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イレブンレガシー〜ただゲームをしていただけなのに〜  作者: 長友 文
1章 : ノーバーチャル・オンリアリティ
1/5

01:霞んだ世界

 一口に、人の一生とはよく言うが、その一生にも個人差は必ずあるだろう。君たちも横の人が自分と全く違う(たがう)事の無い人生を歩んでるとは到底思わないだろう。

 それこそ、それは正しく僕が小学校3年生の時の話だ。僕の家庭は僕が生まれた……いや、物心ついた時からとしておこう。その当時から自分でも驚くほど乏しい家庭だった。よくガスを停められて仲が良かった近所の健一くんの家までお風呂を借りに行っていたほどにだ。別に自分の不幸を公にして「こんな不幸な人間がいるぞ」などと思われたい訳では無いが、もし、自分がこんな境遇にいたらの話で聞いて欲しい。

 先程も言った通り小学校3年生の時の話、何の花だったかは分からないが、瑠璃の色をした鮮やかな花を花瓶に見つけたことがある。最初は「誰かが入れたものだ」としか思わなかった。子供に花の持つ気品やお淑やかさに引かれるものはまるでなかったのだから。ただ、やたらとその花が目障りで仕様がなかった。なんでだろうか?そんなふうに考えたりもしたが、突然に閃いたことがある。僕はその花を人目見た時、綺麗だと、心の底で思ってしまっていたのだ。

 その時からだろうか、まるで虐められた子供のようにその花に怯えるようになったのは。僕は洗濯物ままならない様な、よれてみすぼらしいTシャツに、穴が空く度に縫われた小汚い短パンしか着ていなかった。そんな僕から見えたその花は、酷く羨ましく思えた。妬み、嫉み、嫉妬した。あくまでも、パンの耳を猫に食べられてしまった、程度の嫉妬だったと思う。ただ、子供の頃の僕にはそれが耐えられなかったんだろう。僕は電気の止まった部屋で廃人に成り果て、気がつけばいい大人だ。

 実際、不登校になった訳でもない、親が酷かった訳でもないのだが、環境が僕をこうしてしまったのだろう。

 そのせいか、今でも彼女ができる見込みもなく、仕事が終われば家に帰って直ぐにゲームして数時間の睡眠。そして仕事だ。つかれた、とは思うが、それを言って変わる話ではない。もっと前向きに、なれればよかったのだろう。それでも辛いものは辛いのだから、世の中は不条理だ。

 そんな僕も、一つだけ人生の楽しみがある。

 先に述べた通り、ゲームである。

 18年前に初期型が発売し、五年に一度のバージョンアップで人気は右肩上がりのVRMMO。

 旧来のテレビゲームなどと違い、脳の電気信号を読み取り、脳に直接映像を流し込む、夢の中に自由に入れるようになったような、そんな正しく夢の中ゲーム機。

 最新のver.3型をコツコツ貯めた給料で一括購入。それと同時に出たVRMMORPG、『イレブンレガシー・〜ロイアルラグナロク〜』を同時購入。

 既に3年の月日をこのゲームに費やしている。

 やり込み要素が多く、インターネットを介し、マルチプレイがデフォモードなので、フレンドとともに冒険したり、隠しダンジョンなどのプレイヤーが満足するに値する最高なまでのゲームコンテンツ。

 今日もそんな神ゲーをプレイし、体は休ませ、脳を楽しませる、娯楽に溺れる時間がやってくるのだ。


 《セカイ》:│


 《セカイ》: ログイン


 VRMMOゴーグルをつけたばかりでは何も無かったはずの空間に、光が映し出され、気がつけば吸い込まれるように意識が落ちていく。

 不思議な感覚だ。何も感じない。ただ無が広がるだけの空間。ひとりぼっちで、疲れた脳が急速に冷やされていくような感じだ。

 

 ピ──。


 電子的な機械音とともにポリゴン型のホログラムが湧き出てくる。見慣れたゲームのタイトル表示をホログラムで形成された体の、その右腕を動かしゆっくりとタップする。

 

 ポワン。


 柔らかく、跳ねるような音と共にローディング画面に切り替わる。読み込みマークが何周か回った後に、気がつけば目の前は自然に埋もれていた。

 先程まで初期アバターだったこの体も、今は3年を費やしてゴテゴテに強化した最強アバターに変化している。

 前回ログアウト地点からの開始。

 

 開始地点は《第三世界》中ボスの目の前。


 ─龍雅の渓谷─

 中ボス、虎楼龍カリュブ。

 全身を覆う虎柄を想起させる漆黒の鎧は、軽く震えばこの身を貫きそうな程鋭利に尖り、鱗の禿げた頭部には四つの目、四方に開く口、その中に輝く白銀の牙。本来ならば怖気付いてその場で立ち竦み、逃げることもままならず糞尿を垂れ流して生を放棄してしま痛くなるほどの凶悪かつ強烈な見た目。これで中ボスなのだから驚きだ。

 僕はゆっくりと近づき、茂みに隠れる。物資の整理をし、まずは一撃。

 腰に手をやれば、今まで無かったはずの長身の(つるぎ)が粒子が形成されるようにサラサラと現れ、鞘からその凶暴な刃を引き抜き振り下ろす。

 途端、白線が飛び出した。

 

 ズ──


 地面がえぐれ、虎楼龍カリュブの堅い鱗がぱっくりと開花する。

 耳を劈く怒号、否、悲鳴に怯むことなく追撃を仕掛ける。 

 「《魔神器(ギア)》スキル、《神無斬り(かなきり)》」

 呪文のように聞こえるだろうが、安心して欲しい。ただのスキル発動だ。このゲームでは、必殺技やスキルの誤射防止の為に、スキル名を復唱することで発動する仕組みとなっているため、中二臭いいた発言のおじさんになってしまうのだ。

 僕の声に反応し、《魔神器(ギア)》が仄暗く閃く。

 異変を察知したのか、それともただのプログラムなのか、突如、カリュブがその4つに割れた口腔を全開にして突っ込んでくる。

 見るものが見れば、死を選択したくなる光景だが、ただのゲーム。その上僕は、現状世界ランクトップ10に食い込む猛者。負けるはずがないのだ。

 僕はその手に持つ仄暗く閃く長身の剣を上段に構え、天に掲げる。

 すると、今までなんともなかった周囲、木々がざわめき水は荒れ狂い風は僕の手元に集い始める。

 カリュブの咢が僕の目と鼻の先に迫った頃。天から創生の青煌が降り注ぎ、僕の剣に圧縮される。

 カリュブは自分の死を悟ることもなくその口をぱっくりと広げている。底に僕は、救済の……否、破壊の剣を力いっぱいに振り下ろした。

 途端。

 閃光が走った。

 無数に束ねられ圧縮されていた青煌が、その圧力から解き放たれ、破壊の限りを尽くす。バチバチとプラズマが音を立て、大地は揺らぐ、水は飛沫になり、木々は根本から引き抜かれ飛び散る。そんな破滅の光に晒され、カリュブは既に灰に変わり果て、燃え尽きた肉体と、討伐報酬が無造作に落ちているだけだ。

 悲惨な景色を見て、自分の力に感嘆の息を漏らし、震える。

 遂に、僕も最強を名乗ってもいい強さに達したのだと。

 報酬を拾い集め、換金する。

 強さは絶対なのだ。その絶対を手にした今、僕はこのゲームを本当の意味で楽しむことが出来る。

 そう、隠しダンジョンのボスを探し出し、1番の攻略者になってみせるのだ!!

 僕はガッツポーズで荷物の整理と、探検の準備をし、マップを確認する。

 よし、準備は整った。

 では、

 「しゅっppppppppppppppppppp」

 突然、体に電流が走った。

 「!?!?!?」

 これは、本来VRMMOでは感じるはずのない、‘痛み’。

 僕は苦痛に顔を歪ませ、全身の激痛を耐える。

 何が起きているのか理解ができないまま、の体は分解され始める。キラキラとホログラムが粒子状に散らばって行く。

 何が起こってい──


 ブツン。


 何か、大事なものが途切れた気がする。

 なにか、なにカ……。


 ピー

 

 @#p3:初期化中

 

 @#p3:初期化完了


 @#p3:Now Loading


 《complete》


 「──っ!はぁ!!!!!」


 突然の激痛に目が覚める。

 今まで感じたことの無い、不思議な痛み。

 体が崩壊していくような、えも言われぬ恐怖か込み上げてくる、根源的な痛み。

 今なお、心臓は早鐘を打ち、冷や汗が止まらない。

 何だったんだ?

 確か、俺は……ゲームをしていて……ゲーム……?

 

 「ここ、どこだ……?」


 不意に周囲を見渡し、見覚えのない部屋を確認する。

 ゲームの中でこんな空間は出てこなかった。

 治療場も、病院のような見た目の質素な空間だったはずだが……今いる部屋も、質素は質素なのだか、もっと、なんというか、寮?のような作りの部屋だ。

 どこなんだろうか、


 窓の外を見てみようと、立ち上がり、窓辺に経つ。

 そして、鈍っていた感覚が急に冴え渡り、俺は目を丸くする。


 ……匂いが、ある……。


 VRMMOでは存在しなかった嗅覚機能。

 いや、その上に、心臓の鼓動すら感じる。

 何かがおかしい。

 何がおかしいかと問われれば、答えられる訳では無いが、何かが、確実に何かがおかしい。

 部屋の外から話し声が聞こえ、反射的に横を見る。

 キラリと光った鏡に一瞬目を瞑ってしまうが、そこで気がつく。

 

 俺……誰……?

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