5.魔法
夕食後は父と私で、お風呂を沸かすのが日課だ。
釜は外にあるため、2人は玄関から出て、薪小屋へと向かった。
季節は夏の終わりで、心地よい風が2人を包む。
2人は薪小屋で、両腕いっぱい分の薪と小枝を抱え、それを釜にくべた。
薪をくべ終わると父は、右手の手の平を薪の方へ向けた。
そして言葉を発した。
「ファイヤーボール!」。
その瞬間、父の手の平に、野球ボール位の炎が現れたかと思うと、炎は薪に
向かって、まっすぐに飛んでいった。
そして薪を直撃し、その後、小枝がパチパチと言う音を立て、燃え始める。
いつも見ているはずの光景だが、前世の私にとって、実際に魔法を見るのは、
今日が初めてであった。
へ~。
これが魔法か…………。
私は父の顔を見上げ、不思議そうに父に尋ねた。
「ねぇ パパ? どうして人は魔法が使えるの?」。
父は、少し驚いた。
今日まで私は父と母に、魔法について尋ねた事は一度もなかった。
ただ魔法は、7歳を過ぎないと使えない、それだけは教わってきた。
そう、この世界で魔法を使えるのは、極当たり前の事。
『なぜ 魔法が使えるの?』と聞くことは『なぜ 人は歩けるの?』。
と聞いているのと同じなのだろう。
父がびっくりするのも、無理はない。
父はしばらく考えた後、私の目の前にしゃがみ、私の目線に高さを合わせた。
「この世界には 3つの世界があるんだよ。
『物質の世界』『活力の世界』『精神の世界』」。
更に、こう続けた。
「人や物が存在するのが 物質の世界。
でも 存在しているだけで そのままじゃ 動く事も 考える事も できな
いんだ。 じゃ 動くためには 何が必要か? リディア 分かるかい?」
へっ?
突然の父の質問に私は、びっくりした。
しかし…………。
まぁ 話の流れから言って 正解はきっと活力だろう…………。
「活力?」
その言葉に父はニッコリ笑った。
「正解。 活力だ。 つまり動くためには エネルギーが必要となる。 そ
して そのエネルギーが存在するのが 活力の世界なんだよ」。
今度は、私から父に聞いてみた。
「じゃ 精神の世界は?」
すると父は、こう言った。
「動く事ができたとしても 人は ああしようとか こうしようとか 心が
働らかないと 実際には 動かないよね? 心があって 人は初めて 動く
事ができる。 そして その心が存在するのが 精神の世界と言うわけさ。
3つの世界があって初めて人は 生きる と言う事が できるんだよ」。
ふむ~。
何となく分かるような 分からないような…………。
しかし これと魔法と どう結びつくのかな…………?
私は頭をかしげた。
「じゃ 魔法は どうして使えるの?」。
父は一瞬「あっ 忘れてた」と言う表情を浮かべたが、優しい表情に戻り、
こう教えてくれた。
「パパが『ファイヤーボール』と唱えると その言葉は活力の世界に届くん
だ。 そして活力の世界のエネルギーを 物質の世界で 炎として 現して
くれる。 これが魔法なんだよ」。
ふむ~。
なるほど…………。
そう言う事か………。
さすが魔法が存在する世界。
地球とは全然、世界観が違う…………。
私は、少しの間、魔法について考えていた。
そんな私の様子を見ていた父は、くすっと笑った。
「リディアには ちょっと難しかったかな?」。
「うん 難しい」。
私は自然に言葉を発していた。
地球人の私が この世界観を理解するには 少し時間が かかるかも……。
でも まぁ いいっかぁ~。
そのうち そのうち。
私は開き直った様子で、父に言った。
「パパ 肩車?」。
「はい はい」。
私は父の肩に乗り、空を見上げた。
「うわ~」。
フォルテの山々の上に、月が薄らと見えている。
星もちらほら。
この世界の星は、空気が澄んでいるのか、とても綺麗だ。
この世界にも月があるんだなぁ…………。
私は空を見上げながら、何気に金星を探した。
しかし当然、その姿はなかった。
地球ではない どこかか…………。
地球はこの空の上の どこにあるのだろう…………。
そんな思いが、私の心を過った。
その後2人は、家に戻った。
お風呂が沸くまでの間は、私の勉強時間だ。
母は先生。
母は編み物をしながら、私に読書きを教えてくれる。
その間、父は物置で、剣の手入れをする。
「ねぇ お母さん?」。
「何? リディア!」。
「何で魔法は 7歳を過ぎないと 使えないの?」。
私は母に、何気に尋ねた。
すると母は、編み物をしていた手を一旦、止め、編んでいたレースの編み物
を、テーブルの上に置いた。
そして少し考え、こう言った。
「人はね 生まれた時 『種』と言うものを持って生まれてくるの」。
「種?」。
初めて聞く言葉に、私は思わず、種? と聞き直した。
すると母は、こう続けた。
「種とはね 目や鼻のように人が持つ器官の1つで 頭の中にあるものなの。
そして 子供が7歳を過ぎて 徐々に 大人に近づくにつれ 種は『魔眼』
(まがん)と言うものに変化するのよ」。
「魔眼?」。
またもや初めて聞く言葉。
私は思わず、聞き直しをした。
すると母は、こう教えてくれた。
「魔眼とはね 人が魔法を使うのに 必要な器官なの。 魔眼がないと 魔
法は使えないのよ。 だから7歳を過ぎてからじゃないと 魔法は使えない
の」。
ふむ~。
そう言う事なんだ…………。
じゃ私も 成長さえすれば 魔法が使えるように なるのかな?
「お母さん? 私も7歳を過ぎたら 薪に 火を つけれる?」。
それを聞いた母は、くすっと笑った。
「リディアは女の子だから 水魔法しか使えないわね。 火魔法を使えるの
は 男の人だけ。 男の人は火魔法 女の人は水魔法って 決まっているの
よ」。
ふむ~。
そうなんだ…………。
男と女で 使える魔法が決まっているのか…………。
不思議だ…………。
私 前世は男だから もしかしたら火の魔法も使えたりして…………。
そうだったら 笑う。
くすっ。
それから、まもなくして、風呂場から父の声が聞こえた。
「リディア? 風呂 入るぞ~!」。
「は~い」。
お風呂が沸いたのである。
私は風呂場へ行き、裸になった。
と同時に、ある疑問が心に浮かんだ。
この世界の象さんは 地球の象さんと同じなのか?
女性の体については、地球人と一緒だった。
これについては自分の体で、一応、確認済だ。
まぁ、前世は女性の体に全く興味がなかったので、正確に一緒かどうかは、
分からんが…………。
さて、男性については、どうだろう。
これまでも父と一緒に、何度もお風呂に入ってきた。
しかし、まじまじと観察したことはない。
『パパ それな~に?』の手は、既に使い終わっている。
これは再度、確かめて見るしかない。
風呂場で最初に父は、私の髪や体を洗ってくれた。
その後、私を湯船に入れる。
そして、自分の体を洗い始めた。
チャンス!
私は父の象さんを、100歳じじいの目で、しっかり観察した。
あら…………。
うほ!
うふ♡
父の象さんは、地球のそれと同じであった。
私は、ほっとした。
この事は、どうでも言いように思えて、私にとっては、とても重要な事だと
思う。
例えば、この世界の人間が全て、爬虫類だったとしよう。
そんな世界で生まれ育った私は、好きになった相手が例え爬虫類だろうと、
何の疑問もなく、心から愛する事が出来るだろう。
何せ、爬虫類の人間しか、知らないのだから…………。
しかし私には、前世の記憶がある。
前世の私にとって、爬虫類は爬虫類。
爬虫類の相手を心から愛せるかどうか、ちょっと疑問である…………。
だから人間の姿が、前世も今世も同じであると知った時、私は安心したので
ある。
ちなみに父の裸を見ても、性的には何とも思わなかった。
入浴後は髪を乾かしたり、歯を磨いたり…………。
そして、私の寝る時間となる。
私がベッドに入ると、父と母が川の字で、私の事を見守っていてくれる。
時には、お話をしてくれたり、時には本を読んでくれたり…………。
これからの人生、私は『100歳じじい』として『1人の女の子』として、
生きて行かなければならない。
私の知らない未知の世界で…………。
安らぎと温もりに包まれながら、私は深い眠りに就いた。
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