02:ノーゲーム
アレンはM・A・Oさんをイメージして読んでいただけると嬉しいです。
話を整理しよう。
まず、俺は田中裕太、ゲームが趣味の独身37歳のアラサーリーマン……だったはずなんだが……。
今鏡に映っているのはどう考えても37歳のアラサーリーマンの老け顔では無い。ハリツヤのある純新無垢な少年、いや、青年か。歳的に言えば15歳くらいだろう。
不思議な感覚だ。
さっきまでの謎の激痛も気づけば落ち着いているし、VRMMOでは実装されていなかった、『異世界の風』を感じる。どこか生暖かい、自然に流れる気流。穏やかな街並みに人の話し声が行き交い、昼間だと言うのに酒場が賑わっている。
暖かな陽光は草花の栄養になり、久しく陽の光を目に入れていない俺の瞳を焼く。
「……本当にどうしてしまったのだろうか。」
今までの脳に与えられる刺激、感覚、どれをとってもゲームじゃない、現実だ。
俺は、よくある、転生というものをしてしまったのだろうか?
そうだとすれば納得がいく。それによる人格の混濁も感じられる。
元々の気弱で内気だった性格が、今は微塵も感じられない。今ならそこら辺の通行人にも方を組めそうなくらいだ。
それに、よく考えれば一人称まで変わっているしな。
考え方までポジティブアンドアグレッシブになっている。
ただ、いちばん怖いのはこの現状を受け入れられてしまうことだ。
突然の出来事すぎて頭が痛い。
が、それでも腹は減る。それに今のこの体は至って健康な子供の体。思春期のこの身に空腹はつきものだろう。
グゥ。
殺風景な部屋に俺の腹の音が響く。
さてどうしたものか。
今いるこの場所もどこか分からない上に、金もない、なんだったら清潔に保たれているとはいえ、Tシャツと短パンだけで外に出ては何が起こるかわかったものでは無い。
見た感じ中世ヨーロッパのような雰囲気の街並みに、平和な雰囲気。だが、良く考えればそんな時代に俺が元いた日本のような治安の安全が確保されている訳もなく。家の外に出たと思えばチンピラに絡まれてちょっとゲームで培った知識で調子に乗れば、激昂したチンピラに刺殺されて終わりだろう。
積みゲーだな。
ため息が出る。
コツコツコツ。
不意に背後から物音が響く。
振り向きみてみれば、扉の外から、近づいてくる。どうやら足音だったようだ。
コンコン。
扉がノックされる。
どうするべきか迷ったが、一応返事をしてみることにする。
「……はいってます」
扉の外に静寂が訪れる。
どうしたのだろうか。首を傾げてみれば、同タイミングで、ドアノブが回される。
ガチャリ、キィキィと耳に響く立て付けの悪い扉の音と共に現れたのは、1人の少女だった。
見た感じ、今の俺とほぼ同い年だろうか。
ただ、違うのは見た目で、性別もそうだが、如何にも貴族と言いたげな重厚なローブに、三つ編みでひとつに束ねられてはいるが、整えられた綺麗で艶のある金髪。フルプレートのようなキラキラと光る金属製のブーツ。
そして、光に照らされる瑠璃色の瞳。
多分そうだ、彼女は貴族だろう。
「おはよう……と言うには少し遅い気もするが、体に異常はないかい?」
つま先をのばしそっと近づいてきて俺の顔を覗き込みながら、そうにっこりと微笑む瑠璃の瞳の少女。
どうやら俺は、彼女に助けられたらしい。
「はい、問題は無いと思います。ただ、記憶が曖昧で、今までの事を思い出せなくて……。」
そう言えば、少女は少し惚けたように目を丸くさせて俺を見る。
何も変なことを言った覚えは無いのだが、これがよくある異世界モノの主人公の感覚なのだろうか。
「……ふむ、そうか、記憶喪失……のような状態にあるわけだね、君は。」
微笑みを取り戻し、そう問うてくる少女に、頷くことで返事をする。
それを見てそっとつま先立ちを直し、姿勢を正す。
「どうやら、まずは自己紹介からした方が良さそうだ。私はアレン・ユレィ=ヴァンダヴ、《九聖》《一式聖者》かつ、この領地の主だ。」
そっと差し出された掌をみて、俺もゆっくりと右手を差し出す。
アレン・ユレィ=ヴァンダヴ……《九聖》……イレブンレガシーで聞いた名前だ。
俺がプレイしていたゲーム『イレブンレガシー』。このゲームには、11の世界が存在する。
まず、1つ目の世界。
『王道・中世ヨーロッパ』の世界。
次に2つ目の世界。
『現代』の世界。
3つ目の世界。
『完全なる異世界』の世界。
4つ目の世界。
『異世界と現代の混合』の世界
5つ目の世界。
『発展途上中の国』の世界。
6つ目の世界。
『未来』の世界。
7つ目の世界。
『未来と異世界の混合』。
8つ目の世界。
『魔界』。
9つ目の世界。
『天界』。
10の世界。
『特殊種族の世界』。
そして11の世界。
『神々の国』。
それぞれ、各世界ごとに管理者が居る。代表とでも言うべきか、 そんな世界の代表、管理者が彼女等、《聖部》の代表、《九聖》基《聖部》のマスターである《聖者》が存在するのだ。その中でも最も階級の低い《九聖》の《聖者》が、《一式聖者》である、彼女、アレン・ユレィ=ヴァンダヴなのだ。
少し考え込んでしまうが、途端に差し出した手をガッチリ引かれる。
「よろしくな、君の名前は覚えているか?」
「……セカイ。」
不意に、ゲームで使っていたキャラの名前を口に出す。
それを聞いて、先程にも増して笑みを濃くする少女、アレン。そんな愛想のいい彼女に、今の最強メンタルでどうして俺がこんな所にいるとかと問うてみる。
「……君は空から落ちてきたんだ。」
「落ちてきた?」
「ああ、突然降ってきた雨のように、前触れもなく雲をかけ分けて落ちてきたんだ。」
にしては無傷すぎる気もするが、回復魔法でもかけてくれたのだろうか。
「最初は私も驚いたが、まさか、気を失ったまま防護結界を張っているとは思わなかった。お陰で君の体は全くの無傷だ。」
どうやら、俺は意識を失ったまま結界を張っていたらしい。だとしても内蔵がごちゃ混ぜになりそうな気もするが、そこは魔法の力かなにかだろう。
「とは言え、内蔵は酷く損傷していたからな、直ぐに治療魔法を掛けて今に至る限りだな。」
全然ダメだったみたい。
え、俺転生して直ぐに死にかけてたの?怖くね?
いや、ここは冷静に行くべきだ。
「でも、いきなり落ちてきたのに、助けてくれてありがとうな。」
やべー、ミスったかもしれん。
え、ミスったよね?これ?
俺の一言にアレンは勿論、後ろにいたお付き人のような初老白髪の男も呆気にとられたように目を丸くしている。
どういう反応だよ!
冷や汗を垂らしながら、返答を待つ。
「……プッ、アハ、アハハハハハ!」
と、アレンが突然吹き出すように笑い始める。
どうしたのだろうか、気に触れすぎることを言ってしまって、怒りをとびこえて笑いが込み上げてきてしまったのだろうか。
どうかお慈悲をー!
「気に入った!私の名前を聞いてそこまで堂々と相手をしてくれたのは君が始めてだよ!」
笑い終え、俺の方を向いて嬉しそうにそう言ってくるアレンを見て胸を撫で下ろす。
よかった、死刑宣告とかされなくて。
逆に気にいられるとは、幸運の限りだ。それも《九聖》。世界の管理者なんかに気に入られるなんて、普通はありえないことだろう。
「君の親御さんか、保護責任者はどこにいるか分かるか?」
「……わからないです……。」
「そうか……。そうだな、なら私が保護責任者として君を預かろう!」
え?
呆気にとられた俺と付き人を置き去りに、元気に俺の肩をポンポンと叩いてくるアレン。
開いた口が塞がらないとはこの事か。
ありえない話を、俺はつくづく受け入れてしまうらしい。この世界にいきなり転生したことも含め、いきなりの保護者宣言をする彼女、そして臨死体験と、全て突拍子もなく訪れた珍事だが、これも受け入れられてしまう。
あの頃やり直せなかった自分を、もう一度やり直せる気がして、次は後悔がないように、そして、この現状の謎を解くために、今は突拍子もない現実を受け入れよう。
俺はそれに頷き、よろしくと、お辞儀をする。
「それじゃあセカイ、これからよろしく頼むぞ!」
そんなアレンの一声により、俺はセカイとしてのニューゲームを始めることになったのだった。