5年目の帽子の行方は意外な場所でした
残酷描写は念のため。
あまり中身はありませんので、お気軽にお読みください~!
お気に入りの帽子をなくしたのはもう五年も前のこと。
亡くなったお母様から頂いた大切な帽子だったのだけれど、どうしてなくしてしまったのか、私は覚えていない。
何故なら、その前後の記憶がないから。
お父様曰く、私はその頃一時的に行方不明になっていたらしく、捜索願いが出されていたなか、怪我を負い意識がない状態で運び込まれたそうだ。
三日三晩熱を出し、目を覚ましたときにはもう私の記憶からその時何が起きたのか全く思い出せない状態だった。唯一いつも被っていた帽子がないことが何かが起きたと私に知らしめた出来事として残った。
その時に私を家まで連れて来てくれたのは誰だったのかしら。お父様に聞いても何も教えてくれなくて、きっと記憶をなくすくらいトラウマになることが起きたから私の為に内緒にしてくれているのだろうけれど、何故かそのことが胸をざわつかせた。
あれから私の周りでは色々なことがあった。
伯爵家の唯一の子として生まれた私はいずれお婿さんを迎えて伯爵家を継ぐと思っていたのだけれど、10才の事件以降、後継としての教育は止まり、代わりに淑女教育に力を入れるようになった。更には従兄弟のお兄様が我が家に養子縁組みでやってきて後継者教育を受けるようになったのだ。
私はこの家には必要とされないのかと悩んだこともあったけれど、そんな悩みを吹き飛ばすくらいお父様とお兄様からは溺愛されて嫁に出したくない、ずっと家にいてくれとか言い出す始末。その割には上流階級の貴族に嫁ぐ為の教育に力を入れていて支離滅裂な態度に私の頭は疑問符ばかりが飛び交うのだった。
──それらがまさか、こんな形で解決するとは夢にも思わなかった。
「迎えに来たよ、僕のお姫様」
「え、お、王太子殿下……!?」
15才の社交デビューの日、エスコート役が決まらないなか着々とドレスやアクセサリーの準備だけがされて、お父様とお兄様に聞いても誰がエスコートしてくれるのか教えてくれなくて。当日になればわかるとか、婚約者もいない家族がエスコートしてくれない状態で待たされた私に待ち受けていたのは、特大のサプライズだった。
「この日をどれだけ待ち望んだか……」
「あ、あの……殿下、僭越ながら私殿下とは初対面だと……思っていたのですが」
「そういえば、記憶がないのだったね。……あの時は巻き込んでしまって本当に申し訳なかった。でも、勇敢にも私を助けようとしてくれた君の優しく強い心に私は惹かれたんだ」
これを覚えている?
そう言われて王太子殿下から受け取ったものは、私がずっと気掛かりだったお気に入りの帽子だった。
帽子越しに見た王太子殿下のキラキラした光に反射する金髪と優しい若草色の瞳を目にした瞬間、ぶわっと記憶が蘇った。
あまりの情報にふらりと足元が覚束なくなったけれど、倒れる前に、殿下が支えて下さった。そのまま引き寄せられて、心臓が破裂しそうなほどドキドキが止まらなくなった。
「ごめん!!いつか貴女に帽子を返したいと思っていたんだ。お母様からの贈り物なのだろう?けれど、侯爵から事件の記憶がないと聞いて、返してしまえば辛い記憶が貴女を苦しめるかもしれないと思ったら……」
「あ、その、お気遣い痛み入ります」
「それに、それだけじゃなく」
「?」
何を言おうとしているのかしら?ああ、心臓がうるさいわ。
殿下が私を見る瞳がとても真っ直ぐで力強くて。私は殿下の腕のなかで見惚れたまま固まってしまった。
「これを返してしまえば、貴女との繋がりが途絶えてしまうかと思うと……返すのが怖かった」
「それは、どういう」
「貴女が好きだ」
突然の告白に今度は頭が真っ白になった。
殿下はそんな私の目の前で跪き、手を取り高らかに宣言した。
「ティルミリーナ・パーキン伯爵令嬢。どうか、私の婚約者になってほしい。貴女を愛しているのです」
私は間抜けにもお母様の帽子を胸に抱えたまま殿下に手を取られ跪かれていた。頭は盛大にパニックでどうしたらいいのかわからないままお父様達の姿を必死に探したら、傍観の眼差しで家族揃って見守っていて、最初から何もかもわかっていて黙っていたのだとこのとき漸く気付いた。
道理で、お義兄様を養子にしたり高度な淑女教育を突然したりしたわけだわ!全てあの頃から始まっていたなんて、全く気付きもしなかったわ!
こんなことを今考えているのはひとえに現実逃避だ。
目の前には麗しい王太子殿下。
周囲には高位貴族の方々が所狭しとひしめいている。
「どうか、良い返事を貰えないだろうか」
「……はい、私などで本当に宜しいのでしたら」
「勿論だ!貴女以外なんていない!あぁ、ありがとう。これから沢山話をして沢山思い出を作ろう……?」
「はいぃ」
最後、言葉が締まらなかったのはどうか許してほしい。
こんな状況で拒否出来る筈もなく、ぎゅーっと抱き潰されたら誰だってこんな反応しか出来ないと思うわ!
……それに、お相手の身分やご容姿のことなど考えると身分不相応だと思ったけれど、記憶を思い出した今、お転婆だった5年前のあの日、綺麗な少年に目を奪われ、勢いのままに連れ去られそうになった彼を助けに入ったのは、間違いなく私の方だったのだから。
つまり、結局のところ、私はあの日街で出会った殿下が初恋だったのよね。
色々なことが積み重なり、キャパオーバーした私は殿下の腕のなかで見事に気絶した。焦る殿下の声を遠くに聞きながら、5年越しに殿下に再び抱き抱えられたという事実を知るのはもう少し後の話。
目が覚めたときには全て外堀は埋められていて、私は正式に婚約者になっていた。
お父様は殿下から5年前から婚約打診があり、ずっと身分の問題や後継の話、記憶喪失のことなど散々色々と理由をつけては断りを入れていたそうなのだけど、その全てを論破されて婚約は内定していたそうだ。高度な淑女教育と思っていたものも、わざわざ王室から専任の教育係を連れてきていたそうで、王太子妃教育を施されていたのだとか。道理で難しかったわけよね!
一応、最終決定権は私にある!と最後の悪あがきで殿下に主張していたそうだけれど、あの場面で断れるほど私は強靭な精神していませんわよ?
それからの殿下はというと。
「ずっとずっと会いに行くのを我慢していたんだよ?ティナの心が私に会うことで傷付いてしまうのではないかと不安でね。でも、記憶を取り戻した今ならもう遠慮は要らないよね?愛しているよ。いつかティナからも同じくらい愛して貰えるように私が全力で愛を伝えるから覚悟していてね?」
「で、殿下!愛が重いです!」
「うん、とっても重くてごめん。でも、5年間抑え込んだ分歯止めが利かなくて。だから、慣れてね?」
「素直に言えば良いというわけではありませんからね!?少しは自制してくださいませ!私の心が持ちません!」
「顔を真っ赤にして可愛い。どんなティナも可愛すぎてこれ以上惚れさせてどうするつもり?」
「どうもしませんから!!」
そんな攻防が城の至るところで繰り広げられるようになるなんて、少し前の自分に見せてあげたい!
『はい、この帽子。君のだよね?風が強いから気をつけてね』
お母様が繋いでくれた帽子の縁。
辿り着いたのは意外な場所だったけれど、私は幸せになります!