣――《魔神器》、《宵虚陰堕》が激しく交わる。目にも止まらぬ速さで超重量の逆袈裟がこの身を襲えばひとたまりもない。
「くっ……」
「……っ、はっ、す、すまない、いきなり切りつけてしまって。」
途端にルディスの殺気に埋もれていた理性が突然戻ってきたかのように突然態度が豹変する。
剣を持つ腕に込められた力が抜けていき、やっと力の抜けた腕で、剣をそっと鞘に仕舞い込む。
「今の技は君のオリジナルか?それとも、どこかで習った物か?」
「……あまり詳しく覚えていなくて。剣を握ったら感覚的に体が動いたというか……。」
「……そうか、まあいい。あの技ができるものを不合格にはできまい。合格だ。」
どこか疑問の残る顔で、確かにそう言う。
俺としても記憶喪失の振りを貫かなければどこかでボロが出る気がするので、このまま続けて行くとしよう。
何かタブレット端末のような物を操作しつつ、今回の受験者の方を向く。
「今回の合格者は2名、保留1名ということで申請を通させてもらう。異議のあるものはいるか。」
その声に、はいと手を挙げるものはおらず、無言のままひとつ頷くと、その操作を手早に終わらせて端末をしまう。
「……申請が受諾されるまでの30分間は、各々好きに行動してくれたまえ。ほかの受験者も、不合格通達の受理に15分ほどかかる。その間は同様に各々好きにしていてくれ。俺はこれからまだ仕事があるのでこれで帰らせてもらう。」
そう言うと壁に直接映し出されたかのようなホログラムの画面を操作する。少し長めのパスワードでも入れているのか、数十秒の後、壁にはEXITのホログラム文字が浮かび上がる。
「この壁に触れれば、誰であろうと最初の受付カウンターに転送される仕組みになっている。5分以内にこの空間から退出するようにしてくれ。合格者はその後受付を正面に左方向壁付近にある黒いタイルに書かれている魔法陣をくぐってくれ。合格者の適合審査の受付に繋がっている。それでは失礼する。」
そう言うと、ルディスはEXITの文字が映し出される壁に手を当てる。その瞬間、淡い光がルディスを包み、青白い粒子となり吸い込まれるように消えていく。
それを見た受験者達は顔を見合せて次々に壁に手を当て始める。
「俺も行くか。」
残るは俺と、もう1人の合格者の少女だけになった頃、俺はゆっくりと壁に向かい手を当てる。体が浮遊感に包まれ、気がつけば、目の前は何も無い真っ白な空間になっていた。
目の前にはイレブンレガシーのゲーム内でよく見た操作パネルのような四角く暗いクリアなホログラム板があり、そこには、loading…とゲーム読み込みのような表記がされていた。
なんだろうかと少し不思議な気持ちになりつつ、少し辺りを見渡してみる。すると、しばらく離れたある1箇所に、白色の、ヒラヒラとしたワンピース?ドレスのような衣装にキラキラと輝く黄金の装飾を纏った黒髪の女性が1人。正座のような、いのるようなポーズでそこに存在していた。
ただ、その女性は今まで見たどんな人間よりもでかい。象が3頭上に重なったくらいの大きさだ。
不意にその女性がこちらを見る。
少し驚いたような表情をするが、すぐににっこりと笑みを浮かべて姿勢を正して、こちらに手を降ってくる。
俺はどうするのが正解か分からず、頭を下げて、こちらも同じように手を振る。
不思議な女性だ。
loading………
――complete.
気がつけば、白い光に包まれ、先程訪れた受付の広間に手を振りながら突っ立っていた。
いきなり現れた手を振る男に困惑の目を向ける通行人が大勢目に入る。
気まずい。
すぐに手を下ろすと、すぐに先程言われた通り前方を受付にし、左へと向かう。
真っ直ぐに向かうと、10mは歩いたか、それくらいで壁に突き当たる。真っ黒なタイルで覆われた絶壁は、この目で確認できなくなるほど高く続き、俺が見ている面はすべて同じ色の、タイルで覆われている。それも、全てのタイルが俺の身長をゆうに超えた大きさである。
マットな質感のタイルの中に、一つだけ凸凹とした変なタイルが設置されている。その凹凸をしっかりと目を凝らして見れば魔法陣が刻まれている。
これが説明されたタイルだろう。
そのタイルにゆっくりと近づき、足を踏み入れる。と、水に浸かるような不思議な感覚。ただ、前を見れば既に別の部屋につながっていた。
不思議と湧いてくるワクワクに胸を踊らせつつ、俺は1歩、足を踏み出した。