遅れてきたダイバー
とある夜。あの街にて。巡回中である警官はふーっと、ため息をついた。
昨夜の騒ぎが嘘のようだ。まったく迷惑な。まあ、気持ちはわからなくもない。なにせ――
「えっ」
と、彼は思わず声を漏らした。そして、柵の傍で水を滴らせている男に近づき、声をかける。
「あ、あのー」
「はい。こんばんは」
「あっ、こんばんは……あの、もしかしてなんですけど」
「はい?」
「今、上がってきませんでしたか? その、道頓堀から」
「はい」
「え、今!?」
「はい。そんなに驚きますか?」
「いや、驚きますよ。今夜? 阪神が優勝した昨日じゃなく、今夜って……」
そう、昨夜は大変な騒ぎであった。阪神タイガース数十年ぶりの日本一を受け、大阪府警は警官を千人導入するという厳重警戒態勢。
尤も、それでも興奮したファン、もしくは目立ちたがり屋その両方による道頓堀への飛び込みは到底、防ぎきれるものではなかった。
マスコミも悪い。カメラ構えてその画を求めているかのよう。幸い、怪我人もなかったが……。
「で、なんで今夜……あ、その何か悩みとかあって、それで……」
「いいえ、ありませんけど」
「えっと、じゃあ、なんで」
「お巡りさんが仰ったように阪神が優勝したじゃないですか」
「ああ、はい」
「だからです」
「いや、だからなんで今夜!? 飛び込むなら昨日でしょ! いや、昨日も駄目だけども!」
「あー、自分ちょっと遅れ気味に流行とか来ちゃうんですよねー」
「そんな、他の人とは違うんですよ感を出されても……えっと、もうこんな時間ですし、誰も見てませんでしたよね? テレビカメラもないし、一体何のために……」
「応援している野球チームが日本一になったことを喜ぶのとテレビカメラの有無、何か関係があるんですか?」
「お、おぉ……その熱量があって、なぜ昨日飛び込まなかったんだ……あ、そうか。昨日は現地で試合を見て、その余韻に浸っておとなしく家に帰ったわけですね」
「いいえ、試合は家のテレビで見ました」
「あ、そう……」
「さっき」
「録画!?」
「そのほうがほら、試合展開が遅いときに飛ばせるじゃないですか、早送りで」
「体調が悪くて仕方がなくとかいうわけでもなく……」
「道頓堀での馬鹿騒ぎもテレビで見ましたよ。はははっ、やってんなーって」
「見下しているのになぜ……」
「じゃ、もう帰ってもですか」
「あ、はい、まあ、もう飛び込んでしまったわけですしね。でも危険なんでもうしないように。あと、風邪ひかないように気を付けてお帰り下さい。それから……」
「はい?」
「優勝、おめでとう」
「まあ、僕が何かを成し遂げたわけじゃないっすけどね。じゃあこれで」
「冷めてるなぁ……嬉しそうな顔してるのに、あ、何か落とし、え、それ財布? 三つも。全部あなたのですか?」
「あー……はい」
「……いや、それって昨日飛び込んだ人たちが落とした物じゃ、あ! 待て! 飛び込むな!」