03:《聖部》ーギルドー
昔、親の仕事の都合で父親の友達の家に預けられた覚えがある。強面でスキンヘッドの、至る所に傷のある、少し背の低いおじさんだった。最初、俺はそのおじさんを一口に怖い人と決めつけて怯えていた。
酷く怯えた俺に、おじさんはどうすることも無く、そっと、ただそっとしておいてくれたのだ。何を言うわけでもなく。朝と昼、晩御飯の3食を出すだけで、他は無言。怯える俺を責める訳でも無く。ただそっとしていてくれた。ただ、良く考えればあれは、怖い人だったんじゃなく、人と相入れるのが下手なだけの人だったんじゃないかと。
大人になった今こそ、そう思える。俺だって、昔は怯えてばかりで、ろくに人と話す訳でも無く、ひとりで過ごしていた。それが大人になってしまえば、社会に適合できず、融通の効かない頭でただ言われたことだけを全うする、ダボ助が出来上がるだけなのだ。
あのおじさんは、その社会に耐えきれずあんな風になってしまったんじゃないかと思ってしまう。
実際、あの人は優しかった。1ヶ月間俺のそばでただ見守っててくれた。ただのいい人だったのだ。
それを、今更気づいてしまうのだからどうしようもない。
……今の俺が彼に会えていたら、きっと仲良くなれただろう。
アレンの背中を追いかけ歩きながら、不意に思い出した過去に耽る。
「着いたぞ、ここが君の部屋だ。好きなように使うといい。」
ピタリと立ち止まったアレンが俺の方を向きながらそんなことを言った。
目の前には質素な木製の板に、少し、金の装飾があしらわれた綺麗な扉がある。俺の部屋……か。
「えっと、ありがとう。」
「ああ、いいんだ。所で、君はこれからどうするつもりだ?」
不意にそんな事を聞かれ、言葉につまる。
確かに、俺は今の所やることが無い。まずはこの世界の下調べ、と思いもしたのだが、よく考えればまずは収入を得る必要がある訳だ。
本を買うにも、それこそこんな豪邸に住むのにも、何にも金はかかる。
「そうだな、《星漂者》にでもなろうか。」
この世界には《聖部》と呼ばれるものがある。ただ、名の通り《聖部》には、よくある冒険者と呼ばれる部類の人間を束ねる役目があり、それに加盟することで、《星漂者》として、聖部に登録できるのだ。
「ふむ、いいんじゃないか?ただ、私の保護下にあるからといって試験の免除は出来ないぞ。」
「さすがにわかってるよ。ただ、そのための装備を貸して欲しいんだが、いいか?」
俺の質問に即座に首を縦に振るアレン。
どうやら本当に気に入ってくれたみたいだな。
「全然構わないぞ、基本的な装備で大丈夫か?」
「ああ、勿論だ。用意してもらえるだけで大いに感謝するよ。」
「うむ、ならばすぐにでも用意させよう。この家には腐るほどあるからな!」
大きく胸を張るアレンに感謝の声をかけ、自室と伝えられた部屋の、戸のノブに手をかけ、中に入る。
汚れひとつない白の壁によく見ると施された装飾模様、広々とした空間に椅子と机、白い羽毛の、ふかふかな毛布がかぶされたベッド。高級ホテルみたいだ。
「すごいな、きれいだ」
思わず声に出してしまう。すこし誇らしげな鼻息を漏らすと、思い出したかのようにアレンから声がかかる。
「私はこれから仕事なのだが、君はこれからどうするんだ?もう《星漂者》登録を済ませてしまうのか?」
「……ああ、そうさせてもらうよ。」
そんな会話を済ませ、わかったと言うように頷いたアレンは、にこやかに手をひらひらと振りつつ、立ち去って行く。
イレブンレガシー内では、まだ16歳という年齢で描かれ、見た当時は可愛いという感想しかわかなかったが実際に会ってわかる気品と威厳。精神的には遥かに歳上なはずなのだが、どうしてかまだまだ足元にも及ばない程遠い存在に思えてくる。
作中ストーリーで起用されていた設定は、この世界でも生きているのだろうか。もしそうなのだとしたら、彼女の子供とは思えないあの振る舞いにも納得がいく。
辛い人生にはなるだろうが、頑張って欲しい。
小さくなってしまったアレンの背を見て、どこの立場かも分からない発言をしてしまうが、まずは自分の事を第一に考えなくてはならない。
少し経てば、アレンの付き人が俺が頼んでいた装備一式を持ってきてくれる。
感謝の言葉をかけ、そっと自室に入り準備を整える。
俺が始めた頃のゲーム内での初期装備は、皮の鎧に鉄の長剣だったのだが、今回の初期装備はどうやら少しグレードが高そうだ。
薄めの皮のジャケットに、上から鋼の鎧。そして把握している限り星2ランクの片手剣、《朧剣》、ステータスはまだ確認できないから何を強化するかなどははっきり分からないが、初心者にとっては心強い初期装備と言えるだろう。
ステータスの閲覧は《星漂者》登録が済み、初めて可能になる。ゲーム内でも初回3大ミッションのひとつだ。
――最後に鋼の篭手をはめれば、準備は整い、出発可能になる。
「それじゃあ行くか。」
まずは周囲を確認しながら歩いてみよう。
アレンの領邸でて、まずは領邸から確認してみる。
廊下も長くて迷子になりそうになったりもしたが、外から見てみてわかったことがある。
この家はでかい。恐ろしい程に。
そしてアレンはこの家に召使数人とあとは本人の約10名での暮らしという設定になっている。その上、住み込みは2名、執事とメイド長の2名のみだ。
寂しいことこの上ないだろう。
とはいえ、それが彼女なのだ、仕方の無いことだろう。
ひとまず、領邸の全貌を確認できた事だしよしとしよう。
次は、待ちに待った、街の調査だ。
武器がある以上、大抵のチンピラくらいなら倒せるだろう。ステータスが見れずともスキルを知っていれば《魔神器》スキルは使えるしな。
まずは出てすぐ、活気が俺を出迎える。この世界に来て初めての街並み、レンガ造りの家々が並び、木、花、風、どれもが初めて感じる新鮮なもので、心が踊る。
酒場では昼間から酒を飲み、顔を赤くして屈強な男たちがワイワイと歌を歌い、楽しそうに笑っている。
こんなふうに楽しそうなNPCはゲーム内には出ては来なかった。どこか違う世界に感じられるが、見たことが無いはずの店には、見慣れた看板が掛けられていたり、《星漂者》への依頼など、俺の心を安心させるものが多く存在する。やはりここはイレブンレガシーの世界のようだ。
歩きながら元いた、いや、俺が知っているはずの記憶を辿る。どれも新鮮で、ただ馴染みのある不思議な街。
街の様子を観察しつつ、アレンの領邸を出てまっすぐ、街の中心にある《聖部》をめざして歩く。
まだ距離はあるものの、既に見えている《聖部》の拠点建造物は、ハッキリと俺の記憶にある《第一聖部》で間違いないようだ。
白と青の2色で色付けされた外壁は陽の光を反射し、街を象徴していることを見ただけで理解させる。
近づけば近づくほど、その大きさが果てしないことに気づく。ゲーム内ではあまり気にしていなかったが、良く見ればこんなにでかかったのか。ゲーム内では一応城という扱いだったはずだが、それもうなずけてしまう。
空を見上げ、天辺の見えない建造物を隅々まで確認し、ついに入口までたどり着く。
「よし、ついたぞ……入るぞ……。」
深呼吸で息を整え、扉のノブに手をかける。そして一息で腕に力を込め一気に扉を開け放つ。
中は中世ヨーロッパ風な町並みとは相反し、現代、いや、少し近未来チックな内観。先の見えないほど高く上まで階の続く建物に少し圧倒される。ただ、それでも人が少ないなんてことはなく、むしろどこを見ても人がいる。目の前には受付窓口が設置され、まちまちとはいえ何人か人が受付対応を受けている。
初めてのリアル《聖部》に緊張しつつ、受付へ向かう。
「いらっしゃいませ、本日はどのような要件でしょうか。」
近づけば、俺の向かった先の受付人の女性が声をかけてくる。
「えっと、《星漂者》登録がしたいんですけど……。」
「分かりました、新規登録ですね。ご用意します。」
そう言うと俺との間に設けられた窓を軽く2回タップする。
すると、突然タブレットのような画面が浮かび上がる。転写されたようなすけた光で構成されているようだ。
その画面を何回かタップすると、いつの間にかただのガラス窓に戻り、受付の顔がハッキリと見えるようになる。
「それでは、この札を持っていただきまして、城内中央の《聖部紋》に向かっていただけますと、自動的に試験会場へ転移されますので、準備が整い次第向かってください。」
にこやかに説明をしてくれた受付にお辞儀をし、俺は言われた通り《聖部紋》の上にたち、少し待つ。
すると、全身が青白い光に包まれ、一瞬にして場所を移動する。
気がつけば駐車場のような石柱が何個も均等に並ぶ殺風景で、少し冷たい印象の空間へと転移していた。ここが試験会場だろうか。周囲を見渡せば、俺と同じく転送されてきたであろう男女7名が不思議そうにお互いを見つめ合っていた。
「ここはどこ……?」
そんなことを言ったのは、俺のすぐそばにいるショートに茶髪の、いかにも駆け出しと言ったような見た目の少女だった。
その少女の疑問に答えるように、青白い光に包まれてもう1人、細身の男が転送されてくる。
その男は、俺達をその目に認めると、ゆっくりと歩き出す。
漆黒の騎士とでも言われそうな程黒く艷めく重鎧を身にまとい、厳つく出っ張った肩部にはこれもまた真っ黒なロングマントがヒラヒラと靡いている。
そんな男は、俺たちの前で立ち止まるとゆっくりと口を開く。
「やぁ、私が君たちの試験官を務める、ルディス・グルドゥルだ。」
長くウェーブのかかった黒髪を揺らしながら、根暗そうな顔で俺たちを眺め言う。
「まず君たちには、持参している武器によって私と模擬戦闘をしてもらう。勿論、ここで私が認めれば合格として、試験は終わりだ。」
ゲーム内とは違い戦闘試験のみで合格とされるのか。ここはゲーム経験者として絶対合格を目指さなければならんな。
気合いを入れて行かないとな。
「それでは試験を始めよう。」
そんな声が、俺たちの未来をかけた戦い、基、試験が始まりを告げたのだった。