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夏のホラー参加作品

悪意


俺が住んでいる住宅街が造成されたのは35〜6年程前のバブルの頃。


住んでいる人も、遺産分けで家と土地を手に入れ最近引っ越してきた俺のような新参者は少数派で、殆どは造成された直ぐくらいに引っ越して来た人たち。


だから多数派のその大部分の人たちの家は、今では子育てが終わり夫婦2人暮らしになっている。


此処は交通網や買い物の利便が良い。


平行して伸びている、系列のスーパーなどの商業施設が多数あり賑わっている北側電鉄の駅とも、同じように系列の商業施設で賑わっている南側電鉄の駅とも約1.5キロずつ離れているけど、両方の駅を繋ぐバス路線が両方の電鉄の駅から朝早くから夜遅くまで出ているから。


ただ悩みもある。


住宅街から数百メートル離れたところに小学校、中学校、高校があるんだけど、此処に通う生徒児童の多くが住宅街を経由して登下校している。


登校するときは良い、だが下校する帰り道、生徒児童の中に悪戯なのかスリルを求めてなのかピンポンダッシュを行う糞ガキが多数含まれているのだ。


1人2人じゃ無い4〜50人はいるんだぞ。


こういう悪戯は1人ではやらないもの、だから4〜50人の糞ガキがいるって事は、10〜20グループがピンポンダッシュの悪戯をしているって訳だ。


朝暗いうちに家を出て真っ暗な時間帯に帰宅する俺はピンポンダッシュの被害を受けた事は無いんだけど、専業主婦がいる家庭なんかだと1日に複数回ピンポンダッシュの被害を受ける事になる。


古い住宅街だから各家庭の門前に設置されている呼び鈴はブザーだけの物が多い。


最近引っ越してきた俺のような家など、カメラ付きのインターホンに変えている家は被害に会わない。


1日に1回被害を受けただけでもイライラするのに、複数の糞ガキのグループによって1日に複数回ピンポンダッシュの被害を受ける家もあるんだ。


当然町内会で被害状況を取りまとめて糞ガキ共が通う各学校や親に苦情を言った。


各学校の対応はともかく、親たちから謝罪は無く、寧ろちょっとした悪戯で目くじら立てるなと言い返される。


全くガキがガキなら親も親って感じだ。


そんな状況が続くなか事件が起きる。


近所の5〜60代の爺さんがピンポンダッシュを行うガキを待ち伏せし、ピンポンダッシュを行った高校生を散弾銃で銃撃して射殺。


2人組の高校生のうちピンポンダッシュを行わず後ろで見てた方は、足に散弾を数発受けながら逃走する。


逃げる高校生を追う途中、同じようにピンポンダッシュを行っていた小学生のグループにも爺さんは発砲した。


結果、高校生1人と小学生2人が腹や胸を撃たれ死亡。


高校生1人と小学生2人が手足や顔に被弾して手足を切断したり失明する怪我を負う。


世に言うピンポンダッシュ殺人事件って奴さ。


子供を3人も殺しているんで、世間一般や爺さん自身も死刑にされることを望んだ。


でも、爺さんがそれを行ってしまったのには訳があるんだよ。


死因は熱中症だけど、ピンポンダッシュがきっかけで爺さんの奥さんの婆さんが亡くなっている。


8月の猛暑日程ではないけど気温が30度以上の日が続いていた9月のある日、専業主婦の婆さんが1人家にいたときにピンポンダッシュされた。


爺さんの家は玄関が南側で呼び鈴がついた門は西側にあったんで、呼び鈴が鳴らされると一度玄関から出て見に行かないと呼び鈴を鳴らしたのが誰か分からない造りなんだ。


ピンポンダッシュをやったのは全部別なグループなんだけど、3回続けざまにされてその度に見に行く。


クーラーの利いた室内と30度以上ある外を2往復させられた婆さんのイライラ感も相当だったと思うんだけど、3回目のピンポンダッシュで外に出て直ぐに元々心臓が弱かった婆さんは胸を抑えて倒れたんだ。


倒れてから回覧板を届けに来た隣人に発見されるまでの約3時間、婆さんは直射日光に晒され続けていて、見つけた隣人が救急車を呼んだけど救急車が来た時には心肺停止の状態だったと聞く。


ピンポンダッシュをやったガキ共の姿や、婆さんがイライラした表情で玄関と門の間を往復し最後に倒れるところは全部、向かいの家のベランダに設置されていた防犯カメラにより録画されていたんだ。


ピンポンダッシュをやった奴らは2人組の3グループ。


偶々だろうけど、爺さんが撃ち殺したり障害を負わせたりした6人が犯人だった。


そういう訳で世間一般が言うように爺さんを死刑にするのは簡単だろうけど、それじゃ死因は熱中症でもきっかけになったピンポンダッシュで死んだ婆さんが浮かばれないじゃないかと思い、俺は爺さんの減刑願いの署名活動を始める。


と言っても、無闇矢鱈に署名活動を始めても殺人犯の減刑願いの署名なんて誰も書いてくれる訳が無い。


最初は住宅街の中でピンポンダッシュの被害にあった家を1軒1軒訪ね歩き署名をお願いする。


訪ね歩きお願いしても皆殺人犯の減刑願いの署名なんかしてくれなかった。


それで俺は皆にこう言ったんだ。


「ピンポンダッシュをやっていたガキ共にもそれ相応の罰が与えられるのなら、こんな署名運動は必要ない。


でも、罰が与えられずピンポンダッシュをやったガキ共に怒りを爆発させた爺さんだけが死刑にされるのでは、婆さんが浮かばれず死に損になる。


婆さんを死に損にさせない為に署名してほしい。


それに署名は爺さんの無期懲役への減刑を求める物で、無罪を求める物では無いのです」


そのような事を言いながら書き渋る住民1人1人を説得し署名して貰う。


でも住宅街に住むピンポンダッシュの被害者だけでは署名してくれる人の数は知れている。


だから署名してくれた人たちに頼み込み、署名してくれた人たちの親族や友人にピンポンダッシュで受けたイライラ感を話して聞かせ、署名してくれるようお願いしてくれるよう頼む。


それでも減刑願いに必要な署名には程遠い。


俺は少しでも署名してくれる人の数を増やすため南北にある電鉄の駅前でも署名活動を行った。


人通りが多い場所で署名してくれるよう道行く人たちに頼んでも、多くの人はチラっと視線を向けるだけで通り過ぎて行く。


次に多いのが嘲りの言葉や罵声を浴びせて来る奴ら。


でも少数だけど署名してくれる人たちがいたんだ。


署名してくれるのは皆、色々な事で怒りを爆発させてしまった人たち。


例えば、借りている駐車場に無断駐車された人が無断駐車した奴に文句を言ったら、謝罪せずに開き直った返事を返されたんで激怒して相手を殴りつけたら、無断駐車した奴は何のお咎めも無いのに自分だけ逮捕された人。


客は神様なんだぞと言い店で傍若無人に振る舞う客に罵声を浴びせ返したら、首にされたアルバイトをしていた学生さんなどだ。


殺されたり障害者にされた奴らの親族を含むピンポンダッシュをやっている糞ガキ共の親たちも、署名をお願いしている俺のところに来て色々言って来る。


「子供のやった事にイチイチ目くじら立てないで、少しは大目に見てやれば良かったのよ」


「大人なら子供の悪戯の1つや2つ笑って許すもんだ」


こういう奴らには同じような事をやって返す。


俺の地元の友人に半グレの組織の幹部をしているのがいる。


此奴の仕事が何なのか知らないし怖くて知る気にもならないが、此奴は大勢の高校生から小学生高学年の子供たちに伝手を持っているんで助けを求めた。


何をやらせたかって言うと、悪戯電話を掛けさせたんだ。


俺に色々言って来た奴ら本人に対して電話を掛けさせたのでは無く、そいつらが勤めている会社に電話させた。


子供たちの中で弁が立つ子には、悪戯電話をしたときに出た相手に説教されそうになったら、こう反論させる。


「そちらに○○さんって人が働いていますよね。


ピンポンダッシュの悪戯をしている子供の親なんですけど。


○○さんがピンポンダッシュ殺人事件の犯人の減刑を求める署名運動をしている人にこう言ったらしいんです。


子供のやった事に目くじら立てないで大目に見てやれよ、とか、子供の悪戯の1つや2つ笑って許せよって。


それじゃ同じような事をされても許して貰えるんだろうと考えて、そちらに悪戯電話をしているんです。


僕は1日に1回しか悪戯電話をしません、でも、同じ事を考えた子供が数十人いれば数十回、数百人いれば数百回悪戯電話が掛かって来る事でしょう。


まさか、他人が受けた迷惑行為は笑って許せって言うのに、自分が受けたら怒りだすなんて事は無いですよね?」


って感じの事を言わせたんだ。


そうしたら怒り心頭の糞ガキ共の親が俺のところにやって来た。


「今すぐ止めさせろ!」


「ハ? 何をです?」


「悪戯電話に決まっているだろう」


「悪戯電話? って何の事でしょうか?」


「お前が子供たちに悪戯電話を掛けさせているんだろう! 今直ぐ止めさせないと警察に訴えるぞ!」


「子供たちとか悪戯電話とか言っている事が良く分かりませんが、俺は何もやってませんよ」


「私の勤めている会社に子供たちを使って悪戯電話を掛けさせているだろう、って言っているんだ!」


「子供たち? あ! あいつ子供たちに話しを回したんだな」


「知っているのなら悪戯を直ぐ止めさせろ!」


「俺はあなた方に言われた事を友達に愚痴っただけです。


友達の話では、今の子供たちは色々と頭に来る事が多く、スカッとする事をやりたがっていると言ってましたから。


ほら、何処ぞの糞ガキ共も同じような悪戯をやっているじゃないですか」


「知っているなら直ぐ止めさせろ」


「なんでです? 俺は友達に愚痴っただけですよ」


「だからその友達に連絡して止めさせてくれ」


「嫌ですよ、俺に何のメリットも無い事だし、子供たちが喜んでやっている遊びを止めるなんて可哀想じゃないですか。


それに子供の悪戯の1つや2つくらい、笑って許してやれば良いじゃないですか」


「頼む、このままだと会社を首にされそうなんだ」


「ふ~ん、そうなんだ。


じゃあこうしましょう、減刑願いに署名してください」


そう言って俺は50人の人が署名出来る減刑願いの書類を渡し、話を続ける。


「それ1枚で50人署名出来るんで、会社で署名運動して埋めて来てください。


知り合いに筆跡鑑定のプロがいるから1人で書いてもバレますからね。


書いて来てくれたら友達に連絡して、子供たちに止めるよう言わせますから。


あ! そうだ、あなた障害を負った子供の親なんだからついでに、嘆願書も書いてください」


「そんな…………」


「此処で時間を潰すのは勝手ですけど、早く行動しないと首になるんじゃないですか?」


このやり取りがピンポンダッシュをやっていた糞ガキ共の数だけ続く。


障害を負った子供の親だけで無く、死んだ子供の親にも嘆願書を書かせたから署名より効果があるんじゃないだろうか。


風のうわさじゃ、首になった奴はいなかったけど減給や降格になったのが数人いたらしい。


ま、俺の知ったこっちゃ無いけどね。


それでピンポンダッシュ殺人事件だけど、この前最高裁判所で判決が言い渡され刑が確定する。


署名より被害者の親たちからの嘆願書が効いたんだと思うけど、情状酌量の余地があるって事で無期懲役刑を言い渡されたんだ。


爺さんに無期懲役刑が言い渡され刑務所に収監された翌日、爺さんの弁護をしていた弁護士さんが俺を訪ねて来た。


弁護士さんが言うには爺さんは俺に感謝していて、もし仮釈放されたら真っ先に俺を訪ねて来てお礼を言いたいって言っていたとの事。


弁護士さんの見立てでも、真面目な爺さんの性格なら模範囚になって30年後に仮釈放される公算が大きいらしい。


ってかさぁー、馬鹿じゃねえの。


刑務所から出たら針の筵の生活が待っているってのに能天気な爺だぜ。


刑務所から出た後の塒は爺さん婆さんが暮らしてた家になると思う。


民事でも訴えられてるから売りに出されてるけど二束三文でも売れねーだろうなぁー。


あんな幽霊が出るって噂がある家なんてな。


小中高の生徒児童が学校からの帰り道あの家の前を子供たちだけで通ろうとすると、家の窓の内側や門の近くに婆がいて、子供たちを鬼のような形相で睨んで来るって話だ。


まあ俺が友人に頼んで流させた幽霊話なんだけどさ。


爺の奴、刑務所から出て来れたら今までと同じ付き合いがまた始まるとでも思っているのかね。


この街には爺に殺されたり障害を負わされたりした本人や親族が住んでいるってのに。


署名や嘆願書は俺に脅されて書かされたような物なんだから、恨みが薄まるどころか濃くなっている事だろう。


近所の人たちにしたって、子供を3人も殺した殺人鬼が近所に住んでいたら枕を高くして寝れねーだろ。


30年も経ったら代も代わっている可能性が高いだろうしな。


減刑願いに署名したからって言っても、其れはそれこれはこれで全くの別の話だ。


だいたい俺は婆の死に損だとは言ったが爺が可哀想だなんて一言も言って無いしな。


俺はさ、駅前で署名活動をしていたとき署名してくれた、相手を殴って逮捕された人や学生さんたちみたくやられて即座に報復する短気な性格の人たちと違って、報復出来る機会が来るまでジッと我慢して待つ性格なんだ。


時が来て報復を始める前に徹底的に計画し計算し尽くしてから実行に移すから、自分に跳ね返って来る事も無いし、報復が完結するまで10年掛かっても20年掛かっても待ち続けられる。


前に言ったと思うけど、俺は仕事のため朝明るくなる前に家を出て暗くなってから帰宅する生活なんだが、これだとゴミ捨てが出来ないんだ。


住宅街がある市はゴミ捨ての時間が決まっていて、朝6時から9時までの3時間の間にゴミを出さなければならない。


だから引っ越して来たばかりの時、仕事に出かけるまえ朝の5時前にゴミを出そうとしたんだけど、朝の早い爺に見つかり朝6時以降に捨てるよう注意される。


それが正論だから反論しないでそのうち暇になったら纏めて出そうと、ガレージの脇に置いておいたんだけど貧乏暇なしの言葉通り、2カ月くらいゴミを出す機会が無くドンドンゴミ袋がガレージの脇に溜まって行く。


夏場だったんで臭いが周りに広がって行き気になっているんだけど出せないでいたある夜、やっと帰宅して早く風呂に入り明日も早いから寝たいってのに爺が訪ねて来て、ゴミを溜め込まないで出せと説教してきた。


爺の言っている事は正論だよ、でも、相手の事も少しは考慮しろよって思うんだ。


だって俺は引っ越して来たばかりで、近所に知り合いもゴミ出しを頼める親しい人もいない状況でどうしろって言うんだよ。


こういう事が積み重なって爺に何時か報復してやろうと機会を伺っていたら、爺がピンポンダッシュ殺人事件を起こしてくれたんだ。


ホント、楽しみだよ。


30年後爺が訪ねて来たら、罵声を浴びせ嘲笑ってやろうと思っている。 


それで爺の顔が青褪めて行くのを見るのが、あー楽しみだ、楽しみだ。


ハハハハハハハハ






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― 新着の感想 ―
[良い点] いいですねぇ、素敵です。これぞ人間、やはりコツコツ地道に、人生の生き甲斐を見つけて消化していくのが一番です。
[一言] 30年もあれば爺も寿命で亡くなって、悪意に気づかず感謝したまま人生終えそう
[良い点] 復讐の連鎖が恐ろしいですね。 子供も親も、おじいさんも主人公も、現実にあり得そうで怖いです。 身近なホラーだと感じました。
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